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軍服少女、はじめての自由(すっぽんぽん)  作者: 上野衣谷
第三章「自由ってなぁに?」
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第10話

 雫石へ例のプラモデルを売ったことによって、俺の財布にはかなりの余裕ができた。毎月、ギリギリの生活をしているという訳でもないが、時間のかかりそうな案件であったにも関わらずものの数日で依頼から完了までほとんどの労力を使わず達成できてしまったというのはなかなかに嬉しいことではある。

 雫石を見送った後、アメの視線が俺に突き刺さっていたのには大きな理由があった。曰く、


「動物園に行きたい」


 らしい。雫石を見送り、俺が店内カウンター内の椅子へと腰を下ろしたところで意を決したように告げられる。

 ここしばらく共に過ごしてきて、特に目立った要求をしてくることはなく、彼女は彼女なりに今の自分の立場を理解しているものか、もしくは、そもそも、自分の欲求を表に出すことを知らないのか、はたまた、欲求という感情を持ち合わせていないのか、そのいずれかなのかということについて度々俺の頭の中で不思議に思っていたことであったのが、どうやら答えは、欲求を抱いてこなかったということにあったらしい。

 さて、そのきっかけは一体何なのかと問うてみたところ、とても自信ありげな顔で、


「生物には多様性があると聞いたから」


 と言い出した。そうだな、多様性な。多様性は大事だよな。と適当なことを言ってその場をごまかしつつ、俺は、アメを動物園に連れていってやるべきかどうか考えた。


「…………」


 考えている俺の様子を見つめていたアメであったが、次の瞬間、俺が意図していない唐突な行動に出る。


「おい! どうした!」


 聞こえてくるのは布と布をこすり合わせる音であり、端的に言い換えれば、服を脱ぐ音である。人間、生まれたままの姿が一番、とでも言わんばかりの勢いで着ている軍服もどきを脱ぎ始めるので、上半身が見えるか見えないかのところで、俺はその脱ぐ体を押し止める。


「待ちなさい」

「どうしたの」

「どうしたのと聞きたいのはこっちだ!」


 服で顔を隠された状態のアメが、抑揚のない声で平然と問うてくるので、俺は勢いそのままに、アメの服を元あるべき姿へと押し戻す。


「お前いつも脱いでるな。脱がないといけない決まりがあるのか? そうプログラムでもされているのか? 男を惑わす女の色香か? 武器か?」

「そういうこと」


 そういうこと、ではない。


「どういうことだ。あ、お前そういえば勝手にインターネット使ってただろ」


 最近、テレビでは満足できないのか、俺が席を外している時間などにパソコンを使用していたことを思い出す。


「インターネットで、お願いをするときは、自分の体を差し出しなさいって習った」

「インターネットは君にはまだ早すぎる」

「早すぎた……」


 ネットリテラシーなんていう旧時代の言葉をここで敢えて出すつもりはないが、とにかく、アメにはまだインターネットを使うのは早すぎる。

 しかし、そうまでして動物園に行きたいというのならば、ここは連れていってやるべきだろう。幸いにも、動物園の入園料はそこらの娯楽施設と比べれば圧倒的に格安だ。何より、今は秋。季節もちょうどいい。俺も、毎日ゆっくりとしか仕事をしていないとはいえ、働いてばかりでは体にも悪い、かといって、誰かと一緒でないといざどこかへ行こうという気にもならない。結果、どうしても動物園に行かなくてはならないという訳ではないが、おおむね、動物園に行くことによってプラスになるだろうという結論に辿り着く。


「よし、行くか、明日」


 この俺の合意の言葉に、アメは小躍りしはしゃぎまわるものかと思っていたが、アメのリアクションは思ったより遥かに大人で、


「おぉ」


 というたった一言のみが俺へと返却された。まるで何かに思い悩んでいるかのような表情で、一体その裏には何が隠れているのかと僅かに不安を覚えるほどである。

 この日の仕事をするついでに、アメにも色々と店の仕事について教え、夜、風呂に入った後で、この時のアメが悩んでいた様子が一体なんであったのかということが明らかになる。




 風呂とはいいものだ。一人暮らしという都合上、毎日毎日湯船を溜めるという訳にもいかないので、シャワーだけの日を挟むことにはなるが、湯船を溜める日、俺は湯船の中で頭の中の様々な情報を整理したりする。

