第十三話 悪役令嬢、予備校を見学す
「わぁ、綺麗。こんなに綺麗な庭園だったのね」
「ねぇねぇはここに三年も通ったのね」
「あんたね、私が使っていたのは11月から1月よ。雪に埋もれてずっと真っ白だったわ」
「へぇ~、そうなんだ」
庭園に白、ピンク、赤、紫、黄色、黒っぽい紺と色取り取りの花が咲いていた。
その花の名は春の女神イースタの花、『復活の花』〔イースタ・ワルド〕と呼ばれる。
二月から四月に咲く花で春を告げる花である。
昨日、洗礼式を終えた私は今年の冬から通う予備校の視察にやってきた。
その案内役に貴族学校に通う姉が指名された。
領地が遠い学生は二月から十月まで拘束され、実家に帰ることができない。
親が領都に来た際、一日だけ授業が免除されるらしい。
先程まで姉は父と母を「お父様、お母様」と澄ました顔でお嬢様を演じていた。
今は目付役の講師が父と母を相手に屋敷の中で話をしているのを見るやいなや、姉は言葉を崩した。
「さっきまでお嬢様だったのに、ねぇねぇはねぇねぇだね」
「当たり前じゃない。私にお嬢様なんて無理よ。イルターにお姉様と言われると、背筋がゾワゾワして落ち着かないわ」
「ねぇねぇがやって行けるのか、心配になってきたよ」
「その点、あんたは貴族向きね」
「どうして、野山を走り回る私は貴族っぽくないと思うよ」
「朝、私が起こすまで起きないじゃない。しかも覚えているか知らないけど、六歳頃まで起きたあともぼーっと立って、私が服を着せるまで動かなかったじゃない」
「そうだったっけ?」
「あれが貴族の当たり前。侍女が起こす前に起きたら怒られ、自分で服を着ようとすると、『お嬢様、自分で着るなどとはしたないことはお止め下さい』って叱られるのよ」
姉が侍女の物真似をして臨場感溢れる朝の一時を演じた。
幼く寝ぼけていた私は悪役令嬢だった頃の癖が抜けず、自分で着替えようとしなかったようだ。
うん、覚えていないけど。
「でも、食事のマナーは褒められているわ。あんたのお陰ね」
「私の?」
「イルターは不思議と小さい頃からスプーンとナイフを器用に使って食事をしていたのよ。私、お母さんに叱られて、イルターの真似をするようになったのよ」
「ねぇねぇは昔から食事の作法が上手いと思っていた」
「上手かったのはイルターよ。それが六歳の頃から小鬼〔ゴブリン〕のようにお転婆になった。ちっちゃい方がお嬢様していたと思うわね」
「へぇ~~~~、そうなんだ」
今更知る。私の真実。
全然、覚えていないから返事に困る。
庭園に続く屋敷の扉を開くと、姉はすっと背筋を伸ばし、澄ました顔になった。
出て来た講師が姉と私の名前を呼んだ。
「レルーイ様、イルター様。こちらの話は済みました。レルーイ様、案内の続きをして下さい」
「はい、イルダ女史」
「よろしい」
姉はちゃんとお嬢様をしている。
予備校と呼ばれていたので、私は教室と机が並ぶ学校を想像していた。
だが、まったく違う。
執務室に机と黒板があるのを除くと、フロア、食事場、舞踏会場、お茶会部屋、書斎、庭園と一通り揃っている貴族の屋敷だった。そして、客室がそのまま個室になっている。
裕福な貴族は親兄弟が貴族のマナーを教え、子供だけのお茶会や晩餐会や舞踏会を催し、勉学は家庭教師を呼んで躾ける。しかし、貧しい貴族はマナーを教えきれない。
そこで洗礼を終えた七・八歳のときに、この予備校で学校へ通う為の最低限のマナーを叩き込むのだ。
費用はすべて辺境伯持ちだ。
「イルター様、こちらが個室になっております」
「お姉様、案内ありがとうございます」
「必要なものはすべて整っています。好みの装飾を施すことも許されています」
「それは素敵です」
「お風呂の運び入れは禁止されております」
「それはどうしてでしょうか」
「生徒全員分の侍女と下人を揃えられないからです。辺境伯様にそこまで負担して頂く訳には参りませんから」
「承知しました」
「地下に入浴場があります。いつも清潔を保ちなさい」
「はい、お姉様」
姉は後ろの講師を気に掛けながら、かなり無理をしていた。
