(再執筆版)13杯目 信頼の証
洞窟の中、俺たちは複数のキメラと対峙していた。
「数が多いです!私が拘束魔法を!」
リリアが叫んだ。
「ロス、俺と一緒に前衛を!」
マーカスがロスに指示を出す。
「了解しました!」
ロスが魔法剣を構えた。
人族の騎士と魔族の戦士が、並んで戦う。
「右から!」
「任せろ!」
マーカスがキメラを斬り、ロスが魔法で追撃する。
「息が合ってるわね」
マリアが炎魔法を放ちながら呟いた。
「ああ」
俺も酒を飲んだ。
『酔拳魔法発動——水魔法 Lv2。持続時間:8分』
「水魔法か…」
俺は水の球を作り出したが——
「くそっ、この水魔法じゃキメラには効かない!」
キメラの体は水を弾く特殊な皮膚で覆われていた。
軽い疲労感が体に広がった。酒の影響だろうか。
俺は慌てて別の酒瓶を取り出した。
「もう一杯!」
『酔拳魔法発動——雷魔法 Lv4。持続時間:12分』
「雷か!これならいける!」
だが、さらに体が重くなる。酒を立て続けに飲んだせいか、酔いが回ってきた。
俺は雷魔法でキメラを麻痺させた。
「今だ!」
リリアの光の鎖がキメラを縛り上げる。
「首の紋章を狙え!」
マーカスとロスが同時に攻撃する。
バキン!
紋章が砕け、キメラが崩れ落ちた。
「一体倒した!」
「まだいる!」
次々とキメラが襲いかかってくる。
俺は右手に水魔法、左手に雷魔法を展開していることに気づいた。
「待てよ…両方同時に発動してる。もしかして——」
俺は直感的に、両手を合わせた。
ビリビリビリッ!
「うわっ!?」
水球が感電し、俺の手に電撃が逆流する。
「い、痛ぇ…!でも、今確かに何かが起きた!」
視界がぼやけ始める。酒の酔いがかなり回ってきた。体が重く、息が荒くなる。
「アル、大丈夫か!?」
マーカスが叫んだ。
「ああ…もう一回だ!」
俺はもう一度集中する。今度は水を先に、雷を後から。
ザバァァァ——バチバチバチッ!
水流に雷が絡みつき、キメラに向かって放たれた。
「ギャアアアア!」
キメラが痙攣しながら吹き飛ぶ。
通常の2倍以上の威力だ。
「やった…!ってうわ、目が回る…」
俺の視界がぐるぐる回る。完全に酒が回った。息が荒く、足がふらつく。
「アル! 無理するな!」
マリアが俺の肩を掴んだ。
「その酔い方は危険よ! これ以上お酒を呑んで魔法を使ったら倒れるわ!」
「わかった…後は頼む…」
俺は膝をつき、仲間たちに戦闘を任せた。
全てのキメラを倒した後、過激派の魔族たちは洞窟の壁に追い詰められていた。
「くっ…」
「もう逃げられないぞ」
マーカスが剣を突きつけた。
「なぜ、こんなことをした」
「…フフフ」
過激派の一人が笑った。
「言ったはずだ。人族と魔族の全面戦争のためだと」
「その理由を聞いている」
マリアが冷たく言った。
その時、マリアの目が過激派の手元に止まった。
——この指輪…まさか。
「……ゲルド、なの?」
マリアの声が震えた。
「…マリア様、お気づきでしたか」
過激派——ゲルド——がローブを脱いだ。
顔には、深い傷跡があった。
「やはり、あなただったのね」
マリアが苦い表情を浮かべる。
「かつて、私の部下だったあなたが…なぜ」
「マリア様は、覚えていらっしゃいますか」
ゲルドが静かに言った。
「五年前、私が人族の王国で商人をしていたこと」
「ええ…平和な交易を目指していたわね」
「その通りです」
ゲルドが苦笑した。
「しかし、人族の貴族に全てを奪われました」
「……」
「商品も、信用も、そして——」
ゲルドの声が震えた。
「大切な家族も…全て」
俺たちは言葉を失った。
「拷問を受け、この傷を負い」
ゲルドが顔の傷に触れた。
「家族は…暴徒に襲われ、二度と会えなくなりました」
ゲルドの目から涙がこぼれた。
その時、俺の胸に黒い感情が渦巻いた。
——家族を失うほどの拷問…?
