56.サラと婚約者
今日はエドウィンが公務で登校していない日。そんな日はサラが気を使わず、アンネマリーと共に居てくれる。普段も別に気を使わなくてもいいのだが、『婚約者になりたてでしょ』とそそくさと去っていってしまうのだ。
そう言う訳で、サラと二人っきりの昼食。ここ最近は大きな問題も無いので食堂のお気に入り場所であるテラスで取る事となった。
「で、どう?エドウィン殿下との関係は