Ⅱ
「ウサギみたいだけど、ブタっぽい」
「へんないきもの」
「ふわふわ」
黒犬から借りた不思議な生き物に、子供達は興味津々で、それを触っている。一方、それは触れることに抵抗はないようで、されるままになっている。
確かに、こんな生き物は見たことがないが、黒犬達はいろいろな所に行っているようなので、その過程で出会ったのかもしれない。
「俺は少し席を外すけど、そこでそいつと遊んでいてくれ」
俺がそう言うと、彼らは頷く。そんな彼らを見ると、胸が痛む。
青い鳥と黒犬はこの子達を救う為に、行動しようとしている。俺もこの子達が幸せになって欲しいと思うが、あいつらを救わなければいけない。
そう、何があろうと、俺はあいつらを、あいつらの場所を守らなければならない。その為なら、悪魔でも心を売る覚悟がある。
―そんなことして、本当に後悔しない?―
そんな時、声が聴こえて来た。俺は後ろを振り向くと、子供達しかいない。
「……何か言ったか?」
俺がそう言うと、その子達は不思議そうな表情をして、首を横に振る。さっきのは幻聴か?
***
青い鳥はリオの家族に会う前に、「お家訪問する時は何か持っていかなければいけません」、と、ショップでいろいろなものを買っていた(恐らく、これらの費用はエイル三世陛下に請求するに違いない)。お菓子はとにかく、野外用品を買ってどうする。キャンプでもするつもりか、お前は?
「………これらのものをどうするつもりだ?」
流石の紅蓮さんも青い鳥の行動が理解できず、そう尋ねる。
「決まっています。リオの家族に彼が料理を振舞うのです」
青い鳥は野菜を持って、俺を指す。俺が料理を作ることは決定事項ですか。
「俺んち、キッチンなんてないよ」
リオは遠慮しがちに言う。
「そんなことはお見通しです。だから、これらの出番です」
青い鳥は野外用キッチングッズを取り出す。なるほど、だから、これを買ったのか。流石、青い鳥の観察眼と洞察力は馬鹿に出来ない。
「だから、楽しみにして下さい。彼の料理は絶品です。彼の料理の虜になった人間は数知れずです。この国の王も彼の虜です」
確かに、ハクが遊びに来るたびに、黒龍さんが重箱を持参している。俺の料理より、城のコックの方がおいしいと思うが。
「俺より、鏡の中の支配者の方が料理の方が美味しいと思うぞ」
俺の師匠さんのもうじき旦那さんとなる(強制的に)鏡の中の支配者の料理の腕も俺より上(魔法の腕ははるか上だが)である。
「確かに、鏡の中の支配者の料理はおいしいです。私としては、貴方と鏡の中の支配者のコラボ料理をもう一度食べたいです。あれは天下逸品です。是非とも、赤犬さんの結婚式の際は作って欲しいです」
青い鳥はそう言ってくるが、赤犬さんの結婚式は鏡の中の支配者の結婚式でもある。俺はとにかく、主役の彼が自分の結婚式の料理を作るとはおかしい構図だろ。
「その話は王都に帰ってから話し合います。赤犬さんは賛同してくれると思います」
「赤犬さんはな」
鏡の中の支配者が賛同するかは分からないし、そもそも、結婚式が実現するか怪しい。
「………王だって?あんたら、やっぱり軍とグルなのか?」
リオの表情が険しくなる。それを見て、疑心が確信に変わる。やはり、ここの軍に問題があるみたいである。
「王とは顔なじみですが、誤解してはいけません。王とは城のシステムをぶち壊す為に対峙した間柄です。宮廷騎士や宮廷魔法使いの入れ替え戦は私達の功績なんです。それに、ヴェスタで横暴していた教皇の悪事を暴いたのも私達です」
黒犬は弱い人達の味方なんです、と青い鳥はそう言う。すると、リオは目を輝かせ、
「すげえ」
青い鳥を尊敬するような視線で見つめる。青い鳥はと言うと、まんざらでもない様子をしている。もしかしたら、こいつはみんなに注目して欲しいのかもしれない。それなのに、自分は脚光を浴びずに、代わりに、俺がその脚光を浴びている。あいつはそれが不満なのかもしれない。俺はその所為で、赤犬さんに殺されかけているが。
