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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第十七話 悪役令嬢、辺境伯を説得する

 父と私は獣人の子供らを助けた後に、騎士団に身柄を拘束された。

 どれほど待たされたのだろう。

 世話役の若い騎士を相手に時間を潰したが遅かった。

 やっと呼び出されて廊下を歩いていると、窓の外は真っ暗だった。

 ポン太に語り掛けて、私は頭の整理を行った。


“ご主人様の父君には話さないのか”

<お父さんは嘘が下手だから知らない方がいいのよ>

“人の目があるから平然としていたが、かなり落ち込んでいるぞ”

<わかっているわ。でも、監視役でもある騎士の目があるから何もしゃべれなかったわ>

“この騎士も何も知らされていないようだな”

<知らなければ何も漏れない。考えることはみんな一緒ね>

“それにしても随分と待たされるな”

<これは想定外だわ>

 

 予備校の説明は昼過ぎに終り、宿に戻ろうという所で黒猫族クンクの助けに応じた。

 領都の西の端にある行政府に近い予備校から北側の貴族街はそう遠くないが、貴族街へ入る道が一つしかなく、遠回りを強いられた。

 制圧にそれほどの時間は掛けていない。


“獣人の子供ら六人が攫われたのは昼前だったな”

<私が予備校の説明を受けていた時間よ>

“冒険者に登録した獣人が八人っておかしくないか”

<別に変じゃないわよ。私が冒険者ギルドに行った日のログ映像を確認しなさい。掲示板に貼ってある城壁の修理はかなり安い仕事でしょう>

“おぉ、本当だ”

<獣人らに推薦状を書いてくれる人はいないからⅧ級冒険者に登録する。Ⅷ級の常態依頼で安定しているのは薬草採取でしょう。渡し船で東の森に薬草採取しながら、食料の狩りもできる>

“なるほど、実力者は別枠の依頼を受けているのか”

<採取組は昼休みに戻ってくることはできない>

“それで接近戦に強い獣人らが傭兵に苦戦していたのか”

<子供のクンクが手伝える程度、比較的、弱い組でしょう>

“戦闘力のある獣人は領都の外か、手薄な難民地は簡単に子供らを攫われたと”

<その獣人の中にも鼻が利く者がいたのでしょう。子供が囚われた屋敷はすぐに見つかった>

“隙を見て、取り戻した獣人らは逃げ出した” 

<でも、無防備にできたのは奴隷契約を結び、逃げ出すと首輪が締まるようになっていた>

“筋は通るな”

<全部、状況証拠から導いた推測だけど、そんなに間違ってないと思う>


 今はもう三月だ。

 夜が長い冬の時期は終り、日没は午後七時くらいだ。

 辺りは真っ暗であり、六時間は拘束された。

 若い騎士が扉をノックすると、執事が扉を開けた。

 執事が入室を認めるように手を中へ向けた。

 若い騎士とは、ここでお別れだ。

 部屋は執務室らしく、大きな机の後ろに威厳のある方が座っている。

 その両脇に二人の男が立っており、一人は騎士団長だ。

 父は右手を胸に当て、左手を後ろに回し、頭を下げた。

 私も軽く胸の手を当てると、ドレスの裾を抓んで左足を下げ、次に膝を折って頭を下げた。


「急な事態ゆえ、辺境伯様に連絡もできず、お騒がせいたしましたことをお詫び申し上げます」

「うむ、一方は欲しかったな」

「申し訳ございません」

「だが、事態は把握しておる。だが、其方が獣人の子供と親しくしていたのは意外であった」

「私ではなく、娘のイルターの知り合いです」

「人違いで話し掛けたと聞いている。それだけで親しくなれるものか」

「…………」


 辺境伯の先制攻撃に父が言葉を詰まらせた。

 沈黙は肯定とされる。

 だが、父に沈黙は本当に何も知らないのだ。


「無礼を承知に発言させて頂きます。お父様は何も知りません。私が知らせておりませんでした」


 私の突然の介入に辺境伯は何の反応もせず、じっと私を見据えた。

 子供が大人の話に割り込むのか、そんな嫌悪感もない。

 ただ、冷静に私をじっと見た。


「何故、セマジュに知らせぬ」

「お父様は難しいことを考えるのが苦手です。行動を起こす前日に説明する方が混乱を招かないからです」

「その言い方だと、交渉を其方が進めるように聞こえるな」

「それで間違っておりません。村を出発前に交渉のすべてを私に一任すると決めております」


 領主は「ほぉ」と声を上げ、父は恥を忍んで私を庇ってくれた。


「本当であります。私は政務がからっきしです。ほとんど執事のクィリッィエに一任しており、そのクィリッィエがイルターを指名しました。交渉のすべてをイルターに任せるのは不安であるが、私に任せるよりマシだと言われました。領主として恥ずかしい限りですが、交渉はすべてイルターに任せることになっております。情けない領主で申し訳ございません」

