番外編 三年後 〜十五歳になったから盗んだバイクで走り出したい〜
2022.05.23
鈴が十五歳の誕生日を迎えた日だった。
「あたしも盗んだバイクで走り出したいよ。ねぇねぇ、走り出してもいいと思う?」
「そりゃすげぇや」
下校中、いつものように突拍子もないことを言い出した彼女の発言を六花は華麗にスルーした。
幼馴染だった二人が恋人同士になってから数ヶ月が経過したが、その関係は相変わらずだった。
「そのへんの自転車パクっても許されないかな? あたし今日から十五歳だし」
スルーされるのはいつものことなので、鈴は気にせずにそのまま話を続ける。
「許されねぇし、そもそも自転車はバイクじゃなくてバイシクルだからな」
こいつはまた何か変なものの影響を受けたんだなと、六花は呆れながらため息を吐いた。
そんな六花に対して鈴がチッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を横に振った。
「バイセコーだよ。発音が悪いぞ、六花」
「おまえの頭の悪さよりはマシだよ。で、何でいきなりバイクがどうとか言い出したんだよ」
「え!? まさか尾崎の15の夜をご存知ない!?」
鈴が六花に対して信じられないものを見るような目を向ける。
「名前くらいしかご存知ないよ。おまえ何歳だよ」
「十五歳だけど? さっきも言ったじゃん。バカなの?」
「普通の今どきの十五歳は尾崎を聴かないんだよ、しばくぞ」
「六花ってさぁ、年々言葉の攻撃力が増してくよね」
「おまえは年々アホさが増していってるよね」
「ほら、そういうとこだよ! 刺々しい女はモテないゾ!」
「うるせぇ、わたしが刺々しいのはおまえにだけだよ」
「え、やだ、照れる」
六花は頬を染める鈴を見て、やっぱりこいつバカだと思った。
「姉ちゃんと、姉ちゃんの彼氏と三人でカラオケ行ったときに、姉ちゃんの彼氏が尾崎を歌っててさ、それからハマったんだよねー」
「ふーん」
「めちゃくちゃ興味なさそうじゃん!?」
「めちゃくちゃ興味ないからな」
「もうちょい自分の彼女の趣味に興味持とうよ!?」
「おまえとは趣味が合わないから無理だよ」
六花がさらっと残酷なことを言うと、鈴は涙目になった。
「もうダメじゃん……音楽性の違いで別れるやつじゃん……」
「バンドかよ。そんな理由で別れないから……安心しろって」
我ながら何だか小っ恥ずかしい台詞を吐いてしまったと後悔し、六花は赤面しながら顔を横に逸らした。
「あ、今キュンってした、えへへ」
「うるせぇ」
「照れんなよー」
鈴がにへっと笑いながら六花の背中に抱きついた。
「う、うっさいバカ! 邪魔だから離れろ! そんなことより、おまえの誕生日プレゼント買いに行くんだろ!? 何が欲しいんだ!?」
羞恥に耐えられなくなり、六花は咄嗟に話題を転換した。
「六花のおっぱい揉める券……ぐうぇっ!」
自分の背中に引っ付いたままの鈴のみぞおちに六花は容赦なく肘を入れた。鈴がその場に膝から崩れ落ちる。
「唐突に下ネタをぶち込んでくるんじゃねぇ、びっくりしたよ」
「ゲホッ……びっくりしたのはこっちだよ!」
涙目で抗議する鈴を六花は冷ややかな目で見下ろした。
「下ネタ禁止」
「うぅ、わかったよぉ……でも下ネタって、六花的にはどこからが下ネタなのさ?」
鈴がよろよろと立ち上がりながら六花に問いかける。
「そんなん知るか」
「キスは?」
「おまえなぁ」
いい加減にしろよと言う寸前で、鈴の表情が真剣そのものであることに気がついた。
「そ、それはまあ……下ネタとは違うと思うけど……」
しどろもどろになりながらも六花が答える。
「じゃあ誕生日プレゼントはキスがいいなー」
「なっ、ばっ、な、何でそうなる!? そ、それに、それは、その、た、たまにしてるだろ!?」
「六花の方からしてくれたことないじゃん」
「うっ……そ、それはそう、だけど……」
事実だった。キスをすることが嫌なわけではないが、どうしても照れが勝ってしまい、六花の方からは出来ずにいた。
「今まで言わなかったけど、それって結構寂しいし不安になるんだよ?」
仮にも自分の彼女からそんな言葉を聞かされてしまったら、六花ももう嫌だとか照れるだとかそんなことは言えなかった。
「うー、わかったよ。……おまえの誕生日だし。特別だからな」
「やった! じゃあ六花ん家行こ! キスするときのBGMは尾崎のI LOVE YOUにしようぜ!」
「それは絶対やだ」
それから家に着き、六花が照れを克服して鈴にキスをするまでに三時間を要した。