この異世界は、俺が思っていた以上に残酷だ。
人が人を、こうも簡単に傷つける。
そして誰も止めない。
俺の中で、何かが引っかかった。
不快感と言うべきか——怒りと言うべきか。
——でも、ここで何もしなければ、俺もこの世界の一部になってしまう。
「だから、誓ったんです。人族への復讐を」
「それで、キメラを作ったのか」
マーカスが尋ねた。
「ええ。人族と魔族を憎しみ合わせ、戦争を起こす」
ゲルドが言った。
「そうすれば、多くの人族が死ぬ。私の復讐が果たされる」
「でも、魔族も死ぬぞ」
ロスが言った。
「構わない」
ゲルドが冷たく言った。
「私にとって、もう何も大切なものはない」
「違う!」
俺は叫んだ。
「お前の家族は、そんなこと望んでないはずだ!」
「黙れ!お前に何が分かる!」
ゲルドが怒鳴った。
「お前は人族だ!魔族の苦しみなど知らない!」
「確かに、俺は魔族の苦しみは分からない」
俺は真っ直ぐゲルドを見つめた。
「でも、分かることがある」
「…何が」
「お前は、もう疲れてるってことだ」
俺は酒瓶を取り出した。
「復讐に明け暮れて、心が壊れそうになってる」
「…」
「憎しみで心を満たして、それでも満たされない」
俺は酒を一口飲んだ。
『酔拳魔法発動——浄化魔法 Lv2。持続時間:8分』
——浄化魔法か。でも、もう限界だ…頭がクラクラする…。
俺はゲルドの傷に手を当てた。
「何を…」
傷が、ほんの少し癒えた。
「完全には治せない。でも、少しは楽になるだろ」
「……」
「お前を傷つけた人族は、最低のクズだ」
——元の俺がいた日本では、こんな残酷な仕打ちは…まず日常にはない。
——でも、ここは違う。この世界には、まだこんな闇がある。
俺の心に、複雑な感情が渦巻く。
この世界に来てから感じる——深い不快感。
でも、だからこそ——
「でも、ここにいるマーカスやダグラス隊長は違う」
マーカスが頷いた。
「彼らは、魔族を助けるために命を懸けてる」
「それは…ごく一部だ」
「ああ、その通りだ」
俺は認めた。
「でも、そのごく一部の人族を増やすことはできる」
「…どうやって」
「戦争じゃなくて、対話でだ」
俺はゲルドに酒を差し出した。
「これ、飲んでみろ」
「…何だこれは」
「『鎮魂のカクテル』。亡くなった人を偲ぶ酒だ」
酒場『辺境亭』で亡くなった人を偲ぶためにつくったカクテルだった。
ゲルドが戸惑いながらも、一口飲んだ。
「……」
「妻の好きな味だ…」
ゲルドはつぶやいた。
「そうか……お前にはそう感じるのか……」
俺は静かに言った。
「お前の家族が何を望んでたかは、俺には分からない」
「でも、きっと——お前が笑って生きることを望んでたんじゃないか?」
ゲルドは黙り込んだ。
そして——
「…遅すぎる」
ゲルドが首を振った。
「もう、私は戻れない。手を血で汚しすぎた」
「そんなことは——」
その時、洞窟の奥から異音が響いた。
ゴゴゴゴゴ…
「何だ!?」
マーカスが身構える。
そして——洞窟の奥から、巨大なキメラが現れた。
「まだいたのか!」
「違う…」
ゲルドが青ざめた。
「これは…私の知らないキメラだ!」
「何!?」
キメラがゲルドに襲いかかった。
「ゲルド!」
俺は叫んだが——
ガシャァン!
キメラの爪がゲルドの胸を引き裂いた。
「ぐあっ!」
ゲルドが血を吐いて倒れた。
「みんな、キメラを倒すぞ!」
マーカスが号令を出す。
「リリア、治癒魔法の準備を!」
「はい!」
俺たちは、暴走したキメラに立ち向かった。
マーカスとロスが前衛で斬りかかり、マリアが炎魔法で援護する。
リリアが光の鎖で拘束する。
「今だ!」
マーカスがキメラの首の紋章を斬り裂いた。
バキィィン!
