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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第五章 雨上がりのソラ 〜私の足元には、ふたつの影がある〜
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最終第80話 もうしばらくここにいるね

 窓際三番目のあんりちゃんへ


 この前、帰り道であんりちゃんがいった「空が青すぎて吸い込まれそう」って言葉が、まだ頭に残っています。

 私が見ている青と、あんりちゃんが見ている青は、本当に同じ色なのかな。


 同じものを見て、同じ言葉で呼んでいるつもりでも、私たちは少しずつ違う世界に立っているのかもしれません。


 それでも、あんりちゃんと話している時だけは、私はちゃんとここにいる気がします。


 誰かと誰かは、同じにはなれない。

 でも、同じにはなれないまま、隣にいられることがある。


 物質は形を変えても、なくならないんだって。

 だったら、あんりちゃんと話した時間も、どこかへ消えるんじゃなくて、違う形になって残るのかもしれないね。


 それじゃあ、また明日。学校で。



 廊下側、一番うしろの席の七海より




 瑞々しい時代の、懐かしい夢を見た。


 同じクラスで過ごしたのはたった二年間だけだったけど、私たちの関係はその後もずっと続いている。

 友達になるって、時間の長さは関係ないのかもしれない。


 ななちゃんの手紙はいつも暗号みたいで、当時はよくわからなかった。

 だけど気づかないうちに、私の中に積もっていたみたい。




「ようやく起きたか」

 呆れたような声が聞こえた。


 香ばしい煙の匂いがする。

 そして視界が、薄っすらと白く煙っている。


 一ヶ所、煙の発生源で人影が動いた。


「ちょうど焼けたところだ」

 煙の向こうで、清々しい顔のハルジオンが串焼きを一本掲げだ。


「執務室で串焼きなんて、大丈夫なんですか?」

「問題ない。換気は十分にしている」


 すたすた近寄ってきて、ハルジオンが大きめの串焼きを手渡してきた。

 私はソファから身を起こして受け取った。


 いけない。座ったまま居眠りしてしまったようだ。

 このソファ、頭部まで支える背もたれがフカフカで気持ちいいんだもん。


「ずいぶん大きな口を開けて寝ていたぞ」

「いや、途中で起こしてくださいよ」

「その大口に見合う、厚切りの肉にしておいた」


 少しだけ愉快そうに笑うハルジオンを見て、大丈夫なのかなと思った。



 あれから三日経った。


 私は琥珀宮殿内の職員寮のようなところで寝起きし、昼間は王子の執務室で、この国の子ども向けのマナーブックみたいなものを読まされている。

 もちろん本じゃなくて、環をかざすと頭に内容が直接叩き込まれるタイプの習得方法だ。


 頭に直接情報が入ってくるからといって簡単に理解できるわけじゃないし、忘れないわけじゃない。

 馬の耳に念仏という言葉は、たぶんこの国にはないが、今の私にはぴったりだ。

 

 この三日間、私にはハルジオンが串焼き屋の店主にしか見えなかった。


 短時間だけ部屋を出ていることもあるし、ひとりで何か考えているようでもある。

 だけど、やるべきことの多くは、あの議会の前に調整し終えていたみたいだ。


 そういえば、ナナリエとハルジオンがイメージキャラクターを務めた商品も、婚約解消の数日前には新たな広報展開が始まっていたらしい。

 そのおかげで商品の売れ行きにも影響は出ず、私は改めてハルジオンの面倒見の良さと用意周到さを知ることになった。


 ……そして、今は、目の前の火加減ばかりを気にしている。


 ナナリエは来ていない。


 ソラリスからの連絡もないらしい。


 エンジュは遣いの人を通して、ナナリエに手紙を届けてくれたらしい。


 ……というのは、全てハルジオンから聞いた情報だけど。


 たぶん全部本当なんだと思う。


 手紙の返事はいらないと決めた。

 だけど気にならないわけじゃない。


 ナナリエの迷惑にならずに、会いに行けるようにならなきゃ。

 そのためにも、まずはこの国の常識を頭に入れておかねば。



 串焼きを見つめながら、ハルジオンがため息をついた。


「ナナリエは……まだ一度しか食べてくれていない。……あの時は火加減を間違えた……」


 事あるごとに、深く肩を落として項垂れている。


 ずっとこの調子だ。


 私を感情の受け皿にはしないと言っていたのはなんだったのか。

 一日に三十回はナナリエを思い出してはため息をついている。……数えたわけじゃないけど。


「でも、一緒に王にならないとしても、夫婦にはなれたんじゃないですか?」

 あまりにも鬱陶しいので、一度だけそう質問してみた。


 串を返していたハルジオンの手が止まって、はっきりした口調の答えが返ってきた。


「双王は慣例的に夫婦だ。それにソラリスはナナリエと対等に意見を交わしていた」

「対等に意見を交わせるからって、結婚したいかは別じゃないですか」

「……私とナナリエは、制度上の都合で婚約していたにすぎない」

 また、それを言うか。


 ナナリエも別の場所で、別の誰かに、そうやって説明しているところまで目に浮かぶ。


 煙が目に入ったのか、ハルジオンは笑うように少しだけ目を細めた。


「私がそこから降りたのなら、ナナリエには、もっと相応しい相手がいる」


 最後の方だけ、火のはぜる音に紛れるくらい小さかった。



「もう一本どうだ」


 ハルジオンは人に食べさせるのが好きなのだろうか。

 私も目の前の美味しそうなお肉に釣られて、つい受け取ってしまう。


 だけど。


 食べたがっているのは私だけじゃなかった。


 ヨルカの身体も、たくさん食べたがっている。

 ……けっして自分への言い訳じゃない。


 それに、ナナリエについて語るハルジオンの話を聞きながら、この胸が、身体中が反応している。


 無自覚な恋愛の愚痴を呆れながら聞く私とは対照的に、ヨルカは、理解のできないハルジオンの言動に強く心を動かされているみたいだ。


 ヨルカは今、たくさん食べて、たくさん知りたがっている。


 もし私とヨルカが同時にこの場所にいるとしたら。

 ハルジオンが食べさせたがっている相手は、ヨルカなのかもしれない。

 

