その6
そうして私たち五人は、ぞろぞろとグリーンガーデンに戻る。
彩豊な花畑。白赤紫の絨毯が広がっている。
こんなとこに響先生がいたら、さぞかし似合うことだろうなあ。あのゆるふわな雰囲気は、元からガーデニングが似合う感じだったっけど、男の娘化で拍車がかかった。
そもそも私が初めて響先生に出会ったのって、先生が綺麗なバルコニーで優雅にお茶飲んでた時だったことを思い出した。響先生には、お花畑でジョウロを持って鼻歌歌いながらスカートはためかせるのがよく似合う。まあ32歳男性だけど。
「あ、田中先生だ」
琴葉が中央のアーチ状ドームを指さす。確かに、そこには屈強な男性教師の田中先生が立っていた。
3秒に1回くらい時計を見るのがいじましい。
いい感じの出店でクレープを買い、それを食べながら田中先生が座ってる後ろの茂みにみんなで身を隠す。
輝くんが「カスタードホイップミルフィーユ」、千景くんが「ベリーベリーストロベリー」と微妙にネーミングセンスないものの、見た目はかわいくて女子力が高い注文をしている。琴葉は「やめとくー。ちゃんとカロリー制限しておかないとくびれ維持できないし」と意識の高い発言をしていた。
一方で私はというと、「ハンバーグと特製デミグラスソース」とかいう、かわいさの欠片もない注文をした紅一点の自分に凹んでいた。
しょうがないじゃん! 寮で朝ごはん食べてから何も食べてなくてお腹すいたの!
「……これおいしいね。すっごく甘い」
田中先生に聞こえないように小声で話す輝くん。満面の笑みの口元には、ホイップクリームがたくさんついていた。汚いけど、それでいてとてもかわいらしい。
「……さてと、ご馳走様」
ほんの少しだけついたイチゴジャムを、綺麗なハンカチでお上品に拭う千景くん。そして手を合わせる。
両サイドの美少女すぎる美少年に対して、私自分自身はなんなんだろうと思わざるを得なかった。ちょっと凹む。
もう一度田中先生を覗くと、今は2秒に1回くらい時計を見るようになってて、しまいにはずっと時計から目を離さなくなった。
「田中先生~お待たせしました」
「あ、愛華先生……っ!」
朝にも聞いたハスキーなお姉さんボイス。響先生が現れた。
喜んでペンギンやミーアキャットを撮影していたカメラは、まだその胸にぶら下げられている。
「わざわざここまで来てくださって、ありがとうございます」
「いいんですよ。おかげ様でかわいい子たちの写真も一杯撮れましたし。あ、ご覧になられます? フンボルトペンギンがかわいくて……」
なんの憚りもなく田中先生に密着してカメラの写真を見せていく、鈍い響先生。
「あ、ああ。かわいいですね。このペンギン」
「でしょう! ほんとに愛くるしいです!」
そしてぴょこんと田中先生から離れて、背中の後ろで手を組み笑顔を浮かべた響先生。
「で、なんでしょう。お話って」
待って。琴葉のいう通り、ほんとに告白される可能性なんて微塵も考えてないのこの人!?
「あ、あの!」
田中先生は顔を真っ赤にして響先生の前で拳を握る。
「これからお話することは、冗談ではなく本気です。本気で聞いてください!」
響先生は「はい……?」、きょとんとした表情をしていた。
「僕、愛華先生のことが好きです。真剣な交際をお申込みさせてください!」
頭を下げる田中先生。私たちも、響先生も無言になった。
「えっと……、私、男性教師ですけど、ご存知でしょうか」
「知ってます! それでも、好きだという気持ちに嘘はつけません!」
響先生は「うーん」と困ったような顔で、
「あの……、大変申し訳ないんですが、私は男性を好きになれないんです」
「そ、そうなんですか……?」
「はい……」
今度は響先生が頭を下げる。
「お付き合いはごめんなさい。けどこんな私でも、好きって言ってくれる人がいて、すごくうれしいです。ありがとうございます」
「そう、ですか……」
そして田中先生は無理に笑顔を作って、
「わかりました。そういうことなら納得です。僕は次の恋に行こうと思います」
「本当に、ごめんなさい。何かあったら私に相談してください。ぜひ力にならせていただきます」
後ろで「ちょっと千景くん。もうちょっと右寄って」「待て。向こう側へ行けば見えるはずだろ」「それだと千景くんと肌を重ねられないじゃん」「ふざけるなよお前」という小声のバトルが行われていたけど、私は前の出来事が気になりすぎて、あまり注意を払うことができなかった。
それが、失敗だった。
「他に気になる先生がいるなら、関係を取り持つのもやぶさかではありません。八重咲先生なんかは美人ですし、あの人は男性も好きみたいですよ」
「ま、まあ。ゆっくり考えます。いきなり次というのも、愛華先生に失礼ですし。……八重咲先生、なんだかちょっと怖いですし」
「それもそうですね。無神経で失礼しました」
声をあげて笑う二人。険悪にならなくてよかった。
そのとき、「あー!」というアニメ声の叫び声とともに、私の背中からどんっと衝撃。そのまま後ろから押されるようにして、私は突っ伏した形で茂みの向こう側に飛び出してしまった。
「み、みなさん!? 一体なにを……?」
おろおろする響先生。顔をあげた私は、苦く笑うことしかできなかった。