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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第二十八話 悪役令嬢、レプス砦から要請で帰還が決まる

 私達が帰っても辺境伯は忙しく、文官や役人を呼んでいろいろと指示を出していた。

 その中にヌール商会の大店主ザハもおり、エール用の穀物をすべて持ち帰ってくるように指示を出していた。

 あぁ、この為だったのかと心の中で納得していた。


“闇の初級精霊を辺境伯に張り付けたのかと思えば、精霊を使って覗き屋(ピーピング・トム)とは、ご主人様らしい嫌らしい使い方だ”

<嫌らしい言い方はやめて>

“俺様は単なる事実を言っているだけだ”

<お母さんの出生を利用して身内まで騙す人よ。頼りになるけど、信用はできないわ>

“流石、同類。悪役令嬢は自分の手口をよく知るか”

<そうそう……って違うわよ。悪役令嬢はゲーム仕様、私はそういうことが好きじゃないから>

“でも、するんだろ?”

<必要悪よ>


 絶対にやらないとは言えない。

 今だって、女神様から頂いた力のことは隠している。

 辺境伯の手口は勉強になると思ってしまった。

 馬車はすぐに宿に到着した。

 私は宿の主人に、ヌール商会の者が部屋を使わせて欲しいと言ってきたら、事後報告でいいので使わせてやって欲しいと頼んでおいた。


「イルター、ヌール商会の者が来るのか?」

「お父様、晩餐会で辺境伯様が村で保管している穀物の量を気にされていました」

「新しいエールを気にされていただけじゃないか」

「獣人を届けた荷馬車は空になるでしょう。倉庫に保管されている穀物を根こそぎ、持って帰るつもりです」

「それではエールが造れないじゃないか」

「初夏キャラバンまで持つ程度の補填はしてくれます。というか、させます」


 早く配布すれば、秋の収穫後に配布が楽になる。

 作付けを急がなければ問題ない。

 しかし、辺境伯はせっかちな性格であり、出来ることを後回しにしない。

 あるいは、南部の大貴族が動く前に終わらせようと考えているのかもしれない。

 根回しか、速攻か、ここは難しい判断だ。

 いずれにしろ、辺境伯は速攻を選んだ。


「辺境伯様は手を抜くような方に見えませんでした」

「あぁ、辺境伯様は昔からどんなことでも全力で当たられた。真面目なお方だ」

「では、間違いありません」

「イルターはよく辺境伯様を見ているな」

「交渉の嗜みです」

「そうか、頼りにする」


 応接間に戻ると、母と姉が雑談を交わしていた。

 主に姉の婚約者の話だった。

 眠気が襲う頃に部屋に戻り、お風呂に入れられて就寝となった。

 眠気、疲れからくる状態異常だ。

 私付きが隣の部屋に戻り、交替が済んだ所で、眠りの魔法を掛けて寝かせてしまう。

 さぁ、魔法でリフレッシュして、今夜も魔物間引きに出掛けよう。


 翌朝、貴族らしくゆったりと起き出した。

 熟睡できた。

 夜明け前から三時間の睡眠でリセットできた。

 この三時間は貴重だ。

 魔法を駆使すれば、一ヵ月以上でも強引に戦闘を継続できるが、体はゆっくり痩せ細り、思考も鈍ってゆき、魔法の効果は悪くなってゆく。

 だが、わずか三時間の熟睡でそれを回避できる。

 ゲーム世界で学んだ経験則だ。