キメラが崩れ落ちる。
「ゲルド!」
リリアがゲルドに駆け寄った。
「治癒魔法!」
リリアの光がゲルドを包む。
「マリア、止血を!」
「分かったわ!」
マリアが応急処置を施す。
ゲルドの傷は深く、出血がひどかった。
「なぜ…」
ゲルドが呟いた。
「なぜ、私を助ける…?」
「当たり前だ」
俺が言った。
「お前も、俺たちも、同じ命だ」
「…」
ゲルドの目から涙が流れた。
「私は…お前たちを…」
「でも、お前はもう気づいてるだろ」
俺は言った。
「憎しみじゃ、何も解決しないって」
「……もう一度」
ゲルドが震える手を伸ばした。
「もう一度…あの酒を…」
俺は『鎮魂のカクテル』をゲルドの口に運んだ。
ゲルドが一口飲む。
「…美味い」
ゲルドが微笑んだ。
「妻と…娘と…また会えるかな…」
「バカなこと言うな!お前は生きるんだよ!生きて償うんだ!」
俺は言った。
「…ああ」
ゲルドが目を閉じた。
「すまなかった…アル…マリア様…」
「もっと早く…気づいていれば…」
ゲルドの手が、静かに落ちた。
マリアが目を伏せた。
俺たちは、しばらく黙祷を捧げた。
洞窟から街へ戻る道中、俺たちは無言だった。
ゲルドの遺体を馬車に乗せ、静かに進む。
リリアの目は赤く腫れている。マリアは険しい表情で前を見つめている。
マーカスは何も言わず、ただ剣を握りしめている。
そして、俺は——
——もっと、早く気づいていれば。
——もっと、うまく説得できていれば。
——ゲルドは、死ななくて済んだんじゃないか。
俺の心に、黒い後悔が渦巻く。
「……アル」
マリアが静かに言った。
「あなたは、最善を尽くしたわ」
「でも、救えなかった」
俺は呟いた。
「俺の力が足りなかった」
「……」
マリアは何も言わなかった。
ただ、俺の肩に手を置いた。
◇
——同じ頃。
ダークエッジの街では、激しい戦いが繰り広げられていた。
第二のキメラが街に現れ、人族と魔族の混成部隊が迎え撃っていた。
「くそっ、こいつも強い!」
ジョンが剣を構える。
「負けるな! 俺たちには、守るべきものがある!」
ダグラス隊長が号令を出す。
「この街を! この平和を!」
「おおおお!」
人族と魔族が、共に戦う。
そして——
「総員、攻撃!」
ダグラス隊長の号令と共に、人族と魔族が一斉に攻撃する。
「うおおおお!」
「やあああ!」
剣と魔法が、キメラに降り注ぐ。
バキィィン!
キメラの首の紋章が砕け、崩れ落ちた。
「やったぞ!」
「勝った!」
人族と魔族が、共に歓声を上げた。
ジョンと魔族の若者が、互いに手を取り合った。
「やったな!」
「ああ!」
他の兵士と魔族たちも、笑顔で握手を交わしている。
戦いを共に乗り越えた者たちの間には、確かな絆が生まれていた。
俺たちが洞窟から戻ると、街の広場には人族と魔族が集まっていた。
ダグラス隊長が前に出た。
「皆さん」
隊長の声が響く。
「今日、我々は大きな勝利を得ました」
「しかし、それは武力によるものではありません」
ダグラス隊長が続けた。
「人族と魔族が、互いに協力し、共に戦ったからこそ得られた勝利です」
人々が静かに聞いている。
「私は、恥じています」
ダグラスが頭を下げた。
「魔族の皆さんを疑い、迫害してきたことを」
「隊長…」
「本当の敵は、過激派でした。人族と魔族を憎しみ合わせようとする者たちでした」
ダグラスが顔を上げた。
「しかし、我々は彼らの策略を打ち破りました」
「共に戦い、共に勝利を掴みました」
ダグラスが老人の方を向いた。
「魔族の皆さん、どうか許してください」
「いえ…」
老人が前に出た。
「私たちも、人族を疑っていました」
老人がダグラスに手を差し伸べた。
「お互い様です」
ダグラスが老人の手を握った。
その瞬間——
広場に拍手が響いた。
人族も魔族も、共に喜びを分かち合っている。
「やった…やったよ、アルさん…」
リリアが涙を流している。
「種族を超えて、手を取り合ってる…」
「ああ。」
だが、その言葉は、どこか空虚だった。
——本当に、これで良かったのか。
