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96.理解はしても


 結局はゲオルグの提案した通りになった。この結果を彼はどう考えているのだろう。だから言っただろうと笑っている?きっとそうに違いない。愚かな世間知らずな娘だと嘲笑っているのだ。


 しかしあの場で一番冷静だったのは間違いなくゲオルグだった。事が終わった今だからこそアンネマリーはそう思う。しかし、あの時はなんと非情な人だと激昂した。


 何故人を殺す事を厭わないのだろう、どんなに黒くてもリリーはリリーだ、どうして殺すという選択肢が取れる?と意味が分からなかったのだ。


 あの時、アンネマリーが守りたかったものはリリーだったが、ゲオルグは全体を俯瞰で見ていた。だからあの提案を簡単にしたのだ。彼は悪くない、今はそう思える。しかし、思えはするが発言を許せる程消化は出来ていない。


 アンネマリーはゲオルグからの品を蓋も開けずにじっと眺めた後、手に持っていた手紙を箱の上に置いた。当然中身は見ていない。どんな内容なのか知りたくもなかった。


 アンネマリーは入り口にいる侍女、ナディネを呼ぶ。


「ナディネ」


 するとナディネは表情を崩さず腰を僅かに曲げ、礼をする。頭を下げながらナディネはその声に答えた。


「はい、アンネマリー様」


 ナディネが返事をすると同時にアンネマリーはゲオルグから送られて来た見舞いの品を指差した。

 

「これあげるわ」


 ナディネは驚いた顔をした。それはそうだろう、主人が貰ったプレゼントを自分にあげると言うのだから。その心境は複雑である。


「いえ、頂けません。これはアンネマリー様への贈り物ですので」

「いいの、私の事は気にしないで貰って」


 拒否をするナディネをアンネマリーは手招きし、近くへ呼び寄せる。複雑そうな顔をしたナディネはおずおずと歩き出した。きっとナディネはこの贈り主が誰だか分かっている。何故なら部屋へ運び込まれる品の中でこれを一番に気にしていたからだ。

 分かりやすい態度に笑みが溢れる。


 あの日、共にバルト子爵邸に居たナディネ。カーティスとゲオルグに伝言を頼んだ為、彼女は無事だった。再会できたのはこの屋敷に帰って来てからだ。会うなりナディネは泣きながら謝罪してきた。別にナディネが謝る事など何も無かったのに。


 後から知った事だが、ナディネも怪我をしていたらしい。瓦礫で足を切ってしまったとの話だ。アンネマリーと再会した時は既に包帯も巻いていなかったので気付かなかったが、その事実にアンネマリーは胸が苦しくなった。


「はい、これ」


 傍に来たナディネに問答無用で箱を渡す。ナディネは困惑していたが、手に持った箱を主人に突っ返せる度胸もない。

 それに、だ。


「ありがとう、ございます」


 仄かに桃色に染まった頬は、何よりも雄弁にそれを語る。思いを寄せる人物との繋がりが持てる喜びを。

 アンネマリーはそれを微笑ましく見ながら、ナディネに一度荷物を置いて来たら?と伝えた。ナディネは申し訳ないと謝罪しながら大事そうに箱を抱え、出て行った。そんな愛らしい後ろ姿を見送った後、何も手紙は渡さなくても良かったと思い至ったが、追い掛ける事でもない。後で手紙だけ返して貰おうとアンネマリーはまだ残る品を一つ一つ開けていった。


 箱を開けつつ、手紙に目を通す。小さなテーブルを近くに置き、返事も書こうとしたがどうにも手が動かない。もう何通も後回しにし、残る手紙は片手で足りる程。

 書こうとしても何と返事をすれば分からないのだ。どの手紙も心配の声が多い。それはそうだ、アンネマリーは休養しているのだから。しかし、自身を心配する文字を目でなぞる度、胸がどうしようもなく苦しくなる。


 自分は友人を欺いている、そんな気持ちがアンネマリーを苦しめた。


 そうして自分宛の手紙を開きながら、固まっているとノックの音が部屋に響く。アンネマリーは扉を一瞥もせずそれに返事をした。


「どうぞ」


 開いた扉から顔を覗かせたのは侍女だ。侍女は軽く頭を下げると来室者を告げた。


「ヘルムート様がいらっしゃいました」

「お兄様が?」


 アンネマリーは手紙を机に置き、立ち上がる。まだ陽も暮れていない内にヘルムートが家にいるのは珍しい事だ。どうしたのだろうと入り口を見ていると自分と同じ髪色をした兄が現れる。


「アン」


 ヘルムートは驚いている妹の名を呼んだ。そして勧めてもいないのにソファーへと向かう。話し込む内容なのだろうか。少し不安を覚えたが、アンネマリーもソファーへと足を向けた。


「お仕事は良いんですか?」


 ヘルムートの正面に腰掛けたアンネマリーは疲れた様子の兄へそう声を掛ける。ヘルムートは前屈みに座り直し、頷いた。


「ああ、今日は早番だったからな」


 毎朝、朝食を一緒に取っている為、早番というシフトがあるとは思わなかった。アンネマリーはそういうものかと疑問に思いながらも納得する。あまり朝が早くない早番もあるのだろう。


 ヘルムートは腑に落ちてなさそうなアンネマリーの顔を一瞥したあと、視線を斜め前へと外す。何度か考える様に視線を彷徨わせた後、浅く息を吐いた。


「実は王太子が近々アンネマリーに会いたいと言って来た」


 ヘルムートの口から聞かされた言葉にアンネマリーは暫し固まった。予想外とは言わないが、アンネマリーにとって喜ばしくない申し出である。

 彼が言いたい事が想像出来、アンネマリーの眉根が自然と寄る。

 

「何故、と聞いても?」


 予想は彼の婚約者の話、つまりはあの魔石の事だろう。だとしたらもうアンネマリーは関わりたくは無かった。

 しかし、もしかしたら別の件かも知れないと理由をヘルムートに訊ねたが、首を横に振られてしまう。


「理由はおれも分からない。だが恐らく、あの事件の事だとは思う。気が進まなかったら断っても良い。父上もそう言っている」


 兄が父に前もって相談をしていてくれた事にアンネマリーは少し驚く。それと同時に申し訳なさも感じた。そしてそこまで庇護される存在なのかと情けなくもなる。だがボロボロの姿を見せた事も確かなので仕方がない事なのだろう。


 正直行きたくはない。だが、そこまで守られていると思うと「行けない」というのは甘えている気がして言えない。


 アンネマリーはふっと微笑んだ。


「王族の誘いは断れないわ」

「それでも良いと俺達は思っているが」


 本当にそう思っているのだろう、

 ヘルムートの声は強い。しかしアンネマリーも首を横に振り、自分の意思を主張した。


「会います」


 ヘルムートは暫し黙った後、深い息を吐く。


「無理はするな」


 その声はアンネマリーが驚く程、心配そうな声色であった。




次回更新は明日16時頃。


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