第四話 悪役令嬢、鮮血の雪原でナイトティーを楽しむ(1)
同室の姉と弟が寝た。念の為に私は “スリープ”〔眠り〕の魔法を掛けて、北の森にある第三広場まで転移した。この転移魔法はメニューにある地図上なら一瞬で行ける魔法だ。但し、私の地図はほとんど真っ暗であり、村の周りと騎士団と歩いた道のみ白く光っていた。つまり、メニューを解放してから行った場所へしか行けないのだ。
この魔法は魔力量を馬鹿食いするので、戦闘時にショートカットとして背後に出現するという特殊な使い方は奨励できない。
誰もいない月夜の雪原に立つと危ない魔物が寄ってきた。
やはり夜の森は危険だ。
夜目が利く魔物らにとって人間は手頃な餌に見えるのだろう。知能がそこそこあるのか、風下から近づいてきた。
でも、残念。
私は暗視スキル持ちであり、暗闇でも問題ない。しかも悪路走破スキルで雪原でも移動を苦にせず、魔力循環の肉体強化と強化魔法のバフ重ね掛けでステータスを爆上げさせている。
こっそり近づいてくる“セリビウルフ”〔恐狼〕に負ける要素などない。そして、近づいた所で闇魔法“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕で動きを止め、風魔法“ウイング・カッター”〔風の刃〕で命を奪い取り、あっという間に二十体の魔物を始末した。
ステータスを開くと、ステータスが合計で一つしか上がっていなかった。
えっ、どうして?
ステータス画面を見て驚いている私にポン太が話しかけてきた。
“やはり、こうなりましたか”
<やはりって・・・・・・どういう意味よ>
“この世界にはレベル神がおらず、レベル精霊もいないという意味だ”
<レベル神?>
“悪役令嬢の世界では登場しないがレベル神は存在し、レベル精霊もいた。だから、経験値となる魔素をかき集めてくれて経験値が上がる助けをしてくれた。そして、経験値が溜まるとレベル神に報告し、レベル神がレベル上げてくれる。ありがたい神様だ”
<そのレベル神がいないからステータスが上がりにくいのね。でも、騎士団の兵は角ウサギを倒しただけでステータスが二つほど上がっていたよね>
“俺様が鑑定した推測値だ。間違いない”
<角ウサギで二つも上がったのに、それより強い“セリビウルフ”〔恐狼〕を二十頭も倒して、一つとかおかしくない>
“全然、おかしくない。レベル精霊が倒した魔物の魔素を集め、倒した者に届けてくれた。そいつらがいないと距離の二乗に比例して魔素が拡散する。ご主人様のもとへほとんど届いていないだけだ”
<じゃあ、どうしてレベル上げするの?>
“接近して魔素を回収するか。訓練や魔法を使用して純粋に自然増で増やすしかない。魔力も体力も使い切れば、超回復で増加量も割増しになるぞ”
<超回復って、特訓は無駄じゃないってことね>
“そういうことだ”
<でも、どうして接近したら魔素が回収できるの>
“生き物はどんな生物でも魔素を持っている。命を奪うと魔素が飛び散り消滅する”
<消滅?>
“まぁ、拡散した魔素は吸収できないと思ってくれ。だが例外があり、拡散した瞬間に大きな魔素、人間や魔物などの生物が近くにいると、その生物に吸収される。手刀で敵の心臓を握り潰すような戦い方が理想だな”
<嫌よ。そんな野蛮な戦い方>
“魔物は牙とかで首元を噛み切るから効率的だな。ご主人様もやってみるか”
<魔物に噛み付くとか正気じゃないわ>
“冗談だ。まぁ、魔物は魔素の塊だ。それを倒すと得られる魔素も多い。ステータスも上がりやすい。だから、魔物は魔物を襲って自らを強化する。また、大地から魔素と同質の魔力が漏れ出す場所を好む”
<それって魔力溜まり、竜脈から魔力が溢れる場所ね>
“そうだ。魔物は魔力を好むから魔物が集まり、その上で魔物同士が殺し合う。殺し合った結果、大地が汚染されて魔物を生む土壌が作られ、最後にはダンジョン化がはじまる”
<こんな場所でダンジョン講義を聴くとか思わなかった>
“要するに、北に馬鹿でかい竜脈があるってことだ”
<その枝葉がこっちにも広がっているのね>
“ご主人様がステータスを上げるには、もっと北の魔物を魔法で仕留めるか、接近戦で近づいて仕留めるのが効率的ってことだ”
<ポン太、ありがとう。参考になったわ>
“で、どっちを選択する”
<奥の魔物でも上位魔法なら倒せると思うけど、魔力を回復中に狙われるのが嫌ね。この辺りの魔物程度では光の加護を破れない。況して、この装備はドラゴンの一撃にも耐える素材よ?>
“ドラゴンの一撃は耐えられても中身がぐちゃぐちゃになるだろうな”
<ものの例えよ。一撃で私を屠れないって意味よ>
“そういうことなら、おかわりがきたぞ”
魔物を倒した血の臭いに誘われ、次の“セリビウルフ”〔恐狼〕の一団がやってきた。
ポン太の鑑定では、さっきの一団より少し強そうだ。
私は風の精霊を飛ばし、周囲を警戒する。
大人しく囲まれるのもシャクなので横に走り出した。“セリビウルフ”〔恐狼〕が私を追い掛けて、矢じり型の隊列が弧を潰した直線の隊列へと変わってゆく。
刹那!
