3.嫌な予感
リナリアの乗った馬車はダリアまでの五日間、宿泊も挟みつつはあるが最後まで送ってくれるとのことだった。宿代は自分持ちだが、提携している宿がある為格安で泊まれるらしい。
つまり、ラルが言ってた通りこの馬車にいる人間は五日間一緒に過ごすことになるのである。
「リアちゃんか。女の子一人で旅なんて怖くない?」
「少し不安はありますけど、大丈夫です」
「強いねぇ、リアちゃんは。レオなんて病弱で一人で外になんて出れないからな」
カラカラと明るく笑いながら、ラルはレオの肩を軽く叩いた。ラルは煩わしそうにその手を退ける。
「けほっ……、うるさいよ。ラル」
「大丈夫ですか?」
叩かれた反動か、レオから零れたのは乾いた咳だった。リナリアはその咳に少しの違和感を覚えて、戸惑いがちに問う。聖女であった頃の名残でもあるし、咳に含まれている微量の“瘴気”が気になったのだ。
「……持病でね」
「……そう、なんですね。早く良くなると良いですね」
けれど、ここでリナリアが出しゃばっては警戒されたり身バレする可能性もある。レオは踏み込まれたくないようで、またリナリアから顔を背けてしまった。
「レオ、お前はもう少し愛想良くしろよ。リアちゃんが困ってんだろ」
「別に必要ないでしょ」
「はぁ〜。悪いなリアちゃん」
「いえ。私こそ気を遣わせてしまって申し訳ないです。お二人はダリアの方なんですか?」
空気が悪くなるのを察して、リナリアは話題を変えてみる。レオはあまり話す方ではないようだ。
「そうそう。アメリアにちょっと用があってな。まぁ収穫はなかったんだが」
「アメリアには何をしに?」
「良い医者がいるっていうんでな。まぁ、収穫はなかったんだが」
ちらっ、とラルはレオを見た。大方レオの診療に行ったのだろう。しかし、とリナリアは思う。アメリアよりもダリアの方が医療に優れているのは周知の事実だ。確かにアメリア王国は医療の代わりに回復魔法の使い手が多いが、病や大きな怪我は光魔法を極めた者にしか治せない。今となってはそれが出来るのは聖女か、聖女に並ぶ力がある者――つまり、彼等は聖女に会いに行ける程の人物ということになる。
「……それは、残念ですね」
リナリアはそこまで考えた結果、あえて考えるのをやめた。五日間の仲なのだから知る必要は無いし、そもそもこの予想が合っているのかも分からない。確かめるつもりもない。
「良いよ、別に。期待はしていなかったから」
諦めたように呟いたレオを見て、リナリアは少しだけ悲しくなった。自分であれば治せるかもしれないのに、このまま放っておいていいのか。困っている人を見過ごしてまで身分を偽ることに何の意味があるのか。
「……あの、私少し医療の知識があるので、もしかしたらお役に立てるかもしれません。良ければ見せて頂けませんか?」
リナリアが進言すると、ラルとレオは顔を見合せた。しかし、レオは首を微かに横に振る。
「この病はそう簡単に治せるものじゃないから。多少の医療の知識があるくらいじゃ無理だよ」
「そんな言い方することないだろ、レオ。……でも、リアちゃんの気持ちは嬉しいが、本当に複雑なものでね。その気持ちだけで十分だ、ありがとう」
「……わかりました。気休め程度にしかなりませんが、回復魔法も使えるので本当に気分が悪くなったら仰ってくださいね」
「ありがとな、リアちゃん!ほら、レオもお礼言えって」
「……ありがた迷惑だよ」
「レオ!」
「ラルさん、私は大丈夫です!出過ぎたことを言いました。すみません」
慌ててリアは謝った。どうやらレオの気分を害してしまったらしい。いつか誰かに言われたことがある。
“善意は時に人を傷つける”と。良かれと思ってやってることも、彼にとっては余計なことでしかないのかもしれない。
(これからは身の振り方を考えなくちゃ……)
「……あ」
気まづい雰囲気の中、声を上げたのはレオだった。頬杖をつき、窓の外を見つめながらフードの隙間から覗く口元が微かに唇を噛んだ。
「……?」
リアもレオの視線を追うけれど、そこにあるのはなんの変哲もないアメリア王国の姿。しかしその瞬間、鈍い頭痛とともにリオの脳裏に何故か魔王を封印している神殿が浮かんだ。空気が一層、重くなったようにも感じる。
「あと半年かな」
意味深なレオの呟きに、まるで、未来を見透かしたような口振りだ、とリアは思う。このタイミングで、何故そんなことを言うのか。リアの言い知れぬ嫌な予感は、彼の言葉で現実味を帯びて、思わず自身の身体を抱きしめた。
「……封印のこと、ですか?」
恐る恐るリアはレオに問う。レオの瞳はフードで隠れていて見えないけれど、その瞳はきっとこちらを見ているのだろう。ラルもリアのことを凝視している。
「君も分かるの?」
「……いえ、根拠はないのですが何となく、そんな気がして。最近は封印も弱まっていると聞きますし……」
「……そう」
リアの言葉に、レオは興味を失ったらしい。それから宿に着くまで、誰も口を開くことは無かった。