61.動き出したもの
フェリクスとのお茶会はあの後、幾つかの雑談をした後、終了した。どうやらこのお茶会に招かれた理由は呪いに関しての見解を聞きたいだけだったようだ。詳しく言うとリリーのペンダントとクラリッサの指輪の関係性を知りたかった様だ。結局、実物を見ない事には何とも言えないので何も断定出来ず終わったが、フェリクスは満足気にしていた。彼にはもしかしたら何かが見えたのかも知れない。婚約者を苦しめる何かが。
そう考えるとフェリクスは本当にクラリッサを愛しているのだろう。愛していなかったら此処まで動きはしない筈だ。
(でもお喋り過ぎよね。悪意なく毒吐くし)
クラリッサがどういう人物かアンネマリーには分らないが、お喋り王太子を受け入れるだけの心の広さを持っている人物な事だけは分かった。
エドウィンに送ってもらい、ヘルマン侯爵家に帰ったアンネマリーは私室にある机から件の魔石を取り出した。
「綺麗……」
キラキラと輝く赤い魔石。一見するとルビーの様にも見えるそれをアンネマリーは光に翳し、角度を何度も変え眺めていた。光の粉を被った様に輝く魔石は思考を奪う程美しい。気を付けないと時間を忘れて眺めてしまいそうだ。
アンネマリーは翳していた魔石を思い出したかの様に手の中にしまうと、それを持ってヘルマン侯爵家にある研究棟へ向かった。
研究棟とは引き篭もり時代のアンネマリーが主に過ごしていた場所である。本もあれば、論文もあり、そして魔術研究に使用する器具が山程ある。変に生活魔術の特許で儲けていたアンネマリーは他国にある実験器具も金に物言わせ購入していた。見る人が見れば夢のような空間だろう。だが、興味のない人から見ればただのガラクタ屋敷である。
そんな研究棟の巨大な長方形の研究机に腰掛けたアンネマリーは手に持っている魔石を球体の魔力分析器の中に放り込んだ。魔力分析器とはその名の通り、魔力を分析する器具である。中には魔力浸透率が高くなる液体が入っており、分析が成されるとその魔力の属性や、おおよその能力が解る。詳しい事を言うともっと詳細な事が解ったりするのだが、そこは今は置いておこう。
放り込んだ魔石はアンネマリーが持つ魔力とほぼ同じの属性を持っており、能力はやはり無効化が主だった。後は吸収であったり、反発というのもあったので防御に特化した物なのだろう。だが、いかんせん吸収と反発の発動方法は解らなかった。
「本当、何なんだろう。普通に見えるのに」
確かに石に魔力を染み込ませた人物の魔術を無効化にするのは凄い事だとは思う。だがとてもピンポイントで使いにくい。もっと使いやすい魔石もあるだろう。
「でも王太子殿下の反応は少し変だったかも」
そう、フェリクスの反応は少し妙だった。
『カーティスがそう言ったのかい?まあ、それもあれの機能の一つだが……』
まるでこの魔石の機能が無効化では無い様な言い方だった。
(……カーティス殿下に会う事があったら聞いてみようかしら)
アンネマリーは球体に入れられた魔石を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
フェリクスとのお茶会から数日経ったある暖かな日。アンネマリーは授業中なのにも関わらず、紅茶を啜っていた。
今は魔術の授業中。新たな魔術教師、コリン・ハミルトンによる魔術見本をアンネマリーは授業場所である校庭で見ていた。こう言われれば授業にちゃんと参加している様にも聞こえるが、実際は授業場所である校庭の一角に設置されたガーデンテーブルセットに腰掛け、前述の様に紅茶を飲んでいる。実に授業中とは思えぬ光景だ。
「じゃあ、みんなやってみて」
猫目の男、コリンはそう言うと手をパチンと叩いた。それが開始の合図となり、アンネマリー以外の生徒達が一斉に足へ魔術を送り込んでいる。今日は飛翔術の授業だ。
皆が悪戦苦闘しながら転んだり落ちたりするのを見ているとアンネマリーの向かい側の椅子が引かれた。視線を前に戻すと『よっこいせ』と声を出して座るコリンが居た。
コリンはティーセットにあった新しいカップに自分で紅茶を注ぐと、そのまま一口飲む。程良く冷めた紅茶が余程美味しかったのだろう、心のまま息を吐き出した。
「生き返るよねぇ」
「…………」
正直、こんな状況になっているのを理解出来ていないアンネマリーはコリンの言葉に目を細めると緩やかに口を開いた。
「ハミルトン先生、私見学席に行っても宜しいですか」
口元には笑みを、だが目元は氷の様に冷たい。アンネマリーは両手を膝に置き、そう尋ねた。コリンは何故?と言いたげに首を傾げる。
「此処に居たらいいじゃない。ここならお茶もお菓子もあるんだし。問題ないでしょ?」
