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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第十五話 悪役令嬢、獣人の子供を助ける

領都の道はどこも馬車一台が余裕で通れるほど幅広いが、迷路のように入り組んでいた。

 敵が壁を突破した時の為だ。

 四つ足で走り出した黒猫族のクンクは関係なかった。

予備校から南に下り、西大通りに出ると東に走り出した。

 西の端にある船着き場から荷を運ぶ人足や荷馬車が多く、道が混み合っている。

 そこに貴族の馬車が来ると、平民が一斉に避ける。

 その為に所々でごった返しが発生する。

 しかし、クンクは猫のように器用に方向転換すると、その合間を抜けていった。

 口の悪いポン太が脳裡で私に話し掛ける。


“四つ足で走ると、本当に猫みたいだな”

<しゅぱしゅぱとスピードも落とさずに器用だね>

“ご主人様もできるんじゃねい”

<靴が持たないからしない。それに急な方向転換は相手もびっくりするじゃない>

“ご主人様は気配を薄めて、風の如く走るか”


 私の走り方は『忍者走り』と呼ばれる走り方だ。

 上体を揺らさず、地面を滑るように音を立てずに移動できる。

 さらに全体を把握して滑らかに走る。

 足音がないから気が付くと通り過ぎている。

 後ろの父は障害だらけで走り難そうにしており、ドンドンと離れてゆく。


“ご主人様の父君は気にすることはない。どうせ、次の変則十字路を曲がるしかない”

<貴族街へ行く道は一つだからね>

“しかも町は狭い”

<私の村より広いよ>

“ご主人様の村と比べれば、どこも広い町になるぞ”

<広くはないけど最短なら、クンクの鼻頼りだよ>

“そうなるか”


 私はポン太としゃべりながらクンクに追い付いた。

 変則の四つ角を曲がったが、貴族の道は出鱈目だった。

 貴族が好き勝手に屋敷を建て、その屋敷の周囲に道が引かれている。

 幸いなことは、見渡しは悪くない。

格子垣に花を植える『緑のカーテン』が高くないからだ。


“貴族街に入った瞬間にデカい屋敷が正面にあるのか”

<好き勝手に建てている感じ>

“でも、屋敷の真ん中を突っ切る訳にいかん”

<クンクの後を付いてゆくだけよ>

“おぉ、大きい屋敷を通り抜けると、一気に小さくなったぞ”

<あれだ!>


 数件の大きな屋敷を抜けると屋敷が小ぶりになり、奥の広まった所に獣人の姿が見えた。

 何人か獣人らが子供を抱えている。

その獣人に黒い服を着た傭兵が襲っており、必死に避けている。

ざっと見て、子供の獣人が六人、大人の獣人が八人であり、六人が子供を抱いており、二人が守備に回っている。

 対する傭兵は十八人もいる。

多勢に無勢、しかも傭兵は黒塗り皮の鎧を装着し、剣や槍を装備している。

 獣人は丸腰だ。

子供を抱いている獣人たちは、攻撃を避けるばかりでその場を逃げようとはしなかった。。

 その場に留まっていたら不利だよ。


“ご主人様、子供の方をよく見ろ。首元に手を当てて苦しんでいる”

<奴隷の隷属具?>

“間違いない。傭兵の後ろにいる子供の貴族が魔力で縛っている”

<もう奴隷契約を結んだってこと?>

“あのエルフもどきが言っていただろう。奴隷契約を結べば逃げ出せないと”

<エルフもどきじゃなく、クィリッィエね。でも、隷属具を使うのは犯罪奴隷のみ、労働奴隷は使用しないって>

“子供を攫うような奴らが常識に従うのか”

<それは無理ね>

“主人から離れると首輪が締るようにしておけば”

<それ以上は逃げられない>

“ご主人様、どうする。あのエルフもどきは言っていた事態になっているんじゃないか”

<最悪だよ>


 一気に厄介さが増した。

 奴隷商人が隷属具を使って奴隷契約を結び、その奴隷を貴族に売った。

 この場合、買った貴族は攫って子供とは知らなかったとしらを切る。


“正当な対価を支払ったと主張されると困るだったか”

<クィリッィエがそう言っていた。売った奴隷商人を見つけ、取引が無効と証明できないとヤバいって>

“だが、魔法契約は両者の同意がないと発動しない”

<つまり、子供らも奴隷になることを了承したってことになる>

“言葉巧みに騙して同意させても契約できるって奴だな”

<うん、ナイフで脅して脅迫でも同意できる>

“だが、騙した場合や脅した場合は無効にできる”

<神の意志で犯罪者以外への奴隷化は禁止されている。王国法にも明記されているって>

“村長、代官、領主、そして、最終判断は王様が下すだったな”

<まず、王様まで上がることなんてないよ>

“確か、王様にお願いするには多額の献金がいるだったか。平民じゃ無理だな”

