四 懸念事項などない
結論から言って、私プレゼンツの秋篠鳴海初見イベントはなかなか良い感じじゃあなかったでしょうか!
難を言えば、ちょっと鳴海くんの態度が悪かったですが! 美鈴ちゃんの笑顔も揺るがなさすぎましたが!
思えば4限目明けの昼休みというのも微妙なポイントだったのだと思います。弟は寝起きが悪く、きっと4限目は爆睡をかましていたのでしょう。私の顔を見たときはいつものかわかっこいいスマイルだったのですが、眠気がきっと晴れてなかったんですね。美鈴に対する自己紹介が、あまりにぶっきらぼうで思わず注意してしまいました。ら、どうして私を睨んだ。
美鈴がおっとりさんでよかったです。気にしないでと笑ってくれて、「こんにちは、ほのかちゃんの親友の花野美鈴です」と自己紹介したので、私は少しだけ胸がきゅんとしました。親友って響きが、こんなに面映ゆくて嬉しいものだったとは。その後続けて、「話をするの、は、初めてですね」とにこにこする美鈴の笑顔は完璧で、私はタルトを食べようと思いました。タルトの甘さが必要です。ここには、今すぐ。
タルトを一口食べた鳴海の顔が、目に見えてふわりと綻びました。流石好物。ストロベリーマジック。「おいしい?」と尋ねると、身長が伸びてもこれだけは変わらない昔と同じ笑顔で「おいしい」と言ってくれました。くう、可愛いんだぜ。
「本当に美味しいよね、ほのかちゃんのお菓子。お休みに一緒に作るのもどれも美味しいし。これも美味しいけど、昨日2人で食べた作ってすぐのも美味しかったぁ。2人で」
ふわふわと笑いながら、美鈴も同意してくれます。
鳴海はまだ眠気が取れないのでしょう、一度ゆるんだはずの眉間にまたぎちッと皺を寄せています。食べて、もっとタルト食べていいよ。美鈴も食べようか。ね?
「俺、久しぶりにほのかちゃんのケーキ食べたな。俺にも、またお菓子作ってよ」
ちょっと拗ねるように、甘えるように鳴海が唇を尖らせました。もちろんだと笑うと、ようやく鳴海も笑い返してくれます。うん、笑顔の方がいいよ。
「なんでも作るよ」
「ほのかちゃんは、俺のためにお菓子作りの腕磨いてくれたんだもんね」
「元々好きだったのもあるよ。もちろん、鳴海が甘いもの大好きだったのも理由だけど」
「つまり、俺のためでしょ」
鳴海の笑顔が輝いています。笑顔の方がいいんだけど、ちょっと輝きすぎです。何事もほどほどですよ、鳴海くん。そして、美鈴さん、もちろんあなたも笑顔の方がいいんだけど、やっぱりちょっと輝きすぎです。もう少し表情筋動かした方が、お顔のためにもいいと思うんです。とりあえず、タルトを、タルトを食べましょう。お茶、お茶とか飲んで! たまには笑顔も休憩しないと!
そんな感じで、初見イベントは終始笑顔で無事終了しました!
ということは、成功ですよね! 笑顔に始まり笑顔に終わった!
これって、成功ですよね!
――すいません。思ったことがあっても、今だけは口にしないでください。私、今、結構一生懸命なので。すいません、落ち込んでます。……大好きな2人に仲良くなって欲しかっただけなんだけどなあ。
放課後、弟を叱り飛ばすと拗ねた顔でしぶしぶ初対面ではないことを認めました。詳細までは語りませんでしたが、どうもあまりよくない対面だったようです。そういえば「話をするのは」とか、やたら語尾強調で美鈴も言っていたもんなあ。どんな初対面だったんですか、あなた達。
しかしそれにしてもあの態度はないと説教すると、完全に拗ねきった顔で余所を向かれました。
「鳴海!」
「だって最近、ほのかちゃん、全然俺のこと構ってくれないじゃん……。折角同じ学校なのに、話もほとんどしないし。別にしたいわけじゃないけど」
怒られてしぶしぶ此方に顔を向けぶすっと言う様子に、不覚にもブラコン心がきゅんきゅんしてしまいました。ほんと可愛いなお前! 話したいんだね、したかったんだね。
「別に食べたいわけじゃないけど、俺には前ほどお菓子作ってくんないし」
さっきは作ってって言ってたじゃん。何だか本当に可愛くなって、頬がゆるむのが我慢できません。するとますますぶすくれるので、ますます可愛くって、……ああ悪循環! このシスコンめ! ブラコン姉にシスコン弟って端から見たら引きそうだけど、当事者にとってはたまらんのじゃないか、今の私みたいに。でも、姉を卒業して可愛い恋人を見つけて欲しい気持ちも寂しいけれど確かにあるので、最終的に私の表情は苦笑に落ち着きました。
「いい加減、シスコン卒業しなよ。――でも、確かに、最近全然鳴海と遊んでなかったなあ。次の日曜、嫌じゃなかったらお姉ちゃんとデートしよっか」
じゃあほのかちゃんが見たがってた映画に行こうよ、とそれはもう嬉しそうに弟が笑うので、機嫌が直ったからまあいいかと思う私は色々目をそらしているという苦情は受け付けていません。
その晩、今度は美鈴に弟の非礼を謝罪すると、笑って首を横に振ってくれました。うん、その笑顔がいいと思います。胸がきゅんとする笑顔です。
でも「謝罪の代わりじゃないけど、日曜、ほのかちゃんが見たいって行ってた映画、私も見たかったからつきあって欲しいな」と言われ、先約があると断ると凄く落ち込まれたので、何とももうしわけない気持ちになりました。その後映画の相手が鳴海だと知ると、再び輝く笑顔を見せられて、今度は胸より下の辺りがきゅってなりました。胸より下の辺りです。具体的な内臓名とか指摘する必要性を感じません。今夜のご飯は優しい味付けのものだといいなと、なぜかちょっとそんな気持ちになりましたが、それだけです。
何も、何も、目をそらしてなんか、ないんだからね!
残念なことですが、原因もよくわかりませんが、鳴海と美鈴は相性がよくないようです。本当ならば私が鳴海と見に行った映画も、鳴海と美鈴が見に行くイベントとして存在するものでした。鳴海に関してはイベントの予知が立たないので、もしかするとゲームと同じように最悪印象から恋が花開くこともあるかもしれませんが、その可能性は当人達に任せましょう。私が間に入ることでもないと思います。入らない。絶対に。
しかしよくよく考えますに、やっぱりラブドラマ起きればおもしろーい、なんていう傍観者スタイルで友人の恋路を見守るのはよくないのではないでしょうか。親友とまで言ってくれた相手に対して、そのスタンス。褒められたことではないように思います。彼女の幸せのために、少しだけ他の人よりも手札の多い私が助力してあげられることって、凄く凄く多いんじゃないのか。――などと考えている内に、6月になっていました。