 ここしばらくの間、あまりに多くのことが毎日毎日起こっているような気がして、頭が落ち着いていなかった。そんな頭の疲れをきれいさっぱり水に流す時間が必要なのだ。であるからして、シャワーだけで済ませない日の俺の風呂は長風呂になる。

 考えることは多過ぎるほどある。放置し続けている、アメの正体についての問題だ。そもそも、根本的に、アメはこの店に居ていいのか、ここで暮らしていく上で、その身分はあまりにも問題あるものではないか、例えば、アメがこの先ここで暮らしていくとしたら、アメが病気になったとき、彼女が受診できる病院は存在するのか。言い始めればキリがない。正体がわからないということは実に都合の悪いことだらけなのだ。この場はいい。この場はいいが、この先どうする。俺の思考は、これ以上先を考えることを拒否したがった。何故なら、その先にあるのは──。

 ここまで考えるのに、俺はどれくらいの時間湯船につかっていただろう。ザバン、と勢いよく立ち上がる。少しクラクラする。いけない、倒れる、そのギリギリで、風呂場の壁に手をついて転倒を防ぐ。余程長くの時間考えてしまっていたのだろう。のぼせるほどまではいかないが、体は十二分にあったまっていた。

 いつもならば、ここらで、何かしら良いアイデアでも出てきそうなものであったが、残念なことに、アメの抱える問題に対してベストな解決策を発想することは叶わず、俺は風呂を出ると部屋着を着て、自身の部屋へと戻る。

 扉を開け、足を踏み入れた瞬間のことである。

 そこには、まるで異世界かとでも表現しなければならないほど、妖艶な香りが漂っているように見えたが、どうやらそれは異世界でもなんでもなく、演出された空間であった。

 消された部屋上部の照明。部屋の端と端に置かれたオシャレな間接照明によって、ただの和室は遊郭の一室かのように艶めかし雰囲気を放っているように見える。いや、それは照明だけのせいではない。ほのかにするこの香りは、恐らく、これまたどこから持ってきたか分からないが、何かしらのお香でも炊いているかのような香り、それのせいで、艶めかしいなどという感想を覚えてしまっているかもしれない。

 けれども、それだけで本当にただの一室を俺がそのように認識してしまうだろうか? いいや、違う。そうじゃない。

 その紛れもなく根本的な原因は、部屋の奥に待っている一人の女、いや、そんな回りくどい言い方をしなくてもいい。御影アメその子にあるだろう。

 彼女はなんと驚くべきことに、その肌に一糸も纏うことなく綺麗な背中を向けて俺に振り返っているのである。これを妖艶と言わずしてなんと言おう。アメの体は凹凸が少ない。しかしながら、そのスラリとした背中は綺麗の一言であり、俺を何かの罠にかけるかのような目つきでじとっと睨みつけていた。

 そんな表情もできるのかという僅かな驚きは置いといて、俺は俺の俺の中の俺のための俺によるスイッチを全開にする、訳もなく、のそのそと近寄ると、まず真っ先に傍らに脱ぎ散らかしてあるアメの部屋着をアメへと投げつけたのち、頭上の生活するための照明器具の電源を速やかにオンにして部屋全体に真っ白な光を振り注がせる。

 何をするんだと抗議の目で見るアメを鼻で笑いながら、部屋の隅に置かれた今となってはもう必要なき間接照明の電源をオフにして、ついでに匂いの発生源も突き止めてその熱を消す。

 この俺の完全無欠な行動により、この場における妖艶な雰囲気なる何かは今や完全にその姿を変え、この場に残るのは、生活臭溢れる一室に、布団の上に、ものすごい戸惑い顔を浮かべながら服を着ている少女一人のみとなった。