ほぼ直線になった瞬間、私は進路を反転させて、左端の一頭目に襲い掛かった。
“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕
襲い掛かる“セリビウルフ”〔恐狼〕の足をすべて拘束し、すれ違い様に心臓を刺した。
一撃で即死、反動でショートソードを抜くと、倒した“セリビウルフ”〔恐狼〕を収納庫に収納した。次に体を沈めると、足に力を込める。
瞬動!
止まった体が一瞬でトップスピードに乗るスキルだ。同時に並行思考が“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕を起動させて、次の“セリビウルフ”〔恐狼〕の足を絡め取った。
グサリ。
戸惑う“セリビウルフ”〔恐狼〕を無視して簡単な作業を繰り返し、ボスの“セリビウルフ”〔恐狼〕が反転して逃げはじめた。
待って、私の経験値。
逃げ遅れた三頭を仕留め、ボスを追いかける。
十五頭が逃げてゆく。十二頭を狩った経験値でステータスが総合百ポイントも上がった。
経験値がおいしい。
瞬動を混ぜて速度を上げるが、雪原を駆ける“セリビウルフ”〔恐狼〕との距離は縮まらない。
遠距離の“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕を連続で放った。
ボスは前方の魔力の揺らぎを感じて回避した。
勘のいい奴だ。
五頭が地上から生えた闇の手に絡まれて動きを阻害され、追い付いて仕留めてやった。
その間にボスと残りが森へ逃げた。
障害のない雪原より森の中が逃げやすいと感じたのだろうか?
だが、その考えは甘い。
風の精霊に加えて、光、闇、火、水の精霊も飛ばし、全域をカバーして追い掛けた。
狼達が森を駆けると、別の魔物に遭遇する。
魔物は縄張りを持っており、敵が入ってきた瞬間に襲い掛かる。
ボスはうまく躱して通り過ぎ、間の悪い狼が熊の一撃で叩き伏せられた。倒れた狼に熊が襲い掛かり、がぶりと首元に噛み付いた瞬間、追い付いた私が背後からショートソードを突き刺した。
不意打ちの一撃だ。
ご馳走様、ありがたく熊と狼の死体を収納すると、ボス狼を追い掛ける。
狼に気を取られた別の魔物を不意打ちで頂く。
野良の鮎を川に放つと、縄張りに入った別の鮎が攻撃を仕掛け、周りの釣り針にひっかけて釣る。
これって『鮎の友釣り』と同じだ。
次々と獲物を頂きながら狼を追い掛けた。
ボス狼が森から少し広々とした林へ抜けると、同じ“セリビウルフ”〔恐狼〕に追い掛けてきた仲間ごと一瞬で殺された。
別の“セリビウルフ”〔恐狼〕の群れの中に突っ込んだようだった。
もちろん、新たな群れは追い掛けてきた私に気付いた。
周囲に身を潜めている“セリビウルフ”〔恐狼〕を含めると百頭強いる。しかもこの群れのボスは、さっきのボスに対して、ステータスが倍以上もあった。
小物でもさっきのボス並みって、同じ“セリビウルフ”〔恐狼〕と思えない。
“ご主人様、どうやらボスエリアに踏み入れてしまったな”
<ボスエリア?>
“魔力視でこの辺りを見てみな”
<・・・・・・・・・・・・>
私はポン太に言われたので目に魔力を込めて視力を上げた。
遠くを見るのに便利な技法だが魔力の流れも見え、地面からお湯が湧くように魔力が吹き出しているのが見えた。
これって魔力溜まりよね。
“さっきも説明しただろう。魔物は魔力を好む。魔力に釣られ、強い魔物が集まり、最後に残った魔物がエリアボスになる。ダンジョンのエリアボスと一緒だ”
<ダンジョンマスターがエリアボスを置くのじゃないの?>
“それはゲームの話だ。自然のできたダンジョンは下階層へ続く場所の魔力が一番強い。その階層の一番強い魔物がボスエリアを住処とする。だから、ボスの交替も起きる”
<じゃあ、この“セリビウルフ”〔恐狼〕は勝ち残った魔物ってこと>
“そういうことだ。今なら転移で逃げることもできるぜ”