「セマジュ、相変わらず馬鹿正直だな。貴族失格だ。儂以外ならば、領地を没収されても文句は言えぞ」

「申し訳ございません」

「いいだろう。レプス領を喜んで引き受けてくれる者は他におらんからな」

「期待に添えるように頑張ります」

「では、娘と交渉を続けようか。一度会っただけで親しくなれたのか」

「親しくなったと思っておりません。ですが、その子供から獣人の難民がいると聞きました。レプス領は労働力が不足しております。移住者を応募しても誰も移住を望まない僻地です。人材が欲しいレプス男爵家にとって行き場のない難民は宝です。その子供に優しく接しました。何かあれば、助けると約束しました。その誠意が伝わったのでしょう」

「あれを誠意というのか、獣人らを『人柱』にする……の間違いではないのか」


 私が“人柱にする”と言ったことを知っているのはハラグロ子爵のみ。

 私は小声でしゃべっていた。

 息子は気が動転しており、まともも話を聞いていたとは思えない。

 でも、その息子の護衛をしていた傭兵の隊長には聞こえてきたかも知れない。

 他には“あり得ない”と思うけど、耳のよい獣人がいたのかしら?

 随分と待たされたと思ったけど、裏を取っていたのね。

 でも、問題はない。

 辺境伯が自分から問題を大事(おおごと)にする訳がない。


「どうやらおしゃべりな方がいらっしゃるみたいです。(あるじ)に不利となる証言をする者は信用できないと思います」

「レプス領で農奴の半数が死んだのは事実であろう」

「毎年の報告書を受けている辺境伯様はご存じの筈です。その噂は十年前の話です。兵士五十人、農奴五十人、この三年間は誰一人も欠けておりません」

「その通りだ。だが、その噂が広まっている」

「本当に迷惑でございます。しかも村に足を運ぶ者はおりません。わずかに村に来る者も入り口で引き返してしまいます。様々な交渉はレプス砦で行いますので、そのような不名誉な噂が消えない儘なのです」

「その噂を利用して、ハラグロ子爵を騙したのか」

「何の話でございましょう。私はハラグロ子爵に攫った獣人の子供らを返してほしいとお願いしただけです。ハラグロ子爵も快く了承して下さいました」

「了承だと。魔法で脅し、絶対的な優位を確保した後の交渉を了承と申すのか」

「ハラグロ子爵は私が魔法を使ったことなど知りません」

「そうなのか」

「その者はどんな話をしたのでしょう。躾のなっていない犬が貴族の私に襲い掛かってきたのです。その場で躾けました。何か問題がございましたか」

「ないな。そうか、あの者らは貴族に襲い掛かったのだな」

「はい、貴族と名乗った私を襲いました」

「相判った。其方は恐ろしい娘だな。儂はセマジュが従僕だった頃から知っておる。嘘が言えぬ男だ。ゆえに信用できる。そのセマジュの娘とは思えん」

「私は間違いなくお父様の娘でございます」

「で、他に報告することはなないか」


 辺境伯の目が洗いざらい話せと言っている。

 だが、それは駄目だ。

 知らないことは証言できない。知らない方が都合のよい場合が多い。

 すでに事はなった。

 あとは察して貰うだけでよい。


「報告はございます。レプス男爵家は難民の獣人を冒険者として雇いたいと考えております。尽きまして、難民の身元保証人になる方を指名して頂き、年齢に関係なく、Ⅸ級冒険者〔見習い〕に登録できる特例を発して下さると非常に助かります」

「難民を雇うことが報告だと」

「ハラグロ子爵は間違いを認め、獣人を解放しました。すべては誤解でありました。問題はすべて解決しました。辺境伯様を煩わせることは何もないのです。それで宜しいでありませんか」