<でも、証拠がないと辺境伯も味方してくれない>

“つまり、奴隷商人を見つけろってことか”

<ヤバい取引をした商人は町を離れて逃げるのが普通だったよね>

“エルフもどきが言うまでもなく、俺様も『速攻で逃げる』と思うぞ”

<私一人じゃ、手に余るよ>

“どうするご主人様”


 私は舌を打ちながら、最後の曲がり角を曲がった所でクンクの肩に手をやった。

 悔しいけど、できることは限られる。

まず、攫われた子供の身柄を確保して辺境伯に引き渡す。

 それから奴隷商人の捜索だ。

 手掛かりさえあれば、私なら追い付ける。


「クンク、長老の所に行って騎士団を呼んできて」

「俺も手伝う」

「駄目、もう取り戻すだけで済まない。騎士団に仲介して貰わないと取り戻せない」

「どうして」

「悪い奴らも頭が回るのよ。力尽くで取り戻すだけでは済まないのよ」

「よくわかんない」

「騎士団を呼ばないと、あの子らは助けられないってことよ」

「わかった。長老に言ってくる」

「急いで」


 一瞬でクンクが来た道を逆走した。

私は前へ進みながら全体を把握する。

 子供を抱いた獣人に対して黒い傭兵らが取り囲み、剣を横に寝かせ、鈍器のように獣人を叩く。

殺す気はないが容赦もしない。

 守備に回っている二人の獣人が爪で威嚇し、体当たりで取り囲む傭兵らを引き剥がした。


「いい加減に鬱陶しいんだよ」


 二列目の傭兵が叫びながら体当たりした獣人の肩を槍で抉った。

 隊長らしき者が「大事な商品だ。間違っても殺すな」と叫ぶ。

 隊長の声で怯んだ傭兵に、もう一人の獣人の爪が傭兵の顔を引き割いた。

 取り囲んでいた傭兵の頭の血が沸騰すると攻撃が集中した。

 一撃、二撃、避けた所を後ろから一撃。

 獣人が膝を付いて倒れた。

 立ち上がろうとする獣人に、頬を引き割かれた傭兵が怒りに満ちた顔で剣を大きく振り下ろした。

 この即死攻撃は見過ごせない。


『風よ。我が敵を打ち破れ。リヤーフ・クラ』

 

 私は傭兵らとの距離を縮めながら風の初級魔法“風の玉”を打ち出した。

 この魔法は現地の魔法使いから耳コピーで覚えた魔法であり、メニューの“ウインド・カッター”〔風の刃〕は封印中だ。

 メニューの魔法には、女神の寵愛による効果十倍で、魔物“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕ですら一刀両断する威力がある。機関銃ではなくバズーカを撃ち込むようなものであり、守るべき獣人やその子供達も一緒にミンチになってしまう。