<ご冗談を、こいつら経験値でしょう>
エリアボス“セリビウルフ”〔恐狼〕との死闘がはじまった。
私は無策に突っ込んだ。
速っ、マジで速い。
でも、“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕で動きを止めれば、逃げても無駄・・・・・・後ろの狼が生えた黒い手に食い付いて、絡められた仲間を助けた。
逃がさないと追撃をかける瞬間に、後ろから別の狼の爪が私を襲って地面に転がされた。
もう痛いって。
一番雑魚でも、さっきのボス並みだ。
貫通はしないが衝撃まで消せない。怪我もないけど、体力が削られる。
拘束は仲間が助け、攻撃しようとすると不意打ちが飛んでくる。
ジワジワと体力が削られる。
屈辱、私が手も足もでないなんて・・・・・・同じ接近戦でも対人戦なら経験もあるが、高速で動く魔物を相手に接近戦なんてはじめてだ。
悪役令嬢が役に立たない。
“もっとスキルを利用しろ”
スキルって、使い方がわかんない。
敵の気配は全部感じられるけど、危険察知は鳴り響き過ぎ。
高速思考も役に立たない。
“落ち着け、死ぬことはない。もっと敵を見ろ”
そっか、死ぬことはないんだ。
また、私は地面に転がされた。
のし掛かってきた奴の喉元にパイルアンカーを収納庫から取り出して食らわせやった。
ヌンチャックみたいな棒から短槍が飛ぶ。
発明家から貰った玩具がはじめて役に立った。
悪役令嬢は接近戦なんてしないから使い道がない。しかも対人戦では威力が強すぎ、人をミンチにしてしまう。
やっと一頭目だ。でも、一頭で三十近いステータスアップは嬉しい。
随分と体力が削られた。
私は減った体力と気力を魔法で回復させ、魔法回復のハイポーションを取り出して魔力も全快する。泥だらけにされた髪と服も生活魔法のクリーンで綺麗にしてから構え直した。
さぁ、第二ラウンドだ。
そうだ、何もショートソードに拘る必要などなかった。
両手ぶらりのノーガード戦法。
背後から顔と首元を狙う奴には腕を出してカバーし、ガブリと噛まれた腕に痛みが走る。でも、噛み切ることはできない。そして、噛み付いた瞬間に地面から伸びた“サンド・スピア”〔土の槍〕で串刺しにしてやった。
骨にヒビくらい入ったかもしれない腕を速効の光魔法“ヒール”〔回復〕で治療した。
私を襲って止まった瞬間を狙う。
“滅茶苦茶な戦い方だな”
<いいでしょう。これなら余裕で勝てる>
“もっとスキルを利用しろ。女神の祝福で十倍のバフが掛かったスキルだ。この状況は前衛職ならピンチでもないぞ”
<わかっているわよ>
そう言ったがすぐに修正できる訳もない。
また、ボスエリアの“セリビウルフ”〔恐狼〕の知能は高いが、賢くはなかった。
背後から不意打ちと同時攻撃を繰り返し、私の相打ちで数を減らしてゆく。
減った体力を魔法で回復し、三度目の魔力回復ポーション飲んだ。
気力を魔法で回復してもキツくなってきた。
でも、少しずつ見えてきた。
そして、五十頭を切ったところで、私は三頭の同時攻撃をはじめて躱した。
“やっとですか。ご主人様も無茶をしますね”
<目が慣れてきたわ>
“気配察知スキルと危険回避スキルがあるのに攻撃を受けるかが疑問だ”
<複数に反応するスキルをどう使えばいいかなんてわからないよ>
“なるほど”
<でも、気配察知は背中にも目がある感じ、危険回避は次の未来を予測する。私は川の流れに身を任せればいい>
再び三頭が同時攻撃を仕掛けてきた。
私が半歩下がると、前方と後方の攻撃差を生み出す。背後の狼が爪を立てて襲い掛かる。私は半歩足を横にずらすと半身になって体を捻り、ショートソードを斜めから心臓へ突き刺した。そして、元いた場所から二本の“サンド・スピア”〔土の槍〕を打ち出した。
前方から襲ってきた二頭の狼が喉元から背中を貫いている。
半歩後ろに下がるだけで未来が変わり、時差を生み出すことで処理する時間を生み出す。
これだ。