「儂も謀るつもりか」

「謀るつもりなどございません。すべて辺境伯様の為です。何も起こらないことが最善ではございませんか」


 辺境伯はずっと私を見ながら、ゆっくりと机の前で手を組んだ。

 暖炉の火が揺れ、パチパチパチという音だけが部屋に響き、沈黙の静寂が包んでいた。

 辺境伯の視線は非常に冷たく、氷の槍を突き刺すように鋭い。

 瞼を閉じると上を向き、長い息を吐く。

辺境伯は「その通りだ。儂は何も知らん方がよいな」と誰に語り掛けることもなく呟いた。そして、表情が一気に柔らかくなり、紹介をはじめた。


「紹介がまだであったな。右にいるのが、騎士団長のシツアだ」

「シツア・ノーヴ・ユシッア名誉男爵であります。騎士団を率いらせて頂いております」

「左がナリマ子爵だ」

「フィーン・ノーヴ・エスタテ子爵である。ナリマ領を治めている」

「フィーン、其方の息子は婚約者が決まっておらんな」

「三男のことならば、それで間違いない」

「セマジュに同い年の娘がいる。よいな」

「ステム様、本気ですか」

「本気だ」

「わかりました」


 ナリマ子爵は了承すると、父に「これから宜しく頼む」と言う。

 父は突然の展開に全然着いて行けない。


「お父様。姉上の婚約者がナリマ子爵様のご子息と決まりました」

「そうなのか」

「辺境伯様が決められました。もう覆りません」


父は慌てて、ナリマ子爵に「娘をよろしくお願いいたします」と言って頭を下げた。

 まだ、婚約だから「よろしく」は早いって。

 辺境伯は実にフレンドリーな笑顔を浮かべているが、目の奥が疑っている。


“ご主人様、どういうことだ”

<知らない。でも、私は警戒されたのかも>

“そりゃ、当然だな”

<私は人畜無害なのに……どうして疑われるのかな>

“人柱って言っただろう。つまり、ご主人様とハラグロ子爵と密約したと思われている。どちらも腹黒だから信用など置けない”