 だから、最近は風の初級魔法を使うことが多いのだ。

 風の玉が振り下ろそうとする傭兵の手元を撃ち抜き、持っていた剣が天空に弧を描いて飛んでいった。その軌道は後ろに控えている貴族の子供の真後ろだった。

否、飛んでくる剣に貴族の子供が後ずさりして命中コースへ入ってゆく。

 ヤバい。

 そう私が思った瞬間に、傭兵の隊長が貴族の子供の襟を掴んで引き込んだ。

 間一髪で剣の軌道を避け、貴族の子供が後ろに放り出された。

 頬をかすっていたのか、細い線が走り、うっすらと血がにじみ、その血に触れた指を見て恐怖していた。


「僕に傷を付けてただで済むと思っているのか」


 貴族の子供が座り込みながら叫んでいた。

 私はやっと子供を抱いている獣人と傭兵の間に入ることができた。

 私の魔法を見た傭兵らが息を呑んでいた。

 だが、すぐに私を中心に包囲を組み直すあたりは訓練されている傭兵だと思えた。

 私は右手を胸に当て、左手を後ろに隠し、軽く会釈した。


「はじめまして。私はセマジュ・ノーヴ・レプス男爵の娘イルターと申します。故あって獣人の保護に参りました。どうか剣を収め、獣人らを私に引き渡して下さいませんか」


 私が貴族と名乗ると、囲んでいた傭兵がじりりと後ろに下がった。

 傭兵も冒険者も平民であり、貴族を傷付ければ重罪となる。

 だが、警戒は増したが殺気は消えない。

 傭兵らの目線が隊長に向き、その隊長が貴族の子供に声を掛けた。


「ケイソ様。貴族の子娘が騒いでおりますが、いかがいたしましょう」

「僕は知らん。そんな名前など聞いたこともない。僕を傷付けたのだ。タダでは済まさん。殺してしまえ」

「貴族様の命令だ。殺していいそうだ」


 隊長と呼ばれた男がそう叫ぶと、囲んでいた傭兵が一斉に距離を詰めてきた。

 だが、遅い。動きが遅すぎる。


『風よ。我が敵を打ち破れ。リヤーフ・クラ。はじけよ、五つ。さらに、五つ』


 五つの“リヤーフ・クラ”〔風の玉〕 が五人の傭兵を吹き飛ばし、さらに、後ろで発生した玉が五人を吹き飛ばした。

 隊長が冷や汗を出しながら「五詠唱を連続だと」と呟く。

 レプス砦にくる魔法使いはもっと凄い。

 十個くらいを浮遊させて、必要に応じて打ち出すとか平気でしていた。

 しかも同じ魔法なら無詠唱で続けて打ち出していた。

 対して、私は五つしか生成できない。

時間差で数を増やす。

しかし、一度詠唱を切ると、また詠唱を唱える必要がある

 私なんてまだまだだ。

 でも、弱すぎ。

 ゴブリン程度の相手ならば、実力を隠したままでも戦える。

 

さて、どうしようか?

 私は倒れたままの貴族の子供を見て居ると、倒れた傭兵らが次々と立ち上がってきた。

 皮の鎧で完全武装しているから当然か。

 剣や槍を私に向けているが、腰が引けている。

 私はゆっくりと前に出た。

 貴族の子供が怯えるように声を出した。


「僕はインケィ・ノーヴ・ハラグロ子爵の嫡子ケイソだ。僕に何かあれば、ただでは済まんぞ」


 おぉ、先日のガマガエルのような子爵の息子か。

 まだ、諦めていなかったよう…………尻を着いたままのケイソの横に鞄から落ちた魔法紙が散らばっていた。


「それって、奴隷契約書⁉」


 私の声で契約書が落ちたことに気付いたケイソが契約書を拾った。

 契約書に注意が向いた瞬間、隊長がピクリと動く。

 隙を見て襲い掛かろうと思っていたようだ。

 私は隊長を見て、にっこりと笑った。

 すると、冷や汗を流しながら、手を剣の柄から離した。

一瞬で実力差がわからないようでは、底が知れている。

 契約書を拾い直したケイソは、そこで私に向かって主張し出した。


「僕はすでに奴隷契約を結んだ。あの子供らは僕のものだ」


 何を言うかと思えば、自己主張ですか。

 すると、獣人の子供が「嘘だ。血で判を押せば、帰してくれるっていった」と叫んだ。


「帰してやるさ。十年後、二十年後、僕の用事が済めば帰してやる」

「あんた、ゲスね」

「黙れ。騙された奴が馬鹿なのだ。僕を殺せば、お前もただで済まんぞ」

「…………」

「どうした。怖じ気づいたか」


 私は会話の違和感を覚えた。

 こいつはなんて言った?

 こいつは「僕の用事が済めば帰してやる」と言った。

 まさか?


「あんた、もしかして自分で奴隷契約を結んだの?」

「僕は優秀だからな。僕が直々に契約魔術を結んでやった。知っているか、それ相応の魔力量を保持しないと契約は発動できないんだ」

「契約書と隷属具はどうしたの?」

「もちろん、奴隷商人から買ったに決まっているだろう」


 ちょっと待って理解できない。

 どうして自分で結んだと、私に告発する訳?

 この世界に神様が実在し、教会に行けば、神様の力を借りる魔法具がある。

 中でも『断罪の杖』という魔法具は嘘を見抜く。

 だから、犯罪を立証する『断罪の儀』と真実を判定する『真実の儀』があり、私はこいつが自分で「奴隷契約を結んだ」と証言したことを立証できる。

 私が教会に訴えれば、こいつは『断罪の杖』で真実を告げることになる。

 奴隷契約したと、私に嘘を言っているの?

 でも、獣人の子供はこいつと契約を結んだように聞こえた。

 

“おい、ご主人様。こんな所でポンコツぶりを発揮するなよ”

<ポン太ならわかるっていうの?>

“俺様が知る訳がねい。だが、悪役令嬢なら気づけるんじゃねいか”

<悪役令嬢?>

“ご主人様が悪役令嬢だったらどんな罠を張るんだ”

<そりゃ、馬鹿なこいつを騙して、王国法に触れたと追い詰めて廃嫡に持ってゆくわね。受け入れた獣人の為に、子爵家の嫡子が廃嫡になれば大問題よ。ハラグロ子爵家を切り捨てるだけ、辺境領は獣人擁護派と獣人否定派で大混乱となる>

“なるほど、大混乱ね。それで”

<辺境伯がどう動くかはわからないけど、立場の弱い擁護派は保護している獣人の立ち退きを決めるわ。放出された獣人らを助けても無視しても辺境伯の立場は弱くなり、対立している勢力の勢いが増すわ>

“じゃあ、そういう筋書きなのだろう”

<じゃあって>


 そっか、陰謀を考える人はこの世界でもいるのか。

 こいつは丁度良い生け贄にされた。

 そう思うと、私はこいつが少し憐れに思えてきた。


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