第三話 悪役令嬢、村を変革する(2)
家に到着する頃には辺りはすっかり暗くなり、扉を開けると母がお冠だった。
「レルーイ、イルター、いつまで遊んでいるの。もう真っ暗になってしまったじゃない」
「ごめんなさい、お母さん」
「ごめんなさい」
「クィリッィエまで一緒にいて、何をしていたの?」
「ロクデナシ草が食料になるとイルターお嬢様が言い出し、つい話し込んでしまいました」
「あの草が食料になるの?」
「私も信じられないので、明日、試してみることになりました」
「そうなのね。仕方ないわ。それならお説教は止めておきましょう。集会所に行くわよ」
我が家は一様領主であり、領主邸にはすべての領民が入れるくらいのホールが併設して建っていた。壁にオルガンっぽい楽器が唯一置かれている部屋であり、たくさんの来客が来れば、そこに大きな机と椅子を入れて、こぢんまりとした晩餐会や舞踏会の会場に使えた。
さらに横に来賓用の離れ屋敷もあり、私達が住んでいる家と段違いの豪華さに仕上げている。その客間にはふわふわのベッドも用意しており、どんなに貧しくとも父は貴族と思えた。
ホールに入ると母は壁の魔道具に触れ、すると一瞬で部屋中の蝋燭が点いた。掃除の手伝いで昼間しか入ったことがなかったので、そんな魔道具があるとは知らなかった。
母が「明るい内なら蝋燭代が節約できたのに」と小さい声で愚痴っており、ダンスのレッスンはひらひらの付いたドレスを着た方が習得も早い気がするが、替えドレスがないから私達は普段着のままであった。
「では、はじめます。イルター、自分からやりたいと言ったからにはしっかりやりなさい」
「は~い」
「レルーイ、クィリッィエが帰ってきたから、今日はダンスのレッスンをします」
「はい、お母様」
「クィリッィエ、やり難いでしょうが、巧くリードしてあげて」
「畏まりました」
ここでは「お母さん」ではなく、「お母様」と呼ばなければならない。そして、ダンスのパートナーをクィリッィエが引き受けるが身長差があり過ぎて不格好だった。
母が手を叩き、「ウン、ドゥオ、トレ」と声を出してリズムを取ると、ダンスのレッスンがはじまる。私は一人でシャドウ練習に加わる。
「イルター、今日はとても上手よ」
「ありがとうございます。お母様」
「どうして、練習をサボっていたイルターが巧くなっているのよ」
「レルーイ、その話し方は何ですか。領都でそんな言葉遣いをすれば、恥をかきますよ」
「申し訳ございません」
姉は淑女となるレッスンがはじまり、私は「ねぇねぇだけズルい」と言って加わった。少し前まで私は動き過ぎと叱られた。今まで肌と空気が擦れる感覚に合わせて、体が勝手に動く感じだったが、その感覚が気持ち悪く、どこかぎこちなかった動きであった。今はそれがスッと修正されてゆくのがわかる。悪役令嬢の世界の礼儀作法やダンスとは違うけど、要点を修正すれば対応できる。
私には知識が足りなかったとわかってしまう。
「お母様、姉上もクィリッィエの相手ではやり難いようです。私が男性パートを踊りましょうか」
「できそう」
「はい、クィリッィエの動きをよく観察しました」
「では、一度やってみましょう」
姉が私の肩に手を回し、私が姉の背中に手を置いた。
私は姉より身長が低いので少し不格好だけれども、クィリッィエの肩に背伸びして手を回していたぎこちない姿勢が解消された。母の合図でレッスンが再開し、姉の動きもスムーズになった。
「イルター、とても上手よ。ほぼ完璧に男性パートを踊れていたわ」
「ありがとうございます。お母様」
「うぅぅぅ、どうしてイルターは私より上手にできちゃうのよ」
「姉上、また言葉が乱れています」
「うぅぅぅ、姉としての威厳が・・・・・・私、もう嫌ぁ」
「きっと神様が私を依怙贔屓しているだけで、二人の能力は変わらないと思います。姉上は劣っておりません。姉上はできます。大丈夫です」
「・・・・・・・・・・・・嫌だ、嫌だ、イルターに私の気持ちなんてわからない」
ずっと我慢してきた姉は覚醒した天才の私を見て心が折れた。その場で泣き崩れ、母が寄り沿って慰めている。なし崩し的にレッスンは中止となった。
姉は母の胸で泣き続ける。
マジで女神様の寵愛ブーストで能力値が跳ね上がっていると知らされ、“私、凄い”って思っていた自分が恥ずかしいんだけど・・・・・・天狗になった私は許せたが、姉を慰める私に、姉の心は傷ついた。
人の心って難しいね。
暇になったクィリッィエが何気なく聞いてきた。
「イルターお嬢様の成長が著しいと思われますが、イルターお嬢様はどんな令嬢になりたいと考えておられるのでしょうか」
「う~~~~~~ん、特にないかな?」