 私は食堂に移動すると家族と一緒に朝食を食べ、着替えて応接間に戻ると、人払いがされていた。

 綺麗なドレスに着替えた姉が戻ってくると母が褒めていた。

 姉の金髪がサラサラでとても綺麗だ。


「レルーイ、とても綺麗よ。娘ながら惚れ惚れしちゃうわ」

「ありがとう。お母さん」

「ねぇねぇも元気でね。つまみ食いなんて駄目だよ」

「摘まみ食いはあんたでしょう」

「帰る前に一度訪ねるね」

「授業があるから夕方にしてよ。私がいないときに来たら怒るからね」

「それくらい分かっています」


 うふふふ、二人で笑った。

 私らしいしゃべり方で別れを告げた。

 やっぱり貴族ってガラじゃない。

 我が家の侍女ドッリトが扉を開けると、姉を囲う空気が変わった。

 父にエスコートされて出て行く。

 姉は凛とした姿勢で、カツカツと響いていた靴が床を踏む音が小さくなった。

 歩く度にシルクの擦る音が聞こえてくる。

 あぁ~、貴族の令嬢だ。

 最後に振り返って、ドレスの裾を持って華麗な礼をすると、母と私も何も言わずに、ドレスの裾を持って礼を返した。

 貴族の別れは華麗だけど、もっと抱き合って泣きたい。

 もう涙は尽きたと思っていたけど……姉が私の前を通り過ぎていった。

 背中が遠ざかり、扉が閉まる。

 閉まった扉を私と母はじっと見つめた。

 姉は婚約者の領都屋敷の離れへ、父は辺境伯の見送りに向かう。

 もう一度会いに行くけど、離れでは子爵の家の者がいるから、抱き合うなんてできないだろうな。

 うじうじするな。私らしくない。

 ぴしゃんと思いっきり頬を両手で叩き、私は気合いを入れた。

 痛ぃた~。

でも、切り替わった。

 部屋を出る前に、“ヒール”、“ヒール”、頬を赤くしたままで出てゆけない。


 さて、貴族令嬢イルターの時間は終り、交渉人イルターに変身だ。

 予想通り、ヌール商会とルベーア商会の職員が様々な資料を持ち込んでいた。

 大きな広間が資料だけで埋め尽くされた。

 レプス男爵家主催の舞踏会を開く予定はないので問題ないけど……まさか、辺境伯から渡された資料を全部持ち込むとは思っていなかった。

 ポン太がまた指摘した。


“ご主人様は意地悪だな。最初に教えてやれば、今やっている作業をやり直す必要もないのにな”

<聞かれていないことをしゃべれないわ>

“昨日の内に資料を仕上げていただろう。今朝の挨拶に来たときでも渡してやればいいんだ”

<一言だけ確認すれば、渡してあげたのよ>

“やはり、ご主人様は意地悪だな。小麦、大麦、ライ麦、ハト麦、オーツ麦、稗、蕎麦と新種の麦が七種類もあると聞けば、泣くぞ”

<文句はチート穀物を造った女神様に言って欲しいな>

“女神様の話じゃない”

<ポン太、こういうのは駆け引きよ。私は子供だから舐められたら終わりなの>


 これからしばらく付き合う職員の方々に、痛い一撃を与えておく。

 そう新種の麦は七種類もあるのだ。

 レプス村では、パン、パスタ、うどん、蕎麦という四種類の主食が存在し、日々の努力で新しい配合レシピが生み出されている。

 エールも同じであり、ホップを加えた四種類のブレンドに成功している。

 素朴な野菜料理が多いレプス村であるが、ソース、ケチャップ、マヨネーズと調味料は豊富であり、そこに四種類のエールが加わる。

 パンと麺のレシピだけで五十種類もある。


<レプス村の料理は領都に負けていないのだよ。領都の諸君>

“一体、誰に向かって言っているんだ?”

