12杯目 誤解と真実の狭間で
国境警備隊の駐屯地は、街の外れにあった。
石造りの頑丈な建物で、周りには高い柵が張り巡らされている。
「マーカス様!」
門番の兵士が敬礼した。
「隊長に取り次いでくれ」
「はっ!」
しばらくして、中から一人の男が現れた。30代半ばくらいの、厳つい顔をした人族だ。
「マーカス様、お久しぶりです」
「ダグラス隊長、久しぶりだな」
二人は握手を交わした。
「こちらの方々は?」
「魔王の娘、リリア・クマガワ殿とマリア・クマガワ殿。そして、魔王の客人であるアル殿だ」
「魔王の!?」
ダグラス隊長は驚いた表情を見せたが、すぐに礼儀正しく頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました」
「お邪魔します」
俺たちは駐屯地の中に案内された。
「実は、この街で起きている問題について話を聞きたい」
マーカスが単刀直入に切り出した。
「兵士たちが魔族に嫌がらせをしていると聞いたが」
ダグラスの表情が曇った。
「それは…申し訳ありません。私の監督不足です」
「理由を聞かせてくれ」
ダグラスは深いため息をついた。
「こちらへ」
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隊長室に通された俺たちは、驚くべき話を聞かされた。
「一ヶ月前、我々の部隊は魔物に襲撃されました」
「魔物に?」
「はい。それも、見たこともない異形の魔物です」
ダグラスは机の上の報告書を開いた。
「体は巨大な獣のようで、しかし顔は…人族のような…」
俺たちは顔を見合わせた。魔族から聞いた話と同じだ。
「その魔物は、夜間警備中の兵士たちを襲いました。五人が重傷、二人が行方不明です」
「行方不明…」
「森の中で捜索しましたが、見つかったのは血痕だけでした」
ダグラスの声が震えた。
「兵士たちは恐怖しています。そして…」
「魔族がその魔物を操っていると思っている?」
マリアが尋ねた。
「その通りです」
ダグラスは頷いた。
「魔物が現れる前、何人かの兵士が魔族の怪しい動きを目撃したと報告しています」
「怪しい動き?」
「夜中に森の方へ向かう魔族の集団を見た、と」
「それは…」
リリアが言葉に詰まった。
「でも、ダグラス隊長」
俺は前に出た。
「魔族も同じ魔物に襲われてるんです。もう十人以上が犠牲になっている」
「何!?」
ダグラスは驚いた。
「本当ですか?」
「ああ。昨夜、魔族の人たちから直接聞いた」
「しかし…では、魔族は犯人ではない?」
「少なくとも、魔族全体が犯人ってことはない」
マーカスが言った。
「むしろ、人族も魔族も、同じ何者かに襲われている被害者だ」
ダグラスは混乱した表情を浮かべた。
「では…一体誰が?何のために?」
その時——
「隊長!大変です!」
一人の兵士が駆け込んできた。
「また魔物が!今度は街の方に!」
「何!?」
ダグラス隊長が立ち上がった。
「総員出動!街の住民を守れ!」
「俺たちも行く!」
俺も立ち上がった。
「危険です!」
「でも、放っておけない!」
---
街に戻ると、すでに大混乱だった。
悲鳴が響き、人々が逃げ惑っている。
そして、その中心に——
「あれが…!」
巨大な獣のような魔物がいた。体は狼に似ているが、その大きさは馬ほどもある。
そして、顔は——確かに人間のような輪郭をしていた。
「気持ち悪い…」
リリアが呟く。
魔物は無差別に人々を襲っていた。魔族も、人族の兵士も、関係なく。
「みんな!避難誘導を!」
ダグラス隊長が指示を出す。
兵士たちが住民を安全な場所へ誘導し始めた。
「マリア姉さま!」
「分かってる!」
マリアが魔法を放った。炎の槍が魔物に突き刺さる。
「ギャアアアア!」
魔物が咆哮を上げた。
「効いてる!」
しかし、魔物はすぐに立ち上がった。
「再生してる!?」
「くっ…厄介ね」
マーカスが巨剣を構えた。
「私も加勢する!」
「待って!」
俺は酒瓶を取り出した。
「アル殿、今ですか!?」
「これしか方法がない!」
俺は蒸留酒を一気に飲み干した。
「うおおおお!」
体が光り始める。筋力強化だ。
「行くぞ!」
俺は魔物に向かって走り出した。
「アルさん!」
リリアの叫びが聞こえたが、構わず突進する。
「おらあああ!」
拳を魔物の顔面に叩き込んだ。
ガキン!
信じられないくらい硬い。
「痛てて!何だこれ!」
魔物が反撃してきた。爪が俺の肩をかすめる。
「くそ!」
後ろに跳んで距離を取る。
「アル!無茶するな!」
マーカスが横から斬りかかった。しかし、魔物は素早く回避する。
「速い!」
「みんな、協力して!」
リリアが叫んだ。
「私が拘束します!姉様とマーカス様は攻撃を!」
「分かった!」
リリアが魔法陣を展開する。光の鎖が魔物を縛り上げた。
「今よ!」
マリアとマーカスが同時に攻撃を仕掛ける。
炎と剣が魔物を襲った。
「ギャアアアアア!」
魔物が苦しそうに暴れる。
その時、俺は気づいた。
魔物の体の一部——首の後ろに、何か紋章のようなものが刻まれている。
「あれは…」
俺は目を凝らした。
魔法陣?いや、違う。あれは——
「烙印!?」
その瞬間、魔物が光の鎖を引きちぎった。
「きゃあ!」
リリアが倒れる。
「リリア!」
マリアが妹を庇う。
魔物が再び襲いかかろうとした時——
「させるか!」
俺は再び蒸留酒を飲んだ。
「まだ行けるはず!」
体がさらに激しく光る。
「うおおおおお!」
今度は魔物の首の後ろを狙った。
烙印に拳を叩き込む!
