第五話 悪役令嬢、冒険者を目指す(1)
村を発展させるぞと誓ってから三年、私も十歳になった。
自分で言うのも恥ずかしいけど、私は頑張ったと思う。
村人の家を建て直し、上下水道などのインフラを整え、暖房からお風呂やトイレまで快適な生活ができる村へと変貌させた。でも、村が発展したかというとそうではない。
「塩造りに行ってきます」
「イルター、待て。護衛の兵を付ける」
「いらない」
「街道と言っても森は危ない」
「じゃあ、私に付いて来られる人を育ててね」
「待て」
もうすぐ三年前に姉が領都で洗礼を受けたように、私も領都で洗礼を受けに行く日が近づいてきた。でも、馬車で往復一ヶ月も掛かる旅行となる。
私は塩が減ってきたので塩を造ってくると言って家を飛び出した。
心配性の父は私に護衛を付けたがる。もう純粋なステータスでも父を越えた私に付ける護衛なんていないよ。あっ、私を追い掛けていた父が足を滑らせて顔から転んだ。
一月の街道は新雪が積もり歩き難い。一月から二月になる頃になると、雪が解けだし厚みがなくなるが、昼に表面が解けて、夜に凍るのでアイスバーンになって別の意味で歩き難い。
私はアイスバーンを苦にしないけど、父を含め騎士団の皆は苦手だ。
順番で回ってくる森の巡回を嫌がる。
追い掛けてきた兵に抱きかかえられ、村へ引き上げてゆく父の姿が風の精霊の視界から見えた。
もう大丈夫だ。転移⁉
転移魔法で移動を終えると、そろそろポン太の愚痴が五月蠅くなってきた。
“作り置きの塩が山程あるのに親を騙すなんて、酷いご主人様だ”
<また、そういう嫌味をいう>
“いい加減、全部話した方が楽じゃないかって言っているんです”
<嫌よ、教会に目を付けられたどうするの?>
“砂糖や香辛料まで生産をはじめて、隠し通せるんですかね”
<私の偽装は完璧よ。砦の北側に種をたくさん蒔いておいた。探せば、ありふれたものになっているし、上位の冒険者パーティーでは密かに香辛料を使った料理が流行っている>
“北の香辛料は魔力の濃い場所ならば、どこでも生育しますからね”
<北へ向かうほど生育地が増える性質がいいわ。北の果てのレプス村なら疑われない>
“ですが、調べに来られたら、一発でバレますぜ”
<そこは何とか誤魔化す。今は人口を増やすのが絶対なの>
レプス村の人口は、当初、農奴三十五人のみだった。対して騎士団の兵が五十人というアンバランスな領地経営だった。実際、村の警備に十人、残る四十人は砦の運営に必要な人材である。
<一年目の夏に農奴が五人しか買えなかったのが問題よ>
“クィリッィエの奴が説明してくれただろ。北の領地は農奴を欲しがる者は多い。商人も有力者を優先する。貧乏士爵に回す農奴なんてなかったと”
<男爵です。士爵は貧乏男爵を侮蔑する別称だからね>
“その男爵の領地に回らない”
<私だって一年目は我慢した。だから、桃とか、貴重な果実を融通してあげたのよ。それでも二年目もたったの十人よ>
“商人からすれば、倍も用意してやったって感じですかね。その貴重な桃も有力者に売る為に購入しているですから、桃を手に入れる為に有力者に嫌われては意味がない”
<もう何度も聞いた。だから、森で採ってきた香辛料も融通したのよ。これは王都でも売れるからかなり貴重だと言っていたのに、三年目も二十人、たったの二十人よ。しかも領民との移住者希望者もゼロよ>
“人口五十人の村に二十人を用意すれば十分だろうと思われただろうな。それに移住する農民からすれば、大量の農奴を欲しがる過酷な領主と思われていると、商人が本音を語ってくれただろう”
<違うのよ。この三年間、農奴は一人も死んでいない。増えた三十五人の内、半分が女性だったから、兵士のお嫁さんになった人や、村長他の有力者のお嫁さんになって一軒屋を宛がわれて幸せ暮らしている。赤ちゃんだって生まれているのよ>
“実際にキャラバンでくる商人らは葛粉作りで成功した村を見て知っているが、普通の商人はこんな辺境まで足を運ばない。一度広がった悪評は簡単に覆らないだっただろ”
<辺境の癖に金周りがいい辺境の男爵を妬む貴族が流しているかもとか言っていた>
“商人の予想は当たっているだろうな”
<葛粉作りに五十人が従事し、農作業を手伝ってくれるのはたった二十人よ>
“野菜と果実の生育をご主人様が面倒をみて、種蒔きと収穫しかしない者を農民とは言い難いな。しかも種蒔きと収穫だけで手一杯”
<も~~~う、もっと増えると思って頑張って開墾したのに・・・・・・>
“あれはやり過ぎ、丘を削って窪地を埋めた。どこの大規模農園だ。建てた家の数は二百戸もあり、八百人の移住が可能で、無理をすれば一千人が住める。誰がそれを開拓したのかを疑われるレベルだ”
<だって、もっと増えるって思っていたもん>
“ゆっくりでいいだろう”
<それは駄目、というか無理よ。三年後に私が領都の学校へ通えば、魔物の討伐数は激減して収入も減る。今の人数だと農作物の生産も半減、もしかするともっと酷い状態になる>
“それを解決する為に甜菜と北の香辛料の栽培か?”