アンネマリーはテーブルにあるカップとティースタンドに目をやった。これがあるから問題なのでは?と思ったのだが、それを指摘するとコリンがクツクツと笑いそうなので敢えて言わない。その代わり、このカップの中にある紅茶を全て飲み終えたら見学席に移動しようと決めた。
因みにこの席はと言うと、アンネマリーが授業に来た時既に設置されていた。場所は教師であるコリンが講義する場所の斜め後ろだ。サラと授業に来たアンネマリーは最初何でこんな所にと思ったのだが、着いてみればコリンがアンネマリーに『此処で授業を見てていいよ。見学席なんて遠いでしょ』と別に見学する気も更々無かったアンネマリーを強引に座らせたのだ。
エドウィンが居ればこんな事も無かったと思うのだが、今日は朝から私用で居ない。少ししょんぼりだ。
「そういえばエドウィン殿下は今日は休みなんだってね」
アンネマリーがエドウィンの事をちょうど考えていた時、コリンがそう言った。
「そうなんです。でも彼は登校しててもあまり授業には出ないですし、あまり関係無いですよね」
「そんな事ナイヨ、何たって君の婚約者だしね」
コリンはパチンとウィンクをアンネマリーに投げた。アンネマリーはそれを気持ち避け、乾いた笑い声を出す。アンネマリーはコリンが苦手だ。登校してから苦手になった。まあ、原因は登校初日の星環証が欲しいと言われた事なのだが、本人は覚えているのだろうか。
アンネマリーは紅茶に口を付けるコリンをバレない様に険しい顔で見た。何を考えているか分からない猫目はいつも楽しそうに細められている。彼の男性にしては細い喉がコクリコクリと動き、紅茶を腹に落として行くのが分かった。
コリンはカップをソーサーに置くと、アンネマリーを見てにっこりと笑った。
「何が婚約の決め手だったの?」
「決め手、ですか……?」
「うん、決め手」
まるで女子同士の話の様だ。わくわくとした様子でアンネマリーの答えを待つコリンはティーポットを持ち、その中身をアンネマリーのカップに注いだ。
あと少しで飲み終わる筈だった紅茶。だがコリンはそれに並々と紅茶を注ぎ足したのだ。
(あ!)
決め手を素直に考えていたアンネマリーは注がれるのを阻止する事も出来ず、注がれた紅茶を見る。カップの中に驚いている自分の姿が見えた。
(やられた……!)
アンネマリーが紅茶を飲み終えたら見学席に行こうとしていたのを知っていたのだろうか。いや、知る訳ない。だって口には出していないのだから。コリンの親切心からかも知れないが、余計な事をしてくれたコリンに対してアンネマリーは理不尽な怒りを覚えた。
少なくなってきたから純粋に注いでくれたのであれぼ怒れないが、アンネマリーの行動を把握して注いだのであれば性格が悪い。だが恐らく前者だろう。何故ならコリンはアンネマリーの性格を把握出来る程、絡んで居ないのだ。
アンネマリーは悔しい気持ちを押し殺して、決め手を話し始めた。
「何だかんだ安心するんです」
コリンはその返事に『うんうん』と頷く。
「そういうのが結局一番だよね」
細めたままの猫目で言うと、コリンはそのまま話を広げるでもなく紅茶を啜った。一体何だ?と疑問に思ったが、アンネマリーも別に話を広げたくはなかったので大人しくカップに手をつける。多めの紅茶が口に運ぶまでに一雫落ちた。
その様子をコリンは楽しそうにただ眺めていた。
授業が終わり、サラと教室までの道を歩いていると背後から声を掛けられた。
「アン」
聞き馴染みのある声に振り向けば、エドウィンが片手を上げて近寄ってきた。
今日は私用で一日休みだと聞いていたので、アンネマリーは驚きのまま声を出す。
「エド!いつ来たの?」
「ついさっきだ」
そんなやり取りをしているとアンネマリーの隣に居たサラが『私、先に教室戻ってるね』とニヤニヤしながら去っていった。そんなに気を使わなくても良いのに。アンネマリーはサラの後ろ姿を見送りながらそう思った。
サラから視線をエドウィンに戻せば、何故だか複雑そうな顔のエドウィンがアンネマリーを見ていた。困っている様な、辛い様な何とも言えない顔。少なくとも良い表情では無いそれにアンネマリーは訝しげながらエドウィンに尋ねた。
「どうしたの?」
小首を傾げ、でも眉間には皺を寄せる。エドウィンはそんなアンネマリーを見て、ぐっと口元に力を入れると苦しそうに口を開いた。
「アン、少し休学する事になった」
「休学?」
今年で卒業なのに休学?何故そんな事に。アンネマリーが質問する前にエドウィンが続けて話し出す。
「国に一時帰国する事になった」
「へ?」
呆けた声に、エドウィンは更に苦しそうに顔を歪めた。
前触れもない、突然の帰国。一体何があったのだろう。だがアンネマリーはその原因よりも暫くエドウィンに会えなくなる事に衝撃を受けた。