「貴族の奥方様は社交で旦那様を助けるのが普通でございますが、イルターお嬢様は魔法が使えます。宮廷魔導師を目指すことも、魔導騎士になって殿方と共に戦場へ立つこともできます。イルターお嬢様はどの道を選びたいのでしょうか」
「王宮に勤める宮廷魔導師は論外ね。魔導騎士とか組織に縛られるのも嫌だから冒険者になる。冒険者になって、魔物を狩ったお金で世界中を旅するとか、素敵じゃない」
「イルターお嬢様は貴族を辞めて、冒険者になりたいのですか」
「別に貴族を辞める必要はないでしょう」
「・・・・・・・・・・・・」
何故か、クィリッィエが固まった。
泣いていた姉がこっちを向いて「やっぱり、イルターは馬鹿だ」と呟き、少し元気を取り戻した気がする。母もクィリッィエのように私を見たままで動きが止まった。
姉のにやりとした口が私に言った。
「イルター、貴族はお金儲けなんてしちゃ駄目なのよ」
「どうして、騎士団は魔物を狩っているわ。クィリッィエは魔石と素材を売るって言っていた」
「魔物を駆除するのは“貴族の務め”よ」
「貴族の務め?」
「領地を守る為よ。売ったお金は領地に入るけど、領地のお金よ。お父さんのお金じゃない。お父さんのお金は“不労所得”という汗水を流さないお金じゃないと駄目なのよ」
「じゃあ、私が魔物を狩って売るのは?」
「駄目に決まっているじゃない」
「私のお小遣いをどうするの?」
「お父さんから分けて貰えばいいのよ」
姉の説明に、クィリッィエが付け加えてくれた。
「貴族は買い物を致します。ですが、金銭のやり取りは家臣が行います。貴族が直接金銭のやり取りをすることは推奨されません。ですから、執事や家令などという役職があるのです」
「金銭のやり取りは家臣がするの?」
「その通りです」
「私が冒険者になれないの?」
「イルターお嬢様が貴族である限りできません。イルターお嬢様が貴族の称号を返却するには辺境伯の許可がいります。魔法が使えるイルターお嬢様の許可が下りることはありません」
「勝手に冒険者になったら」
「旦那様の監督責任を問われ、旦那様の爵位が没収されます。旦那様と奥方様、弟君も平民に落とされます。ですが、魔法が使えるイルターお嬢様は犯罪の嫌疑を掛けられ、拘束されるでしょう」
「犯罪の嫌疑って何?」
「告発者が“こいつが犯人だ”と告発するのです。貴族と没落した元貴族の平民、どちらの意見が通るかは明白です。貴族が告発した時点でイルターお嬢様は拘束され、何らかの取引に応じないと嫌疑は晴れません」
「最悪ね」
「ですから、平民は領主を頼るしかありません。イルターお嬢様の場合は辺境伯を頼り、専属の冒険者になる交渉をすれば、貴族の称号を外せます。ですが、自由は手に入りません」
「方法はないの?」
「前例はありませんが、国家に多大な貢献をした者に与えられる“自由貴族”の称号を国王陛下から頂けば可能です」
要するに、“自由貴族”の称号は何をやっても許される天下人になった豊臣秀吉が前田慶次郎に与えた“傾奇御免状”みたいなものか。地位も名誉もいらない変わり者、でも強力な力を他国に渡すくらいなら自国で好きにして下さい。大昔の国にいた変わった貴族の為に作られた称号らしい。
ラトリア王国の王族は大陸中央から何世代も掛けて東に移住した王族らしく、中央の国法がそのまま我が国の王国法になっているそうだ。
今日のレッスンを終えて、暖かい居間の暖炉の前でクィリッィエが王国の常識を教えてくれた。
「私の祖父は領都の南を治める領主でしたが没落しました」
「どうして?」
「金庫の鍵を預けていた家令が不正に金を持ち出し、賭事に嵌って使い果たしたのです。そして、支払いをする金がなくなり、領地経営が破綻しました」
「借金はできなかったの?」
「借金はできますが、貴族が商人に頭を下げて無心することはできません。家臣を遣わせて、商人を説得する必要があったのです。ですが、家令が不正を働いていた家です。その下で働いていた家臣やメイドも不正まみれでした。そんな家に金を貸す商人はおりません」
「それでクィリッィエの家は貴族でなくなったの?」
「いいえ、領地は没収されました。ですが、我が一族は妖精種の血統を継ぐので、文官は準男爵、武官は騎士の称号を改めて与えられました。私も準男爵の称号を頂きました」
「クィリッィエもお金を持てないの?」
「いいえ、私は執事という役職を得ていますので、領地に関する交渉はできます。ですが、個人の買い物は家臣に金を持たせる必要があります」
「どうして、そんな面倒なことになっているのよ」
「神が金に執着すると心が穢れるとおっしゃったからです。その言葉を神官が広め、貴族の常識となっております」