<甜菜は砂糖、森でしか取れないと思われている香辛料が栽培できるとわかれば、欲に釣られた商人が頑張ってくれると思わない>
“欲に釣られて協力してくれるだろうな”
<今年は農民百人、最低でも五十人を増やして農作物を栽培できる人を育てる。この三年で農地を維持できるようにするのが喫緊の課題よ>
“欲に釣られるのは商人だけではなく、厄介な貴族も釣れるぞ。まぁ、苦労するのはご主人様ですから、別に構いませんがね”
<悪役令嬢の困難さに比べれば大したことはない。そう言ったのはポン太でしょう>
“そうだったか。おっと、街道が近づいてきました。準備をした方がよろしいのでは”
<そうね>
私はメニューを開くと装備二を押し、幻影魔法を唱えた。
装備二には、駆け出しの素朴だけれど勇者っぽい装備を選んでおいた。そして、幻影魔法で悪役令嬢のライバルだった聖女マリアの姿を映した。ゲームスタートのマリアより幼い感じだ。
何でも冒険者の登録は十三歳以上でないと駄目らしい。
マリアは小柄な女の子だったけど、十歳の私より大きい。幻影魔法は見る人の視覚を惑わす魔法であり、私の動きをトレースして動く。でも、サイズの違う動きを調整する機能はない。
サイズが違うと困るのだ。
たとえば、握手などする時、実際に手を出している私と、映っているマリアの手の高さが違うことになる。相手が幻影の手を取ろうとして素通りするなんて事が起きる。
だから、マリアのサイズを十歳の私に合わせた。
“ご主人様、また湧いて出ていますぜ”
ポン太が不意に声を掛けてきた。
メニューの索敵欄に目をやると小柄の赤い点がいくつも写り出されていた。
あいつらか。
“ホント、ゴブリン〔小鬼〕はどこでもいますね”
<この世界の呼び方はゴブリンじゃなく小鬼ね。でも、本当に駆除しても駆除しても湧いてくる>
“まぁ、魔力溜まりから生まれる最もポピュラーな魔物ですから”
<生態が厄介よ。ウインド・カッター〔風の刃〕>
“茸みたいな魔物だ。捕らえた獲物に胞子を注入し、獲物の中で発芽して中から栄養を吸い取り、遂に獲物を中から食い破って増殖する”
<繁殖の仕方も気持ち悪いけど、一番厄介なのはゴブリン〔小鬼〕を倒した魔物が、ゴブリン〔小鬼〕を食らって魔物化することなのよ。アース・ピック〔土の針〕>
“魔物の邪気を払えば食っても問題ないが、獣にそれを期待するのは無理ってもんです”
<せめて焼いて食べれば、かなり邪気が減るのにね。一刀両断>
“邪気は生きているものに取って毒、毒が拙く感じるのは当然なのに獣は平気で食うから魔物化へ至る”
砦の北は魔物が魔物を食らって凶悪になるが、砦の南側は魔物を食らった獣が繁殖して魔物が溢れ、強くないが数が多い。三年前から姉が冬の間だけ領都の予備校へ通い、レプス村から領都までの街道を行き来するようになった。私は姉の安全を考えて、南の魔物駆除も積極的にやっている。
でも、いくら狩っても終りが見えない。
私はゴブリン〔小鬼〕を狩りながらポン太に話し掛ける。
<ねぇ、いっその事。街道の両脇の木々をすべて切り倒せば、見晴らしがよくなって被害が減ると思わない。アース・ピック〔土の針〕の乱れ打ち>
“誰がやったと大騒ぎになりやすぜ”
<ねぇねぇの安全の方が大事よ。逃がすか、ウインド・カッター〔風の刃〕>
“今年からご主人様の姉君は学校へ通うだろ。これから三年間は使うことはないぜ”
<それも問題なのよ。ラスト、一閃>
領都の学校は二月にはじまり十月に終わる。領都と砦を移動するキャラバンは春に一回、夏に二回、秋に一回と計四回やってくるが、春のキャラバンは二月にやってくるから、授業の開始に間に合わない。一度入学すると、三年間はレプス村へ帰る手段がない。
よし、ゴブリン〔小鬼〕を収納して討伐終了だ。
私は再び街道に戻ってテラス城壁町を目指す。
レプス村から百キロ南にノネマ村があり、さらに百キロ先にテラス城壁町がある。人口が百人を切るレプス村とノネマ村には冒険者ギルドがない。店らしいのはレプス砦の屋台と売店、ノネマ領主が提供する宿のみであった。しかし、レタス領は人口百人を越え、冒険者ギルドがあると聞いていた。
私は考えた。
貴族が冒険者になれないなら、貴族じゃない誰かが冒険者になればいい。
この世界に存在しないマリアの姿で冒険者登録すれば、魔石や魔物素材が売れるじゃないかと。
マリアの姿で商人を操り、レプス領の発展を裏から支える。
悪役令嬢が黒衣の隠者となって、聖女やライバルの裏から支援して都合よく動かしたように、私も商人を都合よく動かせばいい。
そう考えて、冒険ギルドの受付に向かった。
「申し訳ございません。当ギルドでは冒険者登録はやっておりません」
「どうして?」
「このテラス領から冒険者になる方がおられないからです」
受付のお姉さんが慌て顔で私の申し出を断られて私の目が点になった。
ど、どうして?