 それだけじゃない。

 この国で生きていくための方法まで教えようとしているようにも見える。


 ヨルカは言っていた。


『収束するところは変わらない。だけど、そこまでの道は君だけのものだ』、って。


 もしかしたら私は、かつてヨルカが辿った道を新しく追いかけているんじゃないだろうか。



 ヨルカの伝言を伝えたあの日。

 四人とも、当たり前みたいにヨルカの名前を呼んでいた。


 ナナリエも。


 ハルジオンも。


 エンジュも。


 ソラリスも。


 それぞれに、一緒に過ごした時間があるんだろう。


 そしてこうしてハルジオンの話し方を聞いていると、ふと思う。


 ヨルカの話し方に少し似ている。


 でも、難しい言葉を選ぶところはナナリエみたいで。

 答えをぼかすところはエンジュに似ていて。

 真っ直ぐ言い切る時だけ、ソラリスを思い出す。


 ヨルカは、今、人から何かを吸収している途中だ。


 それは知識だけじゃなくて、人との向き合い方まで含まれるんだろうか。


 ……わからない。

 でも、そんな気がする。



 そんなふうに過ごして、さらに数日経ったとき、ハルジオンは怖い顔で言った。


「裁判所に行ってもらう」


 え?


「サファイア宮だ。まだ行ったことはないな?」


 私、裁判にかけられるってこと?


 もとの世界で、海外生活も、住み込みの仕事も、工場見学も、宿坊体験も、いろいろ経験してきたけど。


 裁判はまだ経験したことがない。


 この国は、私をどういう人間だと判断するんだろう。


 怖い。


 でも、すごくすごく興味はある。




 ここに来て三ヶ月。


 夏が始まろうとしている。


 私は何か理解できただろうか。


『なにか、わかった?』


 好奇心に目を輝かせるナナリエの顔が浮かぶ。

 私の目に、ナナリエの国がどう映っているのか、知りたがっていた。


 私はこの国を研究しにきたわけじゃない。

 だけど生活してれば、見えてくるものがある。



 この世界には、太陽が二つある。


 だから王様も二人いるのか。

 そんな気もするけれど、まだわからない。


 この国では、星の磁場を利用した科学技術が発達している。


 王族と呼ばれる人たちはいる。でも、統治者とも儀礼的な国家元首とも少し違うようだった。

 だけど背負う責任は重く、王と呼ばれる存在へ人々が抱く期待は、私の認識よりずっと重いようだ。


 王を輩出する宮家が四つ。そして、それぞれ異なる役割を担う宮が八つ。

 互いを支え、ときには意見をぶつけ合いながら、国全体の均衡を保っている。

 いや、均衡を保つために、最初から力を十二に分けているのかもしれない。

 でも、どうしてそんな仕組みになったのかは、まだわからない。


 この国には文字がない。

 代わりに、人は頭の中の情報をそのまま共有する。

 知識は個人の所有物ではなく、国のみんなで受け継いでいくもの。

 そんな考え方が、この世界には根付いているみたいだった。


 彼らが何より大切にしている結環の儀も、まだうまく説明できない。

 ただ、その場で私が感じたのは、「みんなが同じになる儀式」ではなかったということだ。

 それぞれ違うまま、それぞれの役割を持ったまま、ひとつのものを形づくっていく。

 そんな光景だった。


 農業も、工業も、商業も、一見すると別々の営みに見える。

 でも、一緒に生活していると、どれも「めぐる」ことを前提に組み立てられているのが見えてくる。

 作ることも、運ぶことも、直すことも、終わりに向かうんじゃない。

 次へ渡すため。

 人も、物も、仕事も、命さえも。


 この国では、すべてが「めぐる」ものとして考えられているらしい。

 終わりも始まりもない。

 形を変えて、場所を変えて、それでも受け継がれていくと信じている。


 それが、この世界の当たり前なのだろう。



 文化は、誰かに説明してもらって理解するものじゃない。

 一緒にご飯を食べて、同じ景色を見て、笑って、困って、生活を重ねる。


 そうして初めて、その人たちが何を大切にしているのかが、少しずつ見えてくる。

 私が見つけたのは、この国の答えじゃない。


 まだ、その入口だ。


 


 私の目で見たこの国のありのままを、手紙でナナリエに伝えた。


 だけど、まだ全然足りない。


 この国のことも。


 ヨルカのことも。


 ナナリエのことも。


 もっと知りたい。


 少しだけわかり始めたこの国を、自分の足で歩いてまわりたい。


 だから私は、もうしばらくここにいるね。


 ナナリエ。


第一部を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

物語は第二部に続いております。

引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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