このイルダ女史が姉に引き続き、私の冬の教師となる。
学校の教師にも裕福な貴族とそうでない貴族がおり、夏期休暇と冬期休暇を取るのが裕福な貴族だ。
もちろん、休暇を取る裕福な貴族も暇な訳ではない。
貴族の社交期間であり、最上級の貴族になると王都へ往復する者もいる。
特に一月の謁見は欠かせない。
上級・中級なら辺境伯が主催するパーティーを欠席するなどあってはならない。
また、各派閥の催しにも参加する。
金が湯水のように消えそうだ。
一方、下級貴族の教師は、夏は合宿の引率、冬は予備校の教師をして生活費を稼ぐ。
案内を終え、玄関に戻ってくると、我が家の侍女ドッリトがイルダ女史の付き人にお礼を渡した。
もちろん、あの司祭のように袋の中身を確かめるような無礼な真似はしない。
維持費や講師の費用がすべて辺境伯持ちといっても、支給される給金だけで食ってゆけないのが現実なのだ。
それは生徒も同じだ。
授業料はタダでも、衣装や食費はタダにならない。
レプス男爵家には派遣する侍女もいないので、レンタルで借りる。
姉と同学年には、妹を侍女として連れてきていた人もいた。
貴族の子息・子女が成人するまですごいお金が掛かる。
だから、三男、次女以下を家人として扱う貧乏貴族も多く、その妹は貴族の洗礼式を受けず、平民の家人として洗礼を受けたらしい。
私が姉の世話をするのは想像できない。
レプス男爵家は最下層の貧乏貴族である。
その次女が学校へ行けるのもクィリッィエの才覚であり、私をクィリッィエのお嫁さんにすると言った母の影響だろう。
その予算を捻出する為に、侍女や家人の補充が無くなり、貴族と思えない生活を強いられた。
あれ?
もしも貴族として報告されず、侍女扱いだったら冒険者に簡単になれたかも知れない。
父が私を溺愛しているから無理か。
そんなことを考えているうちに案内が終わった。
「レルーイ様。今日の案内はとても優雅にできていました」
「ありがとうございます。イルダ女史」
「このあとは家族水入らずを楽しみなさい。ですが、日が暮れる前に寮に戻ることを忘れてはいけません。気を付けなさい」
「はい、ご指導ありがとうございます」
イルダ女史を乗せた馬車が去って行った。
果たして、領都内を移動するのに馬車は必要だろうか。
そんな疑問が頭を過った。
姉は体の緊張を解くと、自分の肩をトントンと叩いた。
「あぁ、肩がこる」
「レルーイ、気を抜き過ぎよ」
「お母さん。貴族って全然面白くない。村に帰りたい」
「背筋を正しなさい。人が見ているわ」
「はぁ~い」
「イルターの真似をしない」
母の中で私の評価は滅茶苦茶低い。
だらしない、怠惰、好き勝手にすると三拍子揃った問題児なのだ。
でも、猫を被るのは得意だ。
今も済ました顔で背筋を伸ばしたままで立っている。
イルダ女史の馬車を見送り、我が家の馬車がくるまで待っており、人目がある馬車通りだからだ。
姉のように特定の人がいなくなると、気が抜けるようなミスはしない。
「セマジュ。私、レルーイとイルターが貴族としてやってゆけるのか心配になってきたわ」
「大丈夫だ。君に甘えたいだけだよ」
「そうだといいのだけど……」
母は私のことをすごく心配しているが、私は貴族暦四十年だ。
何の失敗がある。
今度こそ、優雅に立ち振る舞ってお嬢様を満喫するつもりだ。
「お母様。心配無用です」
「イルター、本当にわかっているの?」
「任せて下さい。完璧なお嬢様を演じてみせます」
私が胸を張ってそういうと、姉が「演じるのね」と小さく呟く。
その言葉、私は気付いてしまった。
私は悪役令嬢に憧れ、悪役令嬢になって悪役令嬢を演じた。
イルターとして貴族を演じる自信もある。
でも、村で駆け回る方が好きだ。
領都ならマリアを演じている時が気楽でいい。
私にとって貴族は演じるものだと。
「イルター、どうしたの?」
「ねぇねぇ、やっぱり村の方が楽しいね」
「うん、そうだね」
私と姉がにっこりと微笑み合うと、母は困った顔をしていた。
私達と違って、母は村より舞踏会が似合っている。
社交も得意そうだ。
刹那!