「私達の華麗なる活躍を聞きたいのなら、貴方の家でたっぷり話をします」
こいつはそう言うと、リオは自分の家に案内する。
「………好き放題言わせといていいのか?」
青い鳥とリオの後ろを歩いている紅蓮さんは俺に話しかけてくる。
「言って止まるような奴だったら、苦労しません。それに、これはあいつがわざと撒いているみたいです」
後ろをちらっと見ると、先ほどのゴロツキの仲間と思われる人たちが俺達の後を付けている。彼らがどうして俺達を付けているのか分からない。だが、
「黒龍さん達は西の軍には俺達のことを話してないみたいですね」
もしかしたら、黒龍さん達は反乱軍をどうにかするよりも、軍の方をどうにかしてもらいたいのかもしれない。
「どういうことだ?」
紅蓮さんは怪訝そうな様子を浮かべる。
「ゴロツキがああ言うことをしているのは日常茶飯事のようです。どうやら、この街にはゴロツキ達の組織があるみたいです。軍がいながら、その組織の横暴を許しているのは何故でしょうか?」
それは簡単だ。
「軍そのもの、もしくは、軍の上層部が彼らと結託しているから。俺と青い鳥は有名になってしまったようで、貴族やお偉いさん達からはこう言われているそうです」
破壊魔、と。以前、青い鳥が不満そうにそう文句を言っていた。私は破壊魔ではなく、幸せを呼ぶ鳥だ、と。
それは仕方がないことかもしれない。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。被害者を助けるには、加害者の全てを壊さなければならない。
全てを幸せにすることなど不可能だ。幸せな人がいれば、不幸の人がいる。それが世界の摂理だ。だが、甘い蜜ばかり吸い続ける人間、絶望の中生き続けなければならない人間。そんな両極端な人生を歩ませるわけにはいかない。誰かを不幸にして、甘い蜜を吸って来たのなら、その人は裁かれなくてはいけないし、誰かの幸せの為に、絶望の中生きてきた人は救われなくてはいけない。
この世界は公平さがやや欠けている。だから、この世界には青い鳥のような存在は必要なのかもしれない。
絶望の中生きていかなければならない人達の為の救済者として。
「彼らと軍が結託しているのなら、彼らが俺達の後を付いてきてもおかしいことはない」
彼らは自分たちの行動で、青い鳥にヒントを与えてしまった。救うべき人は国ではない。民だ、と。
エイル三世陛下も青い鳥を送り込んだ時点で、ここの軍を擁護するつもりはないだろう。彼としては、軍の不祥事を知られることなく、それを壊して欲しい。だから、俺達を選んだ。妥当な選択だ。だが、俺としてはハタ迷惑だが。
「………そうか」
紅蓮さんも薄々感づいていたのか、驚いた表情はしていない。
「青い鳥、まだ着かないのか?」
俺は青い鳥に話しかけると、青い鳥がこっちを振りむく。
「リオの話によると、あともう少しです。お腹が減ったのですか?あともう少しの我慢です」
「それはお前だろ」
いつもお腹が減ったと言いだすのは青い鳥である。
「今日はそこまでお腹空いていないのです。汽車の中で食べ過ぎたのかもしれません。少し運動をしてきた方がいいかもしれません」
「それは珍しいな」
「そう言うことで、貴方達はリオと先に行って、昼食を作って下さい。私はお腹を空かせてきます」
ちゃんと私の分を残しておいて下さい、とこいつはそう言って、来た道を戻っていく。その行動にはリオは目を丸くする。
「人に案内させて、何勝手に行動してるんだよ」
リオは憤慨するが、あいつの自分勝手は今に始まったことではない。
「あいつのことは放っておいてやってくれ。あいつの名誉の為に言っておくが、それは君達の為でもあるんだ」
俺は彼にそう耳打ちして、後ろを見る。すると、俺達の後を付けていたゴロツキにフレンドリーに話しかけているあいつがいる。一方、リオは彼らが付いて来ていたのは知らなかったようで、驚いた表情を浮かべる。
