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60.魔石と宝石


 フェリクスはアンネマリーの質問に言葉を無くし、暫し考えているようだった。視線を上に向け、顎に指を置く。険しいと言うよりも何か楽しい事を考えている様な表情にアンネマリーは違和感を覚えた。


 婚約者の事であれば、もう少し険しい顔をしたり心配そうな顔をしても良いと思うのだがそれとは対極な顔をしている。どういう感情のもと、そんな表情をしているのかフェリクスの頭の中を少し覗きたくなった。


「……………」


 何となく良く喋る人なので、そんなに長考しないと思っていたのだが思った以上に返事がない。無言の空間に居心地が悪くなりかけた時、フェリクスが漸く口を開いた。


「考えてみたけど、確かに言われてみればここ三ヶ月位は浮き沈みが激しかったかも知れないなぁ。笑って話していても突然泣いたり、しかも笑顔のままボロボロ泣くんだよ。どうしたの?と聞いても自分が泣いてる事にも気付いていないんだ。頬に触れて、初めて自分が泣いてる事に気付いて、どうしたのでしょう?と首を傾げてね。かと思ったら何も無いのに笑い出して、まあそれは楽しいのであれば良いと思って微笑ましく見ていたけど、もしかしたらそれも何かの兆候だった可能性があるのかな」


 鬱病とも取れる症状だ。何とも言えない。王妃教育やお喋りなフェリクスを負担に思って、そうなる可能性もある。いかんせん、アンネマリーには情報が少なかった。何故なら実際にクラリッサを見た事がない。正常な時も、病んでいる時も。だから言われても何がおかしいか何て分からなかった。

 もしかしたらクラリッサが年齢と共に涙腺が緩くなってきただけとか、妙に笑いたくなる時があるとか、可能性が幾つも浮かんでくる。どれもしっくり来ないが、何も知らないアンネマリーには正直どれでも良かった。きっとフェリクスはクラリッサの事を聞きたいと言うよりあの演習の事を聞きたがっていると思ったからだ。そこにクラリッサの病の原因があると信じて。


 アンネマリーは自分が関連があるかもしれないリリーのペンダントの事を口にした。


「わかりません。ただあの演習で問題のペンダントをしていたリリー・バルト子爵令嬢に限ってはですが少しおかしかった気がします」

「彼女は元からああじゃなかったか?」


 アンネマリーの言葉にエドウィンがすかさず反応する。


 確かにエドウィンからしてみればそうかも知れないが、アンネマリーはリリーが初対面の時より途中から少し変わった様な気がしていた。親しくもなかったので、嫌われ具合が加速しただけかとも思っていたのだが今考えると少し違う様な気もする。勘というか感覚というかそんな不確実なものだが。


「そうかも知れないけど、ある時から少し過激になった気がしたの。エドとかカーティス殿下の前で猫を被るのは一緒なんだけど、それに加えて私を貶めようとする行為がプラスされたというか……、いや前からそうと言えばそうなんだけどなんか、その……変わったのよね…感覚的な事だから上手く説明出来ないけど」


 アンネマリーは何という言葉が適切なのか、答えに詰まりながら伝えようとした。だが、自分でもあまり理解出来ていないので上手く伝える事が出来ない。もどかしさから小さな声が自然と漏れる。


「うー………」


 眉間に皺を寄せ、口を少し歪ませながらアンネマリーが考えていると、フェリクスが何かを閃いた様な顔をした。


「今思ったんだけど、クラリッサの症状が悪化したのはシトリンの指輪をし始めてからかも知れないな」


 アンネマリーはフェリクスの言葉を繰り返す。


「指輪、ですか?」

「そう指輪。いつも右手の人差し指にはめていたんだ。大体日で変えるのにそれだけはずっとしていてね、余程気に入っているのだろうと思っていたけど、もしかしたら違ったのかもね」


 フェリクスは肩肘をついて、紅茶に口を付ける。あまりお行儀の良くない態度だが、今この場にそれを咎められる人は居ない。そして何よりそれを行儀悪いと見る者も居なかった。フェリクスの目の前の二人は『シトリンの指輪』という単語に思考を巡らせており、その飲み方自体見ていなかったのだ。


 ペンダントと指輪。どちらもアクセサリーだ。どちらにも石がついている。ただ違うのはリリーのペンダントに付いていたのは恐らく魔石、クラリッサの指輪はシトリン、つまり宝石だ。


 リリーのペンダントの台座は特に問題が無いと既に結果が出ている。なのでペンダントに付いていた石が問題だったのだろうと結論づけられた。だとしたらそのシトリンの指輪はリリーのものとは違う筈だ。何故なら宝石である。


 だがフェリクスはその指輪がおかしいのではないか?と言う。横のエドウィンはまだ思案顔をしていたが、アンネマリーは気にせずフェリクスに尋ねた。


「それは、殿下が差し上げたものですか?」


 その質問にフェリクスは目を丸くして笑う。


「いや、僕では無い。誰かから貰ったのか、自分で買ったのかさえ分からない。僕は別に自分があげたアクセサリーだけをつけて欲しいなんて思う質ではないからね。新しいの付けているな、くらいにしか思わなかったんだ」


