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95.休養


 その後、マンネマリーは再び気絶するように眠りに落ちた。次に目を覚ますと、ずっと横に居たのかギュンターがアンネマリーの手を握っておりその温かさにまた泣きそうになる。


 「おはよう」と、腫れた瞼を薄く開けるアンネマリーに微笑み掛けたギュンターはそっと慈しむようにアンネマリーの額に口付けた。

 子供の頃は毎晩されていた額へのキス。年齢が上がるにつれ自然と消えた挨拶はアンネマリーの涙腺を再度緩ませた。目頭からぽろりと涙が溢れる。


「帰ろうか、家に」


 優しい声にアンネマリーはこくりと頷いた。此処が家で無い事をうっすらと分かっていた為、何度も細かく頷く。此処が何処かは知らない。しかしアンネマリーは1秒でも早く家に帰りたかった。

 

 ギュンターはそんなアンネマリーの手からゆっくりと自身の手を離すと、上体を起き上がらせようとしたアンネマリー背中を支え、補助をする。

 改めてベッドの天蓋を見れば、何層にも重なる繊細なレースに重厚なベロア生地という豪華なものだった。しかもレースには所々宝石が編み込まれているのか外の光を受け光り輝いている。宝石がついていれば下品な感じになりそうなものだが、そんな事を感じさせないのは涼やかな図案のお陰だろうか。

 そしてその天蓋を支える柱はどの職人が作ったのかと詰問したくなる精巧な花と蔦が彫り込まれ、思わず視線が下から上へと動いた。


 (凄いベッド……。寝るだけなのに)

 

 寝起きと泣いた事で頭がぼーっとしていたが、それでも凄いと思える造り。アンネマリーは頭の中にひとつの事が浮かぶ。


 もしかして、と口にするよりも早く思考途切れさせる様に部屋をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 頭が働かないアンネマリーの代わりにギュンターが返事をする。ベッドのヘッドボードに背中を預けた体勢で開く扉を見ていれば部屋へ入ってきたのは兄であるヘルムートだった。


 ヘルムートは起きているアンネマリーを見て、一瞬目を見開いたが直ぐにほっとした顔をする。その顔にどう答えて良いのか分からず、アンネマリーは表情の抜けた顔で兄を見つめるに留めた。


 ヘルムートは起きても尚、虚なアンネマリーに何を思ったのか、少なくとも喜びではないだろう、僅かに顰めた眉寝を直ぐに戻すと短く息を吸った。


「帰れそうですか」


 そして視線をアンネマリーからギュンターへと移す。二人とも帰る話をしている事から最初にそういう話をしていたに違いない。


 ギュンターはアンネマリーの顔を見てから大きく頷いた。


「……ああ、帰ろう。此処は落ち着かないからね」


 ギュンターの言葉にヘルムートは溜息混じりに口を開いた。

 

「先程はフェリクス殿下が来たとか」

「その前はカーティス殿下も来たよ」


 苦笑を含んだギュンターはその顔のままアンネマリーへ視線を向ける。「ね」と同意を求められたが、アンネマリーには存ぜぬ事である。しかしこの会話でアンネマリーは此処が王城の一室である事を理解した。でなければ二人の王子が来る事などあり得ないのだ。


「色んな人がアンネマリーを訪ねてきてね、もう私も疲れてしまったよ」


 ギュンターは本当に疲れたのだろう、眉を下げ微笑むと柔らかい手つきでアンネマリーの髪を撫でた。


「帰ろう、アン」


 アンネマリーはそうして家族と共に家へと戻ったのであった。



 家に帰ってからもアンネマリーは自室で過ごしていた。辛うじてベッドからは起き上がっているが、座っている場所がベッドか椅子かの差である。対して動いてはいない。


 学校も暫く休みとした。アンネマリーは行けと言われれば行けると答えたが、ギュンターが大事をとって休ませた形だ。泣きじゃくる娘を見たからだろう、無理はさせたくないようだ。

 

 それとバルト子爵領での出来事が新聞で報道された事もギュンターが学校を休ませた理由の一つである。

 どうして新聞に記載されたのかは知らないが、当事者でなければ知らないような事が書かれている新聞は今国民の注目の的だ。リリーの事は濁して書かれてはいるが、アンネマリーの事は詳細に書かれていた。それも悪評ではない、魔物を倒した英雄の様に書かれているのだ。

 その見た目も相まって女神の降臨だとも書かれていた。

 自分の娘を賞賛されるのは嬉しいものだが、今回はその賞賛も煩わしい。

 何故なら娘は「人を殺した」と苦しんでいるのだ。


 人を殺して賞賛されていると知ったらまた深く傷付くに違いないのだ。


 ギュンターは屋敷に入ってくる情報を全てシャットアウトし、アンネマリーには静かな生活を送ってもらっている。


 今は何もしないのが一番治療に良い。


 そんな父の思惑通りにアンネマリーは日がな一日、窓から外を眺めていた。雲の流れを見ているだけで一日が過ぎる日々。


 突然涙が込み上げ、滂沱の涙に濡れる事もあったが段々と心が平穏に近付いてきた。


「今日のお見舞いの品です」

「ありがとう」


 窓辺の椅子に座り、庭師の動きを見ていると侍女がいくつもの箱を部屋へ運び込んでくる。

 実はアンネマリーが家で療養を始めてからこうして見舞いの品が届く様になったのだ。中身や手紙は一度改められているのか、開封済みで届く品にアンネマリーは腰を上げると一つ一つ確認していく。


 カーティス、サラ、他のあまり知らぬ人達、どれも労る言葉で綴られており、カーティスだけは代筆な事が分かった。

 正直送られてくる理由が分からぬアンネマリーは流れ作業の様に中身を改めていく。その中の一つにあまり好きではない名前を見つけ、アンネマリーは眉を顰めた。


「ゲオルグ・トレッチェル……」


 それは笑いながら残酷な提案をした男の名だった。




次回更新は明日16時頃。


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宜しくお願い致します。

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