冒険ギルドで戯れている数人の冒険者が、ぎゃあはははと一斉に笑った。
「こんな萎れた町で冒険者を目指す奴がいるかよ」
「お嬢ちゃん、どこから来たんだ」
「綺麗なおべべをきた貴族様、俺が冒険者の手解きを教えてやろうか」
「この美少女に何を教える気だ」
「そりゃ、手取り足取り」
「貴族が冒険者だって笑えるぞ、ぎゃあははは」
そう言えば、マリアも人形のような美少女だったわ。
母や姉を見慣れてわすれていた。
貴族に間違えられるのも仕方ないが、貴族が冒険者になることはない・・・・・・よね。
受付のお姉さんが困り顔で説明してくれた。
「ご領主様のご許可を頂いているかは存知ませんが、テラス領に住む住民は兵士か、農奴しかおりません。希望者が少ないので冒険者になる技量を測る試験官がおりません。ご領主様の推薦状があれば登録できますので、もう一度、ご領主様にご相談されてはいかがでしょうか」
「素材の買い取りは」
「冒険者以外からの買い取りはやっておりません」
後ろの冒険者が「嘘はいけないぜ」と声を掛ける。
受付のお姉さんがジロリと後ろの冒険者を睨み付けたが、冒険者は悪びれる様子もなく酒を飲んだ。受付のお姉さんは住民から薬草を買い取るのは例外的に認めていると訂正した。
「お嬢ちゃん、どうしても冒険者になりたいならテデゴセに行きな。あそこなら試験官がいるぜ」
「ちょっと黙ってなさい。後で問題が大きくなったら、責められるのは私なのよ」
「ぎゃあははは、俺達は知らねいよ」
「さっさと依頼を受けて仕事に行きなさい。昼間から酒を飲んで」
「今日は休みだ。酒場はここしかないからな」
「とにかく、邪魔をしないで」
受付嬢も冒険者が相手だと大変そうだ。
どうやら私は領主一族の令嬢と思われたようだ。冒険者に憧れる貴族の子弟は多いのかも知れない。そして、貴族の子供が冒険者登録すれば、その一族は貴族から没落する場合もあると聞いたことがある。当然、問題を起こした受付嬢もタダで済まない。
私がお礼をして出てゆくと、受付のお姉さんが「家に帰るのよ」と何度も叫んだ。
“で、どうするんですか。ここから東に進むと、ベアツ、その先がテデゴセだったと記憶します”
<テデゴセまで行ったことないね>
“森はベアツの手前までしかありません。その先は安全って聞いていますからね”
<こんなことなら、領都まで一度足を運んでおくべきだったわ。テデゴセまでどれくらいかな>
“荷馬車で数日って聞いていやすから、二百キロ弱ってところですね”
<ベアツまで転移で移動すれば、残りは百キロ弱か。二時間も掛からないわね>
“ごつごつした岩が転がっていた荒野ですぜ”
<ポン太、人間の全力疾走は時速四十五キロ近くなのよ>
“それは一瞬でしょう。身体強化と魔法強化で速度を上げ、連続で体力回復ができるご主人様だけですよ。怪物って自覚がありやすか”
<五月蠅いな。それより、塩造りに時間が掛かり過ぎるとお父さんが迎えにくるから急ぐわよ>
“周囲の警戒だけは忘れないでくだせい”
<わかっているわ>
町を出ると、転移魔法でベアツの近くに移動した。ベアツの先は岩肌の荒野が続く。私は風の精霊を先行させると、テデゴセに向けて荒野を駆け出した。
ごつごつした岩の上をぴょんぴょんと跳びながら先へ進んだ。