「破ぁ!」
ガシャン!
烙印が砕け散った。
その瞬間——
魔物の動きが止まった。
そして、ゆっくりと崩れ落ちる。
「やった…のか?」
俺はその場に膝をついた。
「アル!」
リリアとマリアが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「ああ…ちょっと疲れただけ」
マーカスが魔物の死骸を調べていた。
「これは…」
「どうした?」
「この魔物、元は普通のダークウルフのようです。しかし…」
マーカスは魔物の体を指差した。
「体の一部に、人間の皮膚が移植されている」
「え!?」
「まさか…合成獣?」
マリアが青ざめた。
「しかも、烙印で制御されていた…」
俺は立ち上がった。
「これ、誰かが故意に作ったってことか?」
「恐らく」
ダグラス隊長が近づいてきた。
「つまり、魔族でも人族でもない、第三者の仕業ということですか?」
「そうとしか考えられない」
マーカスは厳しい表情だった。
「これは…単なる魔物の襲撃ではない。誰かが意図的に、人族と魔族の対立を煽っている」
その言葉に、俺は過激派のことを思い出した。
「まさか…あいつらか?」
「過激派?」
「魔王城で保守派が解散した時、逃げ出した連中がいたんだ」
俺はマーカスに説明した。
「そいつらが、こんな魔物を作って…」
「人族と魔族を対立させようとしている、と」
マリアが続けた。
「そうすれば、種族和平は崩壊する」
「なんて卑劣な…」
ダグラス隊長が拳を握りしめた。
「我々は完全に踊らされていたのか」
「今は犯人を責めるより、協力しましょう」
リリアが言った。
「人族も魔族も、この脅威に一緒に立ち向かうべきです」
「リリア様の仰る通りです」
ダグラスは深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。我々は魔族を疑い、不当な扱いをしてしまった」
「隊長…」
兵士たちも頭を下げた。
その時、街の魔族たちが集まってきた。
「あの…ありがとうございました」
さっきの少女が、人形を抱きしめながら言った。
「人族の兵士さんたちも、一緒に戦ってくれたんですね」
「ああ」
ダグラスは少女に膝をついた。
「すまなかった。君たちを疑って、酷いことをしてしまった」
「いいんです」
少女は微笑んだ。
「これからは、仲良くしてくれる?」
「もちろんだ」
ダグラスは少女の頭を優しく撫でた。
その光景を見て、俺は少し安心した。
人族と魔族が、ようやく歩み寄り始めた。
---
その夜、駐屯地で作戦会議が開かれた。
「問題は、過激派がどこに潜んでいるかです」
マーカスが地図を広げた。
「合成獣を作るには、それなりの設備が必要だ。この辺りで怪しい場所は…」
「廃坑があります」
一人の兵士が言った。
「街から北に三キロほどの場所に、昔使われていた鉱山の廃坑が」
「そこか…」
「明日、偵察に行きましょう」
俺が提案した。
「でも、危険です」
「それでも行く。このままじゃ、また誰かが犠牲になる」
俺は決意を固めた。
「俺も行きます」
ダグラス隊長が言った。
「これは我々の責任でもあります」
「私も同行します」
マーカスも頷いた。
「では、明日の朝出発しましょう」
リリアが言った。
「私と姉様も行きます」
「いや、リリアは危険だ」
「でも!」
「リリア」
マリアが妹の肩に手を置いた。
「ここは私に任せて。あなたは街の人たちを守る役目がある」
「姉様…」
「大丈夫。必ず戻ってくるから」
リリアは不安そうだったが、頷いた。
「分かりました。でも、絶対に無事で戻ってきてください」
「約束する」
俺はリリアに微笑んだ。
---
その夜、俺は一人で外に出た。
星空を見上げながら、色々なことを考えていた。
この世界に来て、もう数週間。
最初は戸惑いばかりだったが、今は…
「アル」
マリアが近づいてきた。
「眠れないの?」
「ああ、ちょっと考え事を」
マリアは俺の隣に立った。
「明日のこと?」
「それもあるけど…色々とね」
「あなたは本当に不思議な人ね」
マリアが微笑んだ。
「人族なのに、魔族のために戦ってくれる」
「別に、種族とか関係ないよ」
俺は答えた。
「困ってる人がいたら助ける。ただそれだけ」
「それだけ、か」
マリアは空を見上げた。
「私も昔はそう思ってたのかもしれない」
「今もそう思ってるでしょ?」
「ええ」
マリアは頷いた。
「あなたのおかげでね」
二人でしばらく黙って星を眺めていた。
「アル」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「私を変えてくれて。リリアを笑顔にしてくれて」
マリアの声が優しかった。
「私、あなたに出会えて本当に良かった」
「俺もだよ」
俺も微笑んだ。
「この世界に来て、みんなに出会えて良かった」
「明日は…危険かもしれない」
「大丈夫。なんとかなるさ」
「その根拠のない自信、嫌いじゃないわ」
マリアは笑った。
「じゃあ、そろそろ休みましょう。明日に備えて」
「ああ」
二人は宿舎に戻った。
明日はいよいよ、過激派のアジトへの突入だ。
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