確かに金の亡者になっては駄目よね。
でも、貴族が金に触れると“心が穢れる”とか、言っていることが無茶だと思う。
レプス村は超貧乏だ。
汗水を流して農奴と同じ仕事を領主も兵士も一緒にこなし、終われば酒を飲んで騒ぐ。しかも村に店が一つもないから、イルターとして買い物なんてしたこともない。
お金を保管している執務室に子供が入るのを禁止していた理由が明らかになった。
夜もとっぷり暮れたので就寝時間となり、私は部屋に入るとベッドの上に寝転がった。
一緒に戻ってきた姉と弟が桶から濡れたタオルを絞っている。体を拭くのは寝る準備だ。
あぁ、お風呂に入りたい。
そう思うと、頭の中でポン太が囁きかけてきた。
“風呂に入りたいなら、風呂桶を造ってお湯を入れればいいじゃないか”
<そうね、今度やってみるわ>
“しかし、俺のご主人様はポンコツだね”
<また、ポンコツっていう>
“貴族の常識を聞く度に驚くって、ポンコツだろ”
<だって、異世界転生ものなら冒険者になって大金持ちになるのが定番でしょう>
“そんなのご都合主義だろう。悪役令嬢の世界だって同じだ”
<悪役令嬢の貴族社会はリアルに描いていたじゃない。貧民は可哀想だったのよ>
“確かに舞台設定は中世に合わせている。だが、平民が人権を口にするとか、聖女が貧民を救済して王族や貴族らが賞賛するのはおかしいだろう”
<どこが?>
“人は生まれながらに平等とか、それは現代人の感覚なんだ。中世の貴族らは平民なんて石コロか、道具程度にしか思っていない。同じ人間とか思っていない”
<嘘ぉ⁉>
“嘘じゃない。だから、ゲーム世界の登場人物は現代人が中世の服を着たコスプレ大会みたいなものだ”
<どうして、ポン太がそんなことがわかるのよ>
“俺様はこの世界の常識を知らない。だが、ゲーム世界を案内する為にゲームのコンセプトは入力されている。プレーヤーが違和感なく、ゲームに没頭できる環境にする為に、登場するNPCはすべて現代感覚を持たせていると説明されている”
<現代人の感覚を持った中世の人ってこと?>
“その通り、悪役令嬢の世界は神様が作った『神の箱庭』であって現実じゃない。貴族が力を持ち過ぎないように、金の使用に制限を加えるなんて為政者の初歩中の処世術だな”
<そうなの・・・・・・そっか、わかったような気がする>
“クィリッィエが言っていただろう。裕福な領地なら農奴の扱いはもっと酷いって”
<壊れたら買い直す。古くなれば捨ててしまうだったね>
“この領地の農奴が幸せと言っていた意味も違ってくるぞ”
<毎年、怪我や病気で何人かが亡くなっている。結婚して子供も作れない。そんな劣悪な環境だけど、お父さんは死にそうな農奴を助けようと努力する>
“単に農奴を買い直す金がない”
<もし、私が領地を発展させたら、お父さんも要らない農奴を捨てちゃうの?>
“どうだろうな”
<そんなの嫌だ>
“なら、ご主人様が世界を変えればいい”
<私が?>
“ご主人様にはその力がある。神の使徒はそれが許される”
<できるのかな?>
“さぁ、知らん”
<無責任な>
“この世界にも秩序を守る奴がいる。そいつらは力でねじ伏せるには、今のご主人様には力不足だ”
<やっぱりそうなんだ>
“俺様は『今の』と言った。ご主人様は女神様の寵愛を受けている。俺様の持つ武器や魔法やスキルを駆使すれば、今でもそこそこ良い所までいける”
<ポン太の武器じゃない。私が自分で集めたのよ>
“俺様がいないと取り出せない。無限収納庫を持つ俺様に敬意を払え”
<メニューの収納レベルをMAXまで上げたのも私です。時空ダンジョンでレベルアップの素材を集めるのは大変だったのよ>
“あの悪役令嬢の世界を変えるのと、この世界を変えるはどっちが大変そうだ”
<う~~~~~~ん、よくわからない>
“どうしてわからない。そもそも悪役令嬢からはじめたのはご主人様一人だぞ”
<確かに、悪役令嬢からはじめるのは辛かった>
“だよな。ご主人様は味方が一人もいない所からのスタートだ。対して、聖女補正が掛かった主人公キャラからスタートするとは段違いだ”
<あの聖女を助けるご都合設定は酷かった。自分で悪役令嬢から始めたいと神様にお願いしたから文句は言えないけど・・・・・・>
“俺様のご主人様はゲームしかできないポンコツだが、それを成し遂げた天才的だ”
<また、ポンコツを付ける>
“で、どうする。この世界を受け入れるか、それとも自分好みの世界にするか”
<やるわ。ゲームは楽しんだ者が勝ちなのよ>
そう人生だってゲームだ。
ゲームを楽しむ。楽しむ為に準備は欠かせない。
まずがレベル上げだ。




