五章 八百万 3
「はぁ、はぁ、はぁ……」
息も絶え絶えに膝を突くファイ。身体は重く視界が霞む。
「大丈夫か、ファイ」
近くにいたネガが声を掛けてくる。彼自身も限界を超えた力を行使しているのか、マスクの下の顔色が悪かった。
それでも同行している学院生だけでも守るべく、一〇八体の使役精霊をフル回転で行使していた。
「大丈夫です」
気張るように立ち上がり、気丈にも答えるファイ。正直、見てられないほどにやばいことはネガにも解っていた。
長時間の精霊憑依は精神に多大な負荷を掛ける。
本来ならば三十分も戦い続ければ一度憑依状態を解き、回復を図るべきなのだ。
だがそれは出来ない。日蝕の影の下で憑依状態を解いたらミカヅチとの繋がりがどうなるか解らないのだ。
だからこそ、休んでいろとは言えない。
そして、逃げろとも。
それに従えられる者ならば、とっくに逃げ出している。
生きることに不器用な彼女は、少しでも多くの命を救おうと足掻き続けていた。
「私は負けられないんだ!!」
死力を振り絞っては雷槍を振るう。
なのに現実は無情だった。
限界に達した疲労で集中力も散漫となり、反応が鈍る。
頭上から感じた気配で顔を上げれば、鎌首もたげたオロチの口があった。牙すら漆黒のそれは、現状を作り出した死の属性を司る頭だと解った。
咄嗟に逃げようとするも、
「きゃぁ!」
足がもつれ倒れてしまう。
あっ、これは避けられないか。
刹那、そんな思考が脳裏を過ぎる。
そして、
フィル君にもう一度会いたかったな――とも。
死の覚悟を受け入れたファイだったが、奇跡は起こった。
迫り来る巨大な牙が折れて砕け、その頭は大きく吹き飛ばされたのだ。
何が起こったのか途方にくれるファイ。そんな彼女に、立ち上った砂煙の向こうから知っている声が聞こえてきた。
「げっ、身代わりの護符が六個とも砕けているじゃないか。何が四個だよ」
砂煙が晴れた先には、首から提げている護符を手に、渋い顔をしている幼なじみの少年が突っ立っていたのだ。
「どうして、フィル君が?」
「どうしてって、お前のピンチに俺が駆けつけないでどうするんだよ」
後頭部を掻きながら、内心の震えを悟られないように軽口を叩く。
いざ来てみれば、戦場の雰囲気にあてられ、飲み込まれ掛かっていた。
そんな弟子の不安を吹き飛ばすのは師である自らの役目とでも言うんばかりに、ネガが発破を掛けてきた。
「何をしに来たかは問わん。だが、ここに来たってことはやれるんだろ、勇者!」
勇者と呼ばれた瞬間、フィルの腹は据わった。
「はい!!」
即答。
そして、
「やるぞ、時の精霊!」
体内に残留している精霊石へと呼び掛け、前もって教えられていた呪文を唱えた。
「時の地平よ。移ろいし未来よ。此方より彼方へ。彼方より此方へ。我は我の力を今ここに望む。来たれ、時空連結!!」
フィルを中心に光り輝く陣が組み上がっていく。
それは時空干渉を成すために時の精霊が刻む陣だった。
「連結成功だ、主殿! 未来と繋がった」
時の精霊の言葉を合図に、最後の締めに掛かる。
「全精霊召還!!」
一際高く命ずれば、辺りの空気が変容する。
凛――と。
鋭いまでに張り詰めていく空気。そして、フィルは感じていた。
「おいおい、嘘だろ。未来の俺って何者なんだよ!?」
見なくても解る。
その場の全てを支配するかの如く、存在感を醸し出す精霊達。
圧倒的にして絶対的。
数に勝るものは、まさに数。
その数――
およそ数百万。
一介の精霊使いが使役できる数を、軽く超えていた精霊がその地に集っていた。
「何、この精霊群は? これをフィル君が呼んだの?」
「ふむ。正に八百万の精霊使いだな」
かつて、フィルが授業中に書いていた小説の言葉を口にする。
「八百万の精霊使い……」
ネガの呟きをそっとなぞるファイ。
確かに、その二つ名に偽りが無いように思えた。
「何だよ、この精霊達は!?」
「上位精霊に、神霊までいるぞ」
周りからも戸惑いの声が上がる。更には、敵であるヤマタノオロチもまた、突然の出来事に対応出来ないでいた。
概念系時間属未来種――その精霊が使える精霊魔法は時間の加速。そして、未来世界への時空連結だった。
フィルが使った精霊魔法は、時間連結を用いて未来世界の自分が持つ力――精霊を、未来から召還したのだ。
そして未来の精霊達は、時の精霊を介して繋がっているため、日蝕の影響を受けることなく使役できた。
「頼む! 力を貸してくれ!! ファイを、みんなを救って欲しいんだ!!」
声高らかに頼めば、
「おうともさ」
「おや、今回は随分と若いマスターだ」
「フン。妾一人に任せておけば良かろうに」
各々好き勝手な言葉を発してはヤマタノオロチそして不死の妖魔達へと向かう精霊達。フィルは、未来の自分がどれほどまでに精霊達に慕われているのかを知るのだった。
「じゃあ、みんな! 頼む!!」
フィルの合図で、数百万からなる精霊の軍勢とヤマタノオロチの戦いの火蓋が切って落とされた。
もっともその戦いは、あっさりと簡潔なまでに終焉を迎えることに。
数の暴力に勝てるのはそれ以上の数。いかにヤマタノオロチが強かろうが、数百万から襲い掛かる精霊の前には塵芥に等しかった。
風は唸り、火は燃えさかり、雷鳴轟き、地面は割れ、全てが凍てつき、時空が歪む。
ありとあらゆる現象がその戦場に集約していたのだ。
それは、後生の歴史書に『八百万の精霊使い』の名が登場する最初の出来事であった。