「イルター⁉」
そう叫びながら黒い弾丸のような黒猫族クンクが私を目掛けて飛び込んできた。
もちろん、ワンステップで猛牛を華麗に躱すロデオのカウボーイにように体を翻した。
クンクはそのまま私の後ろの壁に突っ込んだ。
クンクは学習能力がないのだろうか?
まぁ、『マリア』と呼ばなかっただけ進歩と思おう。
鼻を押さえて、「いててて」と言っている。
「クンクだったかしら。私に何かご用なのね」
「そうだ。マ……イルター様。助けて下さい」
「助けて?」
「はい、マリアから困った時はイルター様を頼れと言われました」
私が言ったのは長老にだ。
クンクじゃない。
ここで『マリア』の名前を出さないでよ。
父が私を見ると、「マリアって誰だ?」と聞いてくる。
さぁ、誰でしょうか?
商会のオテさんには、父はマリアを知らないと告げ、暗黙に黙っているように言っておいた。
長老にも「イルターを頼れ」と言ったが、マリアの名を出せとは言っていない。
想定外だ。
脳内でポン太が「ポンコツか」と突っ込んでくる。
“どこが想定外だ。マリアを調べれば、イルターに辿りつく。同一人物とは気付かないが、関係者と知れるだろう”
<早過ぎるでしょう。この夏でも出会いイベントを催して、私とマリアが以前に知り合ったという後付けを考えるつもりだったのよ>
“先に考えろ”
<だって、イルターとマリアを関係者にするって決めたのは昨日だよ。どうして事件が起きるのよ>
“だから、ポンコツなんだ”
<昨日の今日で事件が起きるなんて思わないよ>
“で、どう言い逃れるつもりだ”
<知らない。わかんない>
“なら、先延ばしにするしかないな”
<そっか、何か事件があったみたいだもんね>
私は父の声を聞こえない振りをしてクンクに聞いた。
「クンク、何があったの?」
「仲間が攫われた。俺らは冒険者ギルドの仕事で壁の修復に行っていた。昼の休憩に戻ってきたら、子供が攫われたと長老から聞いた。大人らは追い掛けた。俺も追い掛けようとしたが、長老がイルター様を頼れと。イルターではなく、イルター様って呼ぶんだと言われた。イルター様、仲間を助けてくれ」
「どこにいるかわかる?」
「匂いでわかる」
私は顔を父に向けると父が聞いてきた。
「イルター、どういうことだ?」
「獣人の子供が貴族に攫われました」
「貴族だと」
「貴族が相手でなければ、獣人らも黙って子供を攫わせません。そして、貴族に対処できるのは貴族だけです。お父さん、助けを求められて無視しますか」
「…………」
父が一瞬黙った。
助けを求められて見捨てるような父ではない。しかし、相手が魔物ではなく、貴族となると厄介だ。父は、私・姉・母の顔を順番に見て行く。
家族への飛び火を気に掛けているのだろうか。
男爵家は最下層の貴族だ。
子爵、伯爵を相手なら分が悪く、家の取り潰しもあり得る。
でも、私は父の背中を押す。
「誰かを見捨てるような貴族にはなりたくありません。そんな貴族になるくらいなら、男爵家なんて捨てましょう。誇り高いお父さんじゃなきゃ嫌です」
「イルター!」
「ねぇねぇ、そんな卑怯な貴族になりたい」
「あんたの好きにしなさい」
「お母さん」
「セマジュが困っている人を見捨てられる訳がないでしょう」
「だよね」
「おまえら、知らんぞ。イルター、助けに行くぞ」
「はい」
私はクンクを見据えた。
不安そうなクンクの顔が一瞬で高揚し、笑みが浮かぶ。
私はすかさずに命じた。
「クンク、全力で先導しなさい。こっちが付いてゆきます」
クンクは「わかった」というと急加速した。
猫っぽく、クンクは一瞬で最大加速に持ってゆく。
その加速力にびっくりするのも三度目だ。
私は落ち着いて加速する。
出遅れない加速もできるが、急加速するとお嬢様の靴が持たない。
足を前後にヒタヒタと走る“忍者走り”を選択する。
蹴り出さないので靴への負担が少ないのだ。
出鼻を挫かれた父は「イナードとレルーイは宿に戻れ。護衛に二人残れ、残る二人は俺に付いてこい」と指示を出し、私の背中を追い出した。
確かに母と姉が心配だ。
私も光の中級精霊を二人の護衛に残すことにした。
光の中級精霊の加護があれば、大抵の攻撃を無効化できる。
私はクンクとの差をゆっくりと縮めていった。