「彼らの眼があいつに向いているうちに、君の家族の所に行こうか」
「………ああ」
リオはそう言って、裏路地に入っていく。迷路のような道を抜けた後、アパート跡と思われる場所に辿り着く。すると、その建物から3人ほどの幼い子供たちが出てくる。
「リオ兄ちゃん、この人達、誰?」
「だれ?」
「???」
男の子二人に、女の子一人。おそらく、彼らは5,6歳くらいの歳だろう。彼一人で、この子達を養うには人から物を盗むしか方法がなかったのだろう。この光景を見ると、やるせなさを感じる。
「俺達はリオ君と友達になったんだ。それで、彼の家族に会いたいって、無理を言って、連れて来て貰ったんだ。君たちともお友達になりたいんだ。親愛の証になるか分からないけど、これを持って来たんだ」
青い鳥が買いこんでいたお菓子を取り出す。すると、彼らは目を輝かせる。
「分け合って食べるんだよ」
俺が彼らにお菓子の袋を渡すと、彼らはそのお菓子の袋を開けて、食べようとする。
「こら、お菓子を食べる前に、お礼を言うのが普通だろ」
年長者であるリオがそう注意すると、
「ありがとう」
「ありがとー」
「あり、が、と」
子供達はお礼を言ってくる。
「そうか。気に入ってくれたら、こっちも嬉しい。後で、俺の連れも一人来るから、そいつとも仲良くして欲しい」
俺がそう言うと、彼らは元気良く頷く。いい子たちだ。
「そろそろ、昼食の時間だな。ご飯を作るとするか。口にあうか分からないけど、御馳走するよ」
少し遊んで待っていてくれるか?と、俺がそう言うと、彼らは頷く。
「………俺も手伝おうか?」
紅蓮さんはそう言ってくる。
「それは大丈夫です。リオが手伝ってくれるだろうから」
「何で、俺が手伝わなくちゃいけないんだよ」
リオは不満そうに言ってくるが、
「一応、尋ねるが、お前、料理を作ったことがあるか?この子をこのまま養うにしろ、料理は作れた方がいい。この子達に温かい料理を食べさせたいのならな」
俺がそう言い返すと、リオは黙り込む。
「そう言う訳で、紅蓮さんはあの子達の相手をしてくれるとありがたいです。子供が苦手なら、無理には言いませんが」
「子供の相手をすればいいのか?それなら、御安いようだ。昔はよく子供たちの世話をしていたからな」
「それはありがたいです。そうそう。なら、こいつを貸しますので、有効利用して下さい」
俺は頭の上に乗っているスノウの首を掴み、紅蓮さんに渡す。こいつは変な姿をしているが、子供に大人気だ。
「ああ」
紅蓮さんはスノウを受け取ると、彼らの元に行く。紅蓮さんにはお兄さんが一人いると言う話だったが、近所の子供達の世話でもしていたのだろうか?
「さて、邪魔が入らないうちに組み立てるか」
俺は青い鳥が購入した野外用品を取り出す。
「料理には火が必要だな」
俺は魔法陣を展開し、落ち葉をかき集めてから、炎を出す。その光景に、リオは呆然と眺めていた。
「普通なら、落ち葉をかき集めて、木の棒と木の板で火を起こすわけだけど、俺がそんなことしたら、時間がかかるからな。火の起こし方を知りたいのなら、青い鳥に聞けばいい。あいつは野性児だから、それくらい簡単にやってのけるだろうから。魔法でこれをしたのは青い鳥には言わないでくれ」
青い鳥に文句言われるから、と俺がそう言うと、
「分かった」
リオはそう言って、頷く。
「兄ちゃん、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「兄ちゃん達はどうしてここに来たの?観光目的じゃないんだろ?どう見ても、兄ちゃん達は観光客に見えないし、素人の俺が見ても、兄ちゃん達は只者に見えない」
リオは真剣な眼差しで見る。まさか、子供に観光客ではないとばれてしまうとは、少しパフォーマンスが過ぎたか?