——ゲルドは、この光景を見ることができなかった。
マリアが微笑む。
「アル、あなたはすごいわ」
「……いや」
俺は小さく首を振った。
「みんなの力だよ」
リリア、マリア、マーカスが、俺の浮かない表情に気づいた。
三人は視線を交わし、静かに頷き合う。
◇
その夜、俺たちは酒場『辺境亭』で祝宴を開いた。
人族と魔族が、共にテーブルを囲んでいる。
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスが鳴り響く。
ダグラスが一口飲む。
「美味いな」
「ええ、本当に」
老人も笑顔で飲んだ。
周りは盛り上がっているが、俺の心は晴れなかった。
——ゲルドも、この光景を見られたら良かったのに。
リリアとマリアの二人は視線を交わし、静かに頷き合う。
しばらくして——
ドカッ。
マーカスが俺の隣に座った。
「……マーカス」
「アル」
マーカスが真剣な表情で言った。
「お前は、ゲルドを救えなかったことを後悔しているな」
「……ああ」
俺は認めた。
「もっと、何かできたんじゃないかって思う」
「そうか」
マーカスが酒を一口飲んだ。
「なら、聞いてくれ」
「……」
「これが、この世界の現状だ」
マーカスが静かに言った。
「人族と魔族の憎しみは深い。何百年も続いている」
「お前が救えなかった一人の命は、その憎しみの犠牲者だ」
「……」
「だが、お前は今日、何百人もの命を救った」
マーカスが俺の肩を叩いた。
「そして、この街に平和をもたらした」
「でも——」
「俺は、この悲劇をなくしたい」
マーカスが真っ直ぐ俺を見た。
「ゲルドのような犠牲者を、二度と出したくない」
「だから、お前も手伝ってくれ」
「……」
俺は、マーカスの目を見た。
そこには、強い決意があった。
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
「もちろん、手伝うよ」
だが、俺の声には力がなかった。
その時——
扉が開いて、エリナが入ってきた。
「あ、エリナちゃん」
リリアが手を振る。
「リリアお姉ちゃん!」
エリナが駆け寄ってきた。
「街を守ってくれて、ありがとう」
エリナが深々と頭を下げた。
「いいえ、私たちは——」
「それに」
エリナが人族の兵士たちを見た。
「兵士さんたち、お父さんを助けようとしてくれて、ありがとう」
ジョンが驚いた表情を浮かべた。
「…え?」
「お母さんから聞いたの。兵士さんたちが、お父さんを助けようとしてくれたって」
エリナが笑顔で言った。
「でも、間に合わなかった…」
エリナの目に涙が浮かぶ。
「でも、今日、兵士さんたちが街を守ってくれたから」
「だから、お父さんも喜んでると思うの」
ジョンの目に涙が浮かんだ。
「…ありがとう、嬢ちゃん」
ジョンがエリナの頭を撫でた。
「お前の父親は、立派な人だったんだな」
「うん!」
エリナが笑った。
そして、エリナが俺の方を向いた。
「アルお兄ちゃんも、ありがとう」
「……え?」
「お母さんが言ってたの。アルお兄ちゃんが、悪い人を止めてくれたって」
エリナが笑顔で言った。
「だから、もう街は安全なの」
「お父さんも、きっと安心してるよ」
その笑顔を見て——
俺の心に、光が差した。
——そうだ。いつまでもくよくよしていられない。
——ゲルドは救えなかった。でも、この街の未来は救えた。
——エリナのこの少女の笑顔を守れた。それが、俺にできたことだ。
「……ありがとう、エリナちゃん」
俺は笑顔を作った。
エリナが嬉しそうに頷いた。
「お父さんが言ってた。『人族も魔族も、みんな同じ』って」
「今日、それが本当だって分かったよ」
俺は立ち上がり、カウンターに向かった。
「みんな」
俺が声を上げた。
「今日は、一つ特別なカクテルを作らせてくれ」
「……」
人々が静かになった。
俺は、ゆっくりとカクテルを作り始めた。
「これは、『鎮魂のカクテル』」
俺は静かに言った。
「今日、俺たちは一人の魔族を失った」
「彼の名は、ゲルド」
「彼は、憎しみに支配され、多くの人を傷つけた」