<気分、気分、そんな気分よ>


 私が広間に入ると、職員が一斉に集まってきた。

 ルベーア商会の店主オテが同行を表明したので獣人の移動はオテの商会が主導し、その整理の為に職員十名を送ってきた。

 一方、ヌール商会は同行する商人五人と、麦輸送の書類作成に二十人の職員が資料を持ち込んだ。

 ルベーア商会は代表が進捗を報告した。


「それで良いと思います。そのまま進めて下さい」

「畏まりました」

「次は、ヌール商会の方ですね。これは昨日の夜にまとめた麦の在庫を書き出した資料です。ご確認下さい」

「預からせて頂きます」


 数量を示した五枚と、人気のパンの配合を示した二十枚のレシピだった。

 まず、資料の五枚を渡した。

 一枚目の概要説明を目を凝らして見ると、二枚目の数量を見て視界がブレるほどの衝撃を受けたようで凍り付いた。

 ピクリとも動かない同僚に声を掛けると、資料が回され、それを見て以下同文。

 次々と資料が回され、二十五人が絶望したような顔になる。


「イルターお嬢様。新種の麦は七種類もあったのですか」

「はい、七種類です。便宜上、小麦、大麦、ライ麦、ハト麦、オーツ麦、稗、蕎麦と名付けました。こちらは、それぞれの配合を示した配合率と、料理法のレシピです」

「その束は何なのでしょうか」

「まさか、まだ他に新種の麦があるとか言わないですよね」

「それとも資料でしょうか」

 ・

 ・

 ・

「いいえ、その麦を使った料理法のレシピです」


 私は残りの二十枚も渡してあげた。

 すべてのパンや麺は二種類以上のブレンドが原則だった。


 例えば、

 ドイツパン“ミッシュブロート”は、小麦とライ麦を五十%ずつ配合して作る。

 外はカリッと、中はしっとりとした食感のパンになる。

 また、ハト麦を使うとモチモチ感が付く。

 その他に、パスタ麺、うどん麺、蕎麦麺の作り方と料理方法を載せたレシピが二十枚であった。


「この二十枚は代表的なものです。改良中のレシピを含めると、さらにその三倍はありますよ。これからいろいろ考えて、レシピを増やしてくれると嬉しいです」


 私はにっこりと微笑むと、ヌール商会の職員は絶望した顔になった。

 商人の五人がルベーア商会の机に逃げていった。

 随行する商人の仕事は獣人の移動だもんね。

 残った二十人の職員は七種類の麦の数量と、配布の領地面積を見比べて困惑していた。


「七種類の麦をどう配分すればいいんだ?」


 そんな風に叫んで青ざめた。


「農夫にはじめての麦が区別できるのか?」


 説明書を凝視して固まり。


「このレシピを誰が説明するのだ?」

 

 と叫ぶと、頭を抱えて蹲った。

 皆の考えが堂々巡りしており、完全に思考停止状態だ。

 職員は暗礁に乗り上げた。

 仕方ないので、私が助け船を出してあげた。


「何をそんなに心配されているのか知りませんが、一つの村に一種類の麦を作らせればよいではありませんか。朝に渡された資料には、ヌール商会が麦の種子を独占すると書いてありましたよね」

「その通りです。ですが、それはヌール商会の許可なく、育てるのを禁止する意味でありまして」

「収穫した麦はすべてヌール商会が買い取ることに変更すれば、宜しいではありませんか」

「それだと輸送費が……」

「頭が固いですわね。小麦はもっともよく使う麦ですから、大きな村に小麦を配布し、その周辺の小さな村に他の麦を配置します。そして、村にヌール商会の収納倉庫を建て、そこで管理しながら、必要な分を交換輸送すればよいのです。すべてを輸送するなんて無駄なことは必要ありません。必要なのは保管庫だけです」

「なるほど、村ごとに保管庫ですか。それならば一夏で建てることができます」


 職員が壁にぶつかると、私に聞いてくるようになった。

 私を子供扱いする者はいない。

 叩けば響く、太鼓のように便利な辞書と思われてしまったかも知れない。

 だが、侮られるよりマシだ。

 しかし、職員らの対応が緩すぎる。

 独占する意味は、辺境伯に逆らうと新種の麦の栽培ができないと、教え込むことが重要だ。

 私がそういうと反論が出た。


「我々の命令に従わない領主に売らないなどできるのでしょうか」

「何故、できないと思うのですか?」

「育てた麦の実を植えているだけだと領主が主張すると思います」

「その為に最初の契約があるのです。その契約を辺境伯様立会いのもとで結ぶとすれば、契約の不履行は辺境伯の面目を潰すことになります。もちろん、見解のすれ違いもあるでしょう。ですから、問題になった場合は、辺境伯様が判断を下すという契約にしておきます。警告し従わない場合は、反逆罪を適用すると書き加えればよいのです」

「麦を売らないだけで、反逆罪ですか」

「辺境伯様の命令に従うと契約したのに、辺境伯様に従わないから叛逆です。間違わないで下さい」

「なるほど、分かりました」


 辺境伯の意図を職員が理解できていないことが問題だね。

 大店主ザハに手紙を出しておこう。

 えっ、これは……⁉


“どうしたご主人様”

