28.愛さずにはいられない(キルステン視点)
僕は彼女の言葉に何も返せなかった。
『人を好きになって、美味しいご飯を一緒に食べたい』
そんな言葉に共感して良い立場ではない。
それなのに、彼女の言葉に僕は吸い寄せられた。
父に愛されて食事を共にしたかった。
しかしながら、父は死んだ母のことばかり。
僕も父と同様の人間だ。
明らかに僕にそっくりな顔立ちとアメジストの瞳を持つフランシス。
彼を目の前にしても、全く愛情が湧かなかった。
ただ、フランシスの存在を利用すればビルゲッタを縛れると思っただけだ。
フランシスを手放そうとしないビルゲッタは子にも大きな愛情を持つのだろう。
ビルゲッタを取り戻したら、僕がフランシスに嫉妬せず二人を愛せば良いだけだ。
「聖女アルマとお前は繋がっている。ならば、ビルゲッタの呪いを解け、其方の願いはなんでも聞き入れよう」
「はぁ⋯⋯皆様、どう思います? 結局惚れた女の為に平気で帝国を差し出す男が次の皇帝です。皆でこの場で始末を付けませんか。私は聖女と共にこの帝国の発展に身を焦がす思いです」
溜息と共に綴られたグロスター公爵の言葉に同意する騎士がいてもおかしくない。
ここにいる近衛棋士たちを信用しているが、人の心は分からない。
「始末をつけるなら、今ここでグロスター公爵閣下! 貴方を切ります!」
父が粛清したアボット公爵家の遠戚でもあるモリンダ子爵が剣を振り上げた。
まだまだな僕は慌てて予想外の行動をする。
彼の振り上げた剣を手で掴んでしまった。
手から鮮やかな鮮血が流れる。
「ありがとう。僕の為に怒ってくれたのだな、モリンダ子爵」
「違います! ビルゲッタ様が侮辱されるのが許せなかっただけです」
はっきりと言い返すモリンダ子爵は嘘をつけない人なのだろう。
そういう信用できる人間は必ずビルゲッタを好きになる。
『キルステンが大きかったから』
顔を真っ赤に染めた彼女の言葉が脳裏に過ぎる。
比べる対象もないくせに男を煽るような言葉をさらっと吐くビルゲッタ。
僕を無償の愛で満たし、不安にさせる困った存在。
でも、そんなファムオブファタルに魅せられたのは僕だけではなかったようだ。
「グロスター公爵を捕えろ」
「ビルゲッタ様に呪いを掛けたのなら解け!」
騎士たちが目の色を変えている。
彼が何を企んでいるのかは現時点で分からない。
ただ、僕のビルゲッタに火の粉がかかるならば制裁すべきだと思った。
帝国に住む民がどう思おうとかまわない。
昼間は猫の姿をしている妃でも良い。
それでも側にいてほしい。
この狂おしい程に策略の巡る黒い世界に、純粋で努力家で僕を好きなだけなビルゲッタといたい。
そんな気持ちだけが疲れ果てた僕の体を突き動かしていた。
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