二章 十一話 始まりの物語
「和華奈ぁー」
講義を終えて校舎を出たところで、聞き慣れた声が飛んできた。
振り返ると、久遠が大きく手を振っている。
周囲の学生たちが思わず視線を向ける。
それも仕方ない。
年齢不詳どころか、どう見ても同年代の女子学生にしか見えないのだから。
久遠は当たり前のように和華奈の隣へ並んだ。
最近の久遠は少しおかしい。
よく笑うし、よく喋る。
それに・・・・・・距離が近い。
以前なら、『伊東さん』あるいは『先生』
そう呼んでいた。
けれど今は違う。まるで昔からそうだったかのように名前を呼ぶ。
『和華奈』
それだけなのに、胸の奥が少しだけくすぐったい。
父の過去を知って数週間、まだ完全に整理がついたわけではない。
けれど久遠は、そんなことを気にする様子もなく、隣にいた。
それがありがたかった。
考え込む暇を与えないくらいに・・・久遠は和華奈の手首を軽く掴む。
「ご飯、食べにいこ」
「急だね」
「何を食べよっか」
「んー、学食って気分じゃないなぁ~」
恥ずかしいから大学外で、食事をしたかった。
あと、久遠が手を放してくれないから・・・嬉しいけど恥ずかしい。
「オーケー」
久遠は即答した。
「じゃあ駅前の先日オープンした洋食屋行こ」
「決めるの早っ」
「迷うとお腹空くから」
「それは知らなぁーい」
「大丈夫、個室で予約も入れてあるから」
『なんて用意周到なんだろう・・・私が断ったらどうするつもりだったの?』
気付けば手首ではなく、手を握って歩いていた。
底抜けに明るく振舞ってくれる久遠を見つめながら・・・
父の話を聞いてしまった以上、自分もいつか普通とは違う道を歩くのかもしれない。
けれど不思議と怖くない、隣には久遠がいたからだろうか。
ずっと一緒にいられたらいいな。
気付けば、口元が緩んでいた。
今日は何を話そう。
父のことは聞いた。
母のことも聞いた。
けれど、考えてみれば久遠自身のことは何も知らない。
どこで生まれたのか。
どうして今も生きているのか。
これまで何を見てきたのか。
聞きたいことはいくらでもあった。
時間はたっぷりある。ゆっくり話を聞こう。
まさかその物語が、神代から続く、久遠自身の喪失の記録だとは・・・・・・
まだ知らなかった。
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