第4話 黒——あまりに不潔で、臭すぎる目覚め
「……くさい」
くさい。
臭すぎる。
臭すぎて世界の全てが臭い。
なに、このにおい。
確認したくても目が開かない。
手の感覚は?
ある。
硬くて、冷たくて、ざらりとしている。
石?
石を触っている。
私は立っているの?
寝ているの?
うつ伏せ?
仰向け?
身体は……
お腹に力を入れたら身体を起こせた。
仰向けに寝ていたらしい。
私はどこにいるんだろう?
さっきまで何をしていたんだろう?
……私は、誰なんだろう?
薄らと視界が明るくなってきた。
腰を下ろしたまま、自分の足元を見る。
黒いスカートの裾と、痩せた脚が見えた。
ちなみに裸足だった。
裸足の足は石造りの床の上に投げ出されていた。
立てる。
私は立ち上がった。
黒くて長い髪がバラっと、ボテっと落ちてきて
「いや、めちゃ臭いじゃん」
黒い髪を摘んで鼻を近づけた。
生乾きの洗濯物のにおいと、酸っぱい汗のようなにおいと、乾いた皮脂のにおい。
腕を曲げて肘の辺りのにおいも嗅いでみた。
やはり強烈な刺激臭がする。
「この人、さてはお風呂入っていないな?」
口に出してみて気づいた。
この身体は私のものじゃないって。
いや、私も1週間くらいお風呂に入らなくても平気だけども。
これはさすがに限界突破している。
気づくと身体中がムズムズと痒くなり出した。
「とりあえず、顔を洗おう」
私はぼんやりとした視界の中を探りながら、その場所を彷徨った。
誰かの部屋のよう。
光が差し込む窓と、テーブルのような台と、あれは洗面台?
汚れた金属板のようなものが壁にかかっていて、その下に白い陶器の受け皿がある。
壁からわずかに顔を覗かせる細いパイプには取っ手がついていた。
私の勘が、これは水道の蛇口だと告げている。
取っ手を持ち上げた。
何も起こらなかった!
何度か引いたり捻ろうとしてみたけど何も出ない。
がっかりして、ふと、顔を上げた私は背筋が凍った。
黒。
黒い穴がこちらを見ている。
空間にぽっかり空いた二つの穴。
——近い。
声が出なかった。
いや、悲鳴すらも吸い込まれてしまったのかもしれない。
二つの黒を囲うように、そこには困惑の表情が映っていた。
「……鏡?」
そこにあったのは鏡だった。
映っているのは、「私」の顔。
ベトベトした黒い髪の中から覗いているのは、「私」の目だった。
黒い瞳は光を一粒も反射していない。
全てを吸い込んでしまう底の知れない黒が、
そこにはあった。