スキルに身を任せると、周りがスローモーションに見える。
三頭のフォローに入っている六頭が襲ってくるが、余裕で躱しながら順番に倒した。
外から眺めている者から見れば、九頭の狼が瞬殺されたように見えただろう。
これが接近戦か。
エリアボス“セリビウルフ”〔恐狼〕が敗北を悟って天に向かって吠えた。
敵の狼達が一斉に逃げ出す。
馬鹿ね、逃がす訳がないでしょう。
私は“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕の無数の闇の手が円状の壁を作るイメージで出現させた。
不気味な黒い手が揺れて地面から湧き出し、逃げる狼らの目前に高い壁が聳えた。
ここから蹂躙の時間だ。
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視界を埋め尽くした不気味な黒い手が消え、残されたのは白銀の雪原に魔物の鮮血が飛散していた光景だけが残った。本来、魔物の血はドス黒く、決して鮮血と言えない。でも、今夜の赤い月は赤く、世界をすべて赤く染めていた。
私は五つの魔石に魔法陣を刻み、魔力溜まりの外側に五芒星に配置すると、地面の中に埋めてから“光の結界”を発動させた。この世界の虫除けスプレーのような結界ではなく、悪役令嬢の世界で使っているドーム状の光の壁を展開する結界だ。竜脈の魔力でできた光の壁は魔物の侵入を弾く。
悪役令嬢の世界では魔力溜まりの上に城などを築き、竜脈から魔力を吸い取って半永久的に張り続ける。今張った結界は劣化版であり、学園で魔法技師を選択すると、ダンジョンで半日だけ作動する結界の魔法陣を書けないと進級単位が貰えない。悪役令嬢はすべての単位を取得している。
当然ながら素材さえあれば、城サイズの結界も構築できる。流石に中級精霊に魔法結晶で住んで頂き、その魔法結晶を五個も揃えるなんてできない。なぜなら、魔法結晶には精霊が住んでいるから収納庫に入らない。精霊入りの魔法結晶を五個も準備するだけで何年はかかりそうだ。
精霊がいないと魔法陣の魔力がゆっくりと消費され、半年くらいで空になる。私が時々魔力を補充すれば延長できる。足繁く通うことにしましょう。
安全地帯が完成したので、私はテーブルと椅子を取り出すとお茶を楽しむことにした。
“ご主人様は本当にポンコツですね”
<どこが?>
“最初から円形の“ダーク・バインド”〔闇の拘束〕で狼の行動範囲を制限すれば、痛い目に合わずに倒せたのでありませんか”
<倒すだけなら、無差別攻撃の魔法で倒せたわ>
“経験値の取得を優先して、敵の有利な条件で戦うとか馬鹿でしかできません”
<スキルの使い方がわかったからいいじゃない>
“スキルの使い方なんて追々でもわかったでしょう。しかも最後の方は経験値も美味しくない”
<最初の一頭目は三十もあったのに、最後の一頭は二しか上がらなかった。どういうこと?>
“ステータスは上昇するほど必要な経験値は増えるのは当然でしょう”
<ステータス上げが大変そう>
“そのようです”
<先に教えてくれればいいのに>
“はぁ、俺様に何を期待している。俺様は悪役令嬢の世界のアドバイザーであり、レベル神もいない世界のアドバイスなんてできると思うか”
<はい、はい、私が馬鹿でした>
“ご主人様がポンコツなのはわかっているから許す”
<でも、ありがとう。でも、戦闘スキルのアドバイスは助かったわ>
“それが俺様の仕事だから当然だ”
どうしてこうも偉そうなの。
女神様ももう少し上品な上級精霊を用意してくれればよかったのに。
収納庫は時間停止。
ずっと昔に用意した紅茶をカップと注ぐとふわりと湯気が立った。
ほんのりとやわらかいアールグレイの香りが廃れた心を解きほぐしてくれた。
赤い月が世界を赤く染める。
チョコレートケーキを取り出し、お茶と一緒に口に含んだ。
あぁぁぁぁ、美味しい。
私は一人、最高に贅沢な夜会を続けた。