「お前は何でそんなに脱ぎたがるんだ? ええ? 自由か? 自由への憧れが解放感を引き連れてやってくるのか?」

「くうど、よく聞いて。自分は教えられた。男の人の喜びというのはハダカによって手に入るものだということを」

「誰だ。誰に教えられた! インターネットか、インターネットの誤った知識か!? 早すぎたんだよ、お前には!」

「違う! しんじ。しんじがそう言っていた! いつかやってみろ、と」


 あの野郎。慎二にどうやってこのあまりにも素晴らしく俺の心をときめかせ過ぎたご恩を返してやろうかと考えるため俺はもう一度浴槽につかりに行こうかとも考えたが、流石に二度も風呂に入ってはのぼせにのぼせておのぼりさんになってしまうため思いとどまり、俺は懇切丁寧にアメに慎二から教わった知識には一部誤りがございますという旨を説明してあげる。

 始終頷きとても素直に聞き入れてくれるアメ。この素直さこそが彼女の魅力の一つなのだろうか、なんていう思う。きっと今回の行為を真摯に見つめなおし、もう俺の前でいきなりすっぽんぽんになることは控えてくれるに違いないという確信を得たあたりで、アメへの説明を終える。


「さー、分かったらもう寝るぞ」


 明日は動物園だから。アメはその興奮によって寝られないことはないだろうか、なんていうまるで小さい子供に対してするべき心配が一瞬頭をよぎったが、やはりそこは安心のアメ、俺が寝入るよりも遥か早く、無事睡眠についてくれた。




 翌日の天気は晴れ。秋晴れだ。風は適度にあり、暑過ぎず、かといって寒過ぎず。まさに理想の天気。

 今日の目的地は、福見市から出てしばらく南へと車を走らせたところにある動物園だ。県内にあるその動物園は、北日本の富裕層である観光客も多く訪問する場所であり、周囲の他県からも人が多く訪れるわりと大規模な動物園である。歴史は古くはなく、県の町おこしの一環として、ここ数年前に建設された比較的新しい動物園である。パンダやコアラといった目玉となり得る動物はいないのだが、それでも、この地方都市においては十二分にコンテンツとして魅力があるらしく、平日だというのに入口近くの駐車場はほとんど埋まってしまっていた。俺の軽トラックは、一旦入口から遠くの駐車場へと引き返し、そこから二人で園の入り口を目指すこととなる。

 アメの格好は相も変わらず軍服コスプレ少女であるが、俺だけは見慣れたからかもうその格好がおかしいとは気にならなくなっていた。福見市の存在もあってか、アメの服が軍人のものではないということはこの辺りの人であれば一目で分かり、それ故に、周りもまたそんなことを、多分、おそらく、気にしていないように思えた。思いたい。

 動物園は、入口付近でも、やはりというべきか、さすがというべきか、子供たちの姿で賑わっている。皆が一様に黄色の帽子を被っているところを見るに、遠足か社会見学か。学校行事で訪れる子供たちは多いと聞く。


「……! あれが動物!? 野放し!」


 子供たちを指さして驚愕の表情を浮かべるアメ。アメを見て驚愕の表情を浮かべる子供たちの先生らしき人物に、すみません、違うんです、ジョークなんです、北日本ジョークなんです、と頭を下げ、


「あれは健全無垢な子供たちだ。ヒト科ヒト族、俺たちがオンリーワンだ」


 と、アメの誤解を解いておき、俺は入場券を購入、アメに手渡す。


「ほら、この門超えるんだ」


 入場ゲートは、その上に迫力のある動物たちの写真が飾られており、動物園に来たということを視覚で知らせてくれる。ここ辺りで、もし、仮に、俺がこの動物園を子供の頃に訪れていたものなら、感動の思い出エピソードの一つでもアメに話してやれるのだが、残念なことに俺がこの動物園を訪れるのは今日が初めてだった。もう少し前に建設されていたならば、俺もここに訪れていたかもしれないが、初めてなら初めて何もマイナスなことではない。新しい体験は良いことだ。知識の泉が俺を待っているのだ。

 緊張気味のアメと共に入口ゲートを通り、一歩、二歩、と歩みを進めていく。直後、ゲート付近にいたお姉さんに園内のパンフレットを渡される。通行の邪魔にならないよう、道のわきに逸れると、俺はパンフレットを開き地図を見る。そこには、園内地図だけでなく、どこにどの動物がいるのかが分かりやすく記載されていた。


「ほら、何見に行きたいんだ?」


 俺はそれをアメにも見せながら、無秩序に回るには広すぎる園内をどこからどう回っていくべきか、その答えを求めた。

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