「でも、最期には——自分の過ちに気づき、和解を望んだ」
俺はグラスを掲げた。
「このカクテルを、ゲルドに捧げる」
「そして、彼のような犠牲者が二度と出ないことを祈って」
「乾杯」
「……乾杯」
人々が、静かにグラスを掲げた。
マリア、リリア、マーカスも、俺のグラスに合わせる。
俺は、一口飲んだ。
苦くて、甘くて、そして——少し切ない味だった。
——ゲルド、安らかに眠ってくれ。
その笑顔を見て、俺は思った。
これが、俺たちが守りたかったものだ——。
◇
翌朝、俺たちは王都へ向けて出発することになった。
街の人々が見送りに来ていた。
「アル殿、本当にありがとうございました」
ダグラス隊長が握手を求めてきた。
「いや、俺は何も——」
「いいえ、あなたがいなければ、この街は滅んでいました」
ダグラスが真剣な表情で言った。
「そして、人族と魔族の和解もなかった」
「そうだ。お前のおかげだ」
老人も前に出た。
「ありがとう、アル」
「…どういたしまして」
俺は照れくさそうに笑った。
「でも、まだ終わりじゃない」
「え?」
「王都には、もっと大きな問題が待ってる」
俺は真剣な表情で言った。
「後継者争いを止めて、真の平和を実現する」
「ええ」
リリアが頷いた。
「私たちの旅は、まだ続きます」
「頑張ってください」
ダグラスが敬礼した。
「そして、王都でも、ダークエッジの奇跡を起こしてください」
「ああ、任せとけ」
俺は親指を立てた。
馬車がゆっくりと動き出した。
「さようなら!」
エリナが手を振っている。
「またね、エリナちゃん!」
リリアが窓から手を振り返した。
街の人々——人族も魔族も——が、笑顔で手を振っている。
ダークエッジは、もう分断の街ではない。
種族を超えた平和の街だ。
◇
「お疲れ様、アル」
馬車に揺られながらマリアが言った。
「いや、まだこれからだ」
俺は窓の外を見た。
「王都では、どんな問題が待ってるんだろうな」
マリアは揺れる髪をかき上げながら冷静にアルに伝える
「おそらく、ダークエッジよりも複雑でしょうね」
リリアは自身ありげな笑顔で言った。
「ダークエッジで証明したじゃないですか。どんな困難も、みんなで協力すれば乗り越えられるって」
「そうだな」
マーカスも頷いた。
「アル殿、貴方は本当に不思議な力を持っている」
「え?」
「酒を通じて、人々の心を繋ぐ力だ」
マーカスが真剣な表情で言った。
「その力があれば、王都でもきっと和平を実現できる」
「…ありがとう、マーカス」
俺は笑った。
そして、俺は酒瓶を取り出した。
「じゃあ、王都到着までの間、飲みながら行こうぜ」
「またですか」
リリアが呆れた表情を浮かべる。
「まあ、アルらしいわね」
マリアが笑った。
「では、私も付き合おう」
マーカスがグラスを差し出した。
四人は笑い合った。
馬車は、王都へ向かって進んでいく。
◇
その頃——
魔界の奥深く暗い場所に、一人の影が座っていた。
顔は闇に隠れて見えない。
「ダークエッジ作戦、失敗しました」
部下の魔人族が報告する。
「…そうか」
影が静かに言った。
その声は、どこか冷たく、そして哀しげだった。
「ゲルドは?」
「死亡しました。キメラの暴走に巻き込まれ…」
「…彼もまた、犠牲者か」
影が呟いた。
「ですが、計画に支障は?」
「問題ない」
影が立ち上がった。
「ダークエッジは、所詮は小さな街。本命は別にある」
「本命…ですか」
「ああ。人族の王都だ」
影が窓の外——遠くに見える人族の王国——を見つめた。
「王位継承を巡る争い。そこに我々が介入する」
「人族の王国を内部から崩壊させ、魔界との全面戦争を引き起こす」
「それこそが、我々の真の目的だ」
部下が頭を下げた。
「承知しました」
影が不気味に笑った。
「アルとやら…面白い男だ」
「王都ではどう動くかな」
影の目が、鋭く光った。
暗闇の中、不吉な笑い声が響いた。
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