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第524話 新たな取引

「よう、あー、魔術士さんよ」

「なんだその呼び方は……デミトリで良い」

「……おう」

「話し合いは終わったのか?」

「一応、な」

「「「「「……」」」」」


 困ったように顔を顰めたジェイドの後ろで、彼の仲間達が無言で佇む。


 俺を睨む者、何故だかジェイドを睨んでいる者、明後日の方向を見ながら呆けている者……全員武器は仕舞ったままなので決定的に話し合いが決裂した訳ではなさそうだが、各々の反応から察するに俺とジェイドの取引の内容に納得がいかないか、単純に状況が呑み込めていないみたいだな。


「兄貴、やっぱり信じられねぇよ」

「ルシア――」

「大体、こいつが本当に滅死の魔術士だって証拠が無ぇ! それに、ジェイドの兄貴だけ損する取引をしてる時点でおかしいじゃねぇか!!」


 クリフも言っていたがまだまだ青いな……俺に敵わないと悟り、自分を犠牲にしてでも仲間を守りたいと願ったジェイドにとってあの取引内容は損なんかじゃない。


 俺を殺そうとした事はともかく、その心意気を汲んで取引とは関係なく彼の処遇についてエリック殿下とケイレブ殿には相談するつもりだったんだが……。


「……ルシアと言ったな? 今城塞都市ボルデを拠点に活動しているデミトリと言う名の金級冒険者は俺しか居ないはずだ。冒険者証を見せたら納得してくれるか?」

「……! そんなの幾らだって偽装できるだろ!」

「冒険者証の製造方法はギルド側で秘匿しているからそんな事は無いんだが……確かに、ギルド職員でなければ偽装かどうかの判別が付かないからある意味その考え方も正しいかもしれないな」

「そうだろ! それに、姿絵とも全然見た目が違ぇじゃねぇか!!」

「うっ……」


 不意打ちであの忌まわしき姿絵について思い出したしまい胃がきゅっとする。


「おい、大丈夫か?」

「心配ない……嫌なものを思い出して気分が少し優れないだけだ」

「兄貴……! なんでそんな得体の知れない奴の心配を――」

「ルシア、俺はデミトリが屍人の大群を一瞬で無力化したのをこの目で見てる。同じ名前で同じ氷の魔法使い、しかも俺の闇討ち余裕で防いで隠れた俺を見つけたんだぞ? これで滅死の魔術士じゃなくてなりすまし野郎だったら、意味が分からな過ぎて逆に怖ぇよ」


 ジェイドの言葉を否定できずルシアが一瞬怯んだが、すぐにまた威勢よく話し出した。


「じゃあそいつの正体の事はもう良い! なんで兄貴だけ不利な取引をしてんだよ!?」

「そこは気にすんなって――」

「気にしない訳ないだろ!!」


 叫んだのはルシアではなく、ずっとジェイドの事を睨んでいた男だった。


「ジェイド一人が割食うのを、俺らが『はいそうですか』って受け入れると思ってんのか?」

「だから説明しただろ? これしか方法が――」

「そこんとこどうなんだよ魔術士! 俺達を従わせたいならジェイドの安全も保障した方が手っ取り早いぞ?」

「サイクス!! 勝手な事を言い出すな、もう取引した後なんだぞ?」


 ……面倒な事になったな。ここで無条件に彼等の要望を受け入れても信頼は勝ち取れそうにないし、舐められてしまったら困るのでいずれにせよことわざるを得ない。


 こうなったら――。


「まただんまりか? どうなんだよ!」

「……仲間のお前達は納得できないかもしれないが、互いに交換条件に納得した上で取引を交わしたのは俺とジェイドだ。外野になんと言われようとその内容を変えたり約束したことを反故にするつもりは無い」

「じゃあ俺達はお前に従わない!」

「サイクス! 勝手な事を言うな!」

「……そうなるとジェイドが約束を守れなくなるから取引は無効になる。それでいいんだな?」

「……!」

「お前ら、馬鹿な真似をすんじゃねぇ!」


 嫌な緊張感で空気が満たされていく。


 サイクスとルシアは武器を抜く一歩手前で、必死に説得を試みるジェイドを見ながら他の仲間達もどうすれば良いのか様子を伺っている。


「そこまで言うなら取引をしよう」

「「はぁ??」」

「俺はジェイドと約束した内容を変えるつもりは無い。お前達が他に何かを望むなら、新たに取引するしかないだろう?」

「じゃあジェイドの兄貴の安全も保障しろ!! 俺達と一緒に堅気の仕事が出来るようにしてくれ!」

「お前ら! 俺は――」

「お前達の要求は分かった。俺の要求はお前達がジェイドの言う事を聞く事だ」


 時が止まったかのように一瞬にして廃坑に沈黙が訪れる。


「……それだけで良いのか?」

「俺はジェイドとの取引を尊重したいからな。お前達がジェイドの言う事を聞いてくれるならそれに越した事は無い」


 ジェイドの横に立っているルシアに右手を差し出す。


「ただ忘れないで欲しい事がある。俺と握手を交わして取引が成立したら、お前達はジェイドの命を預かる事になる。その意識を持って行動に責任を持てるんだな?」

「……! 当たり前だ!!」


 小柄な風貌からは想像できないほど強い握力で乱暴に右手を握られ、ルシアが雑に上下に腕を動かしてから俺の手を離した。


「次はサイクスだ」

「は? 今ルシアと――」

「全員と握手するぞ? この取引は俺とお前達全員がしたものだ。一人一人がジェイドの命を預かっている認識を持って貰わないと困る」

「上等だ!」

「お前ら……」


 ジェイドが頭を抱えているが一旦これで安心できそうだ。一人一人と握手を交わし終えて氷の台に近寄るとクリフが心配そうにこちらに近寄って来た。


「なぁデミトリ」

「? どうかしたのか?」

「間違ってたら指摘して欲しいけど、元々ジェイドの世話も見るつもりだったんじゃないか? 実質何も変わって無い様な……」


 クリフから耳打ちされたのと同時に肩をすくめる。


「彼等目線だとそんな事は分からないからな。途中少し冷やっとしたが、これで全員が納得してジェイドに従ってくれるなら文句を言うつもりは無い」

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