 ヤダな。

 そんなことを考えている内に、父とナリマ子爵の間で姉の部屋移動まで話が進む。

 姉はエスタテ一族入りするのを前提に、下級クラスから上級クラスの寮へ移動し、上級貴族に相応しいマナーを学ぶ必要が出てきた。

 相応しい侍女や給仕がいるかと尋ねられ、父は恐縮しながら「ない」と告げた。

 宿に帰ったら、姉からマシンガンの批難が撃ち込まれそうだ。

 急に帰りたくなくなってきた。

 話が煮詰まってくると、辺境伯が爆弾を投下した。


「フィーン、そのお嬢さんも優秀そうだ。イザベラの友人として付ければ、心強いと思わないか」

「それは間違いないでしょう。護衛としても優秀そうです」

「イルターとか申したな」

「はい、辺境伯様」

「このフィーンの娘は今年の洗礼で、五主神の一柱である火の神“ズウマ”様から加護を頂いた。エスタテ家の至宝となるやも知れん。其方には学友として王都に行って貰う」

「王都ですか」

「これは決定事項だ。其方も貴族である限り、反論は許さん」

「承知しました」

「フィーン、予備校では王都の礼儀作法は身に付かん。冬場は其方の屋敷で教育しろ」

「三年後です。冬だけで間に合いますか」

「間に合わんな。だが、この娘は執事の片腕のようだ。取り上げるとレプス男爵家の運営に関わる」

「片腕ですか」

「騎士団の索敵役と報告にあった。傭兵団を一瞬で鎮圧できる魔法使いならば、それなりに優秀なのであろう。すぐに取り上げる訳にゆかん」


 辺境伯は“すぐに”と言って、こちらに向いた。

 つまり、三年後までに“何とかしておけ”と暗に言っている。


「冒険者ギルドへ、特例を認めるように言っておく。フィーン、其方が身元保証人となり、獣人共がレプス領へ出立する日まで、難民地から一歩も出させるな」

「承知しました」

「イルター、其方の条件をすべて飲もう。だが、獣人共は三百人もいるぞ。受け入れる場所はあるのだろうな」

「問題ございません。寝床は十分に足りております。不足するのは食糧です。その食料は商人から買います」

「随分と財政に余裕があるのだな」

「まったく余裕はございませんが、足りない分は商人から借ります。独占販売をチラつかせれば、無利子で喜んで貸してくれるでしょう」

「強気だな」

「収穫量が確定したから報告するつもりでしたが、今は報告させて頂きましょう。北の香辛料となる草の栽培に成功しました。今年の秋から相当量の香辛料が出回ります」

「栽培できるか」

「はい、この領都の周辺でも運が良ければ、栽培地が見つかるかも知れません」

「どこだ」

「場所は知りません。魔素が地面から溢れる場所であれば、どこでも生育します。レプス領は魔素が吹き出している場所が多く、探すのに手間は掛かりません。領都の周辺もあると思いますが、探すのは大変でしょう」

「どうやって探すのだ」

「簡単です。種をまいて芽が出た場所が栽培地です」


 身を乗り出した辺境伯が椅子に座り直した。

 領都の周辺で栽培は不可能と気付く。正確には、広大な土地に種を蒔く作業が不毛過ぎる。

 裏技があるが、まだ教えない。

 レプス男爵家の生産量が安定した後だ。


「まぁよい。励め」

「はい、努力致します」

「最後にもう一つ問題がある。難民の受け入れが成功すれば、第二弾、第三弾と難民が押し寄せてくるが、その問題をどうするか考えておるのか」

「第二弾、第三弾の難民が来るのですか」

「厄介な問題であろう。下手に手を差し伸べると食料問題へ発展するのだ」

「むしろ、大歓迎です」

「食料をどうするつもりだ」

「問題になりません。実は開墾し、開拓を終えている土地が余っているのです。人口が少なすぎ、麦を生産しても消費できない。大量の麦を生産しても商人が買い取ってくれないのです」

「そんなことはないであろう。辺境は万年の食料不足だ」

「一番の消費地は領都周辺とマサクレ城壁町周辺です。レプス領から物流は年に四度のみです。しかも街道は魔物が出没する場所です。輸送費だけで、南部の麦より高くなってしまいます。麦を作ってレプス領を豊かにすることはできません」

「輸送費か。だが、何故、急に生産量が増えたのだ」

「新種の麦を発見しました。麦の穂一房で三十粒が収穫できます」

「この辺りの倍ではないか。何故、報告しない」

「まだ実験中だからです。今年の秋は六十粒に増える予定です」

「六十粒だと⁉」

「はい、南部の麦は四十から五十粒と聞いております。それより多くの粒が採れるのです」

「信じられん」

「小さな畑の実験では成功しましたが、実際の畑に蒔いて同じ結果になるかはわかりません。不確かな情報を辺境伯様にお伝えできないとクィリッィエが申して、結論は今年の秋まで保留中です。ですが、私は確信しております」

「それは魔素の多いレプス領特有の現象か」

「いいえ、麦の方はどこでも同じ結果になると思います。但し、種蒔きの仕方が特殊です」

「どうするのだ?」

「秋に麦の収穫を終えた直後に畑を起こし直し、雪が降る直前に種蒔きをすれば、冬の間に種が土壌を豊かにし、春の雪解けと同時に芽を出して丈夫な茎を育てます。今年採れた種子は辺境伯様に献上致します。どうかご自分の畑でお試し下さい」


 辺境伯から疑惑の目が消え、大声で笑い出した。

 信じてもらえなかったのかしら?


“当然だろう。北の生育は悪い。一房で三十粒でも倍に近い。さらに倍の六十粒だぞ”

<嘘なんて言っていないわ>

“あのエルフもどきは収穫を終えてから報告すると言った意味を考えろ”

<一面に実る麦畑を見せるつもりだったのかしら>

“知らん。だが、笑うしかないだろう”

<喜び? それとも呆れられた?>

“俺様なら両方だな。法螺にしても凄い話だ。事実なら領地の運営そのものが変わる”

<だね。食料輸入国が輸出国になるくらいの衝撃かも>

“知って言ったんじゃないのかよ”

<まさか、今はそこまで考える余裕はなかったわ>


 しばらく笑い続けると、父と私は退出を命じられた。

 完全に毒気を抜かれた感じだった。

 まだ、話すことがあったのに……でも、獣人の募集は出来そうだし。

 まぁいいか。

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