<この前に助けた冒険者がレプス砦に戻ってきたみたい>

“助けたというと、北の森の奥で魔物に襲われていたⅣ級冒険者の奴らか”

<そう、彼がレプス砦まで戻ってきたみたい。その報告が出発直前だった辺境伯に届けられた>

“レプス砦から何と言ってきた”

<北の森に異変。Ⅳ級冒険者パーティーを助けた未確認の冒険者は“魔物氾濫”(スタンピード)ではないと言ったが、奥地にいる魔物が南下しているのは事実の為に調査が必要。レプス男爵家の帰還を望む……だってさ>

“ご主人様がすでに処理済みだろう”

<砦も預かっているクィリッィエと知らないよ>

“それで森の奥を調査するには、父君とご主人様が必要か”

<クィリッィエはそう判断して、貴重な魔法版を利用した>


 魔法石版は一方通行に報告が書ける手紙のような魔法具である。

 伝達用、受信用の計十枚がレプス男爵家に預けられており、緊急の場合以外は使用できない。

 もし“魔物氾濫”(スタンピード)が起こっても一瞬で領都に伝達でき、領都から他の領主へ伝達できる。

 一対の魔法石版は非常に貴重なもので安易に補充が利かない。

 私は助けたときにマリアと名乗ったが、レプス砦に登録していない冒険者の話を鵜呑みにできないと判断したようだ。


“調査なら冒険者に頼めばいいだろう”

<今のレプス砦の最大戦力が襲われていた冒険者らだよ。死に掛けた彼らにもう一度調査しろって言えると思う?>

“あの弱っちぃ冒険者らが最大戦力なのか”

<Ⅲ級冒険者とⅣ級冒険者はほとんど魔族侵攻の防衛戦に回っているわ。あちらの方が稼ぎがいいのよ>


 魔石や魔物素材を売ると、税金が三割も取られる。

 それに加え、拠点防衛と荷運びに三割が消え、解体に一割が消える。

 つまり、森の奥まで進んで三割しか手に入らない。

 砦の防御は倒すだけで二割五分の配当がある。

 あまり差はない。

 しかも処理も輸送も必要とせず、参加費も入るので身入りが大きい。

 冒険者や傭兵にとってボーナスタイムだ。

 レプス砦には、微妙な強さの冒険者しかいないのだ。


“微妙ね。殺され掛ける訳か”

<でも、弱くはないわ。ウチの騎士団と同じくらいの強さよ>

“あぁ、その通りだ。ご主人様がいないと、今でもへなちょこだ”

<Ⅲ級冒険者を基準に見ないであげて>


 そうポン太と話しながら、職員の質問にも答え、椅子に座って猛スピードで工程表を書いてゆく。

 もう職員を揶揄ってノンビリしていられない。

 各地域に配布計画・工程表を作り、数字を挿入するだけで配布できる比較表を書いた。

 必要な荷馬車台数と馬の数。

 村毎の収納庫の大きさを算定し、構造の参考設計図を書き上げ、父が扉を開くと同時に最後の一枚を渡した。


「はい、これに沿って数値を入れれば、おおよその計画書が作れるでしょう。あとはお願いします」

「はい、ありがとうございます」

「お父様、何かありましたか」

「レプス砦で異変があった。辺境伯様の命令ですぐに出立する。イルターは母さんと一緒に、レルーイに別れを告げに行ってきなさい」

「わかりました」

「夜に出発することになる。イルターには悪いが、イルターの夜目で御者を先導して貰う。強行軍になる覚悟しておけ」

「大丈夫でございます。では、お母様に会って参ります」


 私は令嬢らしく、挨拶をして広間を出た。

 職員と商人らは展開の速さについて来られず、完全に置いてけぼりだ。

 だが、そんなのは無視だ。

 母に会って、馬車を手配して、姉と別れて……あと、何かあったかな。


“今更、北の森の心配か?”

<まさか、森は毎日の間引きしているから大丈夫よ>

“でも、大丈夫と言えないか”

<そこが辛い所ね>


 何か、大切なことを忘れているような……どうでもいいような事が頭に引っ掛かっていた。

 何か忘れているような?

 とにかく、姉と挨拶が終われば、レプス領へ帰還だ。


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