 意外と淡白な性格らしい。アンネマリーは『そうなんですね』と相槌をうち、エドウィンを見た。強い視線を感じたからだ。


 エドウィンはアンネマリーと目が合うと小首を傾げた。


「アンはリリー・バルトのペンダントもそうだが、クラリッサ嬢の指輪も呪いをかけられていると考えているのか?」


 直球な質問にアンネマリーは少し狼狽えた。

 そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。つまりわからないのだ。


 そもそもクラリッサの指輪の石は普通の宝石。基本的に純正な宝石に呪術を掛けるのは出来ないと言われている。魔力も呪力も入りずらいらしいのだ。だが、反対に魔石は魔力や呪力の影響を受けやすく、加工しやすい。石の種類によって使用方法と効果は違うが、リリーの暴走がそれによるものだと考えれば、一部は腑に落ちる。あれのせいだと正直3割程は考えているが、それを決定させる証拠も理論も今のところはない。証拠に限っては今後出てくる事は無いだろう。


「いえ、リリーさんのはその類かもしれないけど、クラリッサ様のは違うと思うのよね。シトリン、宝石でしょう?リリーさんのは恐らく魔石だと思うし」


 アンネマリーは自信なさげに二人の様子を伺いながらそう言った。

 二人とも宝石に魔力を込める事が出来ない事を知っている。なのでアンネマリーの言葉に素直に頷いたのだが、ゆるく頷いていたフェリクスがピタと動きを止めた。


 口元に指を置き、斜め上の空中を見たフェリクスは瞬きも少なく何か考える素振りをした後、視線を戻さぬまま呟いた。


「あれは本当にシトリンだったのかな」


 突如聞こえた爆弾のような囁きにアンネマリーもエドウィンも耳を疑う。

 宝石前提で話していた為、それが違うとなるとまた話が違ってくる。つまりフェリクスが危惧していた話に近くなってしまうのだ。


 エドウィンは訝しげに眉を顰めた。


「と言うと?」


 問うた声にフェリクスは『ふふ』と笑うと指をくるりと回す。


「君達はカーティスの領地で取れる魔石の事を知っているかい」


 人差し指を立て、尋ねられた内容はアンネマリーがいつだかカーティスから直接貰った魔石の事だった。

 エドウィンは魔石、と呟くと首を横に振る。


「知らないな」

「私は以前貰いました」


 素直にアンネマリーがそう言うと隣のエドウィンが目を見開いた。次第に細まっていく瞳が先の嫉妬と同じ様に冷たくなってきたので、アンネマリーは慌ててフォローをする。


「前よ、婚約する前」


 これがフォローと言えるのかは分からないが、エドウィンは腑に落ちなさそうな顔をした後『なら、しょうがないか』と納得してくれた。だが無理矢理納得したのだろう。非難する様な視線は向けられたままだ。


 こんなに嫉妬深いとは正直予想外だ。束縛は嫌いなので、ある程度大らかにしていて欲しい。今後の付き合い方を少し考えた方がいいかも知れない。だからといって婚約を破棄するまでは考えないが。


 アンネマリーは目を細め、エドウィンを睨みつけた。


 そんなアンネマリーとエドウィンの攻防戦をフェリクスは何も思わないのか、普通に話を続ける。


「じゃあアンネマリー嬢は知っているんだね、あの魔石を」


 にこりと微笑まれ、アンネマリーはエドウィンから視線をフェリクスに移す。カーティスも持つ、王族の印である『天の輝瞳』はいつ見ても美しい。


 それを見てアンネマリーはあの時の事を思い出す。確かあれはエドウィンにぐいぐい来られて疲れていた時に渡されたものだ。それが気遣いであったのかは今も分からないが、少なくともあの時はほっとした。


 そして自身の魔力を勝手に吸い込んだ魔石。赤い石はアンネマリーの魔力を吸うとキラキラと輝いた。まるでアンネマリーの髪のように。吸い取った魔力の持ち主の魔術を無効化するとカーティスは説明していたが、もしかしてその限りでは無いのだろうか。


 確かに色んな活用法がありそうだとアンネマリーも思い、研究をしようと私室の机にしまってある。登校を始めてから忙しく、手をつけられてはいないが。


「ええ、とても興味深いものでした。ですが、あれは魔術を無効化するものだと聞いております。それだけではないのでしょうか?」

「カーティスがそう言ったのかい?まあ、それもあれの機能の一つだが、あれは基本的に何にでもなるものだ。それこそ呪いの媒体にも使えそうだと研究している王宮魔術師が言っていたよ。爆弾にもなるし、癒しの石にもなると。魔石と言うには可能性が多すぎる恐ろしい石のようだ。ねえ、そういう魔石であれば何でも出来ると思わない?」


 微笑んだフェリクスは、瞳の中に刃を見え隠れさせた。それが誰に対してなのかはアンネマリーには分からない。だが、彼がこの王宮内にいる人物を疑っている事だけは分かった。

 そんなフェリクスの様子を見て、エドウィンはカップを口に運ぶと一気に紅茶を飲み干した。


「弟を疑っているのか」


 冷たい声に、エドウィンがカーティスへ少なからず好意を抱いている事が分かった。同じく次男であるからだろうか。アンネマリーは何故か微笑ましい気持ちとなり、笑みを溢す。


 エドウィンの質問にフェリクスはふるふると首を横へ振った。


「いや、カーティスの事は疑っていない。ただあれの周りに五月蝿いのが多数いるからね、そっちを疑っている。何よりあれは王位よりも魔導具の方が大事だろう。こんな馬鹿な真似はしないさ」


 その答えにエドウィンはあからさまにホッとすると空になっている筈のカップを口元に運んだ。案の定、空のカップに少し驚き、何事も無さそうにそっとソーサーの上に戻した。




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