「よく分かったな。まあ、半分正しくて、半分違うと言っておくか。確かに、観光でここに来たわけではないが、あいつは観光気分で来ているからな」
旅費はエイル三世陛下持ちとは言え、これはいつも恒例の青い鳥のボランティアだ。少なくとも、あいつはボランティア活動のオプションに観光が付いてくると思っている。
「君達に近づくことはあいつのお人好し癖による行動だ。深い意味はない。あいつの言ったとおり、軍に君を引き渡すことはない。もしかしたら、あいつは君達にこの街の状況を聞きたかったのかもしれないがな」
あくまでも、それはついでだと思うが。あいつは困っている奴を放っておけない。だから、リオを助けた。それだけだ。ボランティアとは見返りを求めないものだから。
「この機会だから、尋ねるか。いつから、この街の軍はあのゴロツキ達と手を結んだ?」
俺がそう尋ねると、リオは驚いた表情を浮かべるが、
「………お兄ちゃん、来たばかりなのに、良く気付いたね」
「何処かの誰かさんのお陰で、そう言った観察眼は鍛えられたからな」
あいつと行動していれば、嫌でも身に着く。
「まあいいや。俺もよくそれは分からない。あいつらがこの街でやりたい放題士始めたのは十数年前からみたい」
リオはそう答える。先代が亡くなるまで戦争ばかり目がいって、この辺境地まで目が向けることができなかったから、この街を守るべき軍が義務を放棄し、無法地帯となってしまった。この問題も先代の置き土産と言ってもいいかもしれない。
だからこそ、エイル三世陛下が乗り出したのかもしれない。
「………それで、反乱軍が出来た、か。自然の流れだな」
あのまま、民の怒りが起きないはずがない。今、怒りが頂点に達し、この街の平和を手に入れようと、立ち上がった。
それなら、俺達は彼らの邪魔をするつもりはない。だが、それで、国が再び混乱するのは避けたい。それなら、軍の蔓延った仕組みを一度壊す。それは俺達がすることだろう。どうやって、壊すかは青い鳥に一任しよう。本人は認めないとは思うが、人に不幸とトラブルを運ぶことはあいつの右に出る者はいない。この街を蔓延った仕組みを壊してくれるだろう。
「兄ちゃん、反乱軍のことを知っているのか?」
「それはそうだろ。俺達がここに来たのは彼ら絡みだ。彼らと接触する為に、あそこまで大事にして、俺の名前を振りかざしたのだから」
そうでなければ、誰がすき好んで、自分の名前を知らしめるようなことをするか。
「まあ、君を晒しものにしたことは謝るが、こっちもそうするしかなかった」
「………別にそれは俺も悪いことをしたのだから、お互い様なのかもしれない。でも、反乱軍と接触してどうするのさ?よく反乱軍と軍が衝突しているのを見るよ」
反乱軍は武闘派が多いと言う話だよ、とリオは言う。
軍と拮抗できる実力を持つなら、相当の実力者だろう。だが、全てがそうと言うわけではないだろ。軍と戦い続けることができるのなら、とても統率がとれているのだろう。なら、トップ、もしくは、側近辺りに、キレ者がいると思っていい。話し合いだけなら、応じてくれるだろう。
その時は青い鳥さんだ。化かし合いなら、あいつの得意技だ。
「………美味しい匂いです。流石、黒犬さんです」
タイミング良く、青い鳥さんが現れる。わざと、俺の魔法名を出すと言うことは……。
「君があの“黒犬”か?」
どうやら、餌には喰らいついたようである。俺が声の方向を見ると、青い鳥と坊主の男がいた。坊主の男はいかにも武闘派と言う感じである。
「初めまして。魔法使いのしきたりで、名前を名乗れませんが、どうぞ黒犬とお呼び下さい」
「………そうか。俺はダズと言う。お見知り置きを」
「黒犬さん、紅蓮さんはどうしました?彼にも紹介したいのですが?」
青い鳥は紅蓮さんの姿が見えないので、きょろきょろ見回す。
「紅蓮さんは子供達の遊び相手だ。近くにいるはずだ。そろそろできるから、呼んできてもらっていいか?」
「それなら、お安いご用です。ダズさんにもご飯を食べて貰いたいのですが、ご飯は足りますか?」
「お前が腹いっぱい食べなければな」
なんせ、こいつの胃袋はブラックホール級だからな。
「ムウ。酷いです、と言いたいですが、今回は腹八分目しか食べません。なので、ご心配なく」
では、探してきます、と青い鳥はそう言って、紅蓮さん達探しに行く。
「………ここは子供たちで暮らしているのか?」
ダズさんは周りを見回して、そう呟く。
「だったら、どうだって言うんだよ」
リオは喧嘩腰で。言ってくる。
「君は少し目上に対するマナーがなっていないようだな。まあ、こんなところではそれを教えてくれる人なんていないと思うが」
「何だと!!」
「………リオ、喧嘩腰は止めておいた方がいい。君みたいな子供が大人に勝てるはずがないだろ?ダズさん、気を悪くしたのなら、謝ります」
俺は謝罪をするが、子供相手に喧嘩を買うほど、彼も大人げないことはしないと思うが。
「俺は気にしていない。むしろ、子供は元気な方がいい。これで、彼女の出した条件の意味が分かった」
どうやら、青い鳥は俺を紹介する条件として、何かを約束させたらしい。あいつのことだ。おそらく、ここの子供達の為だろう。
あいつは関わった人間を放っておくことなど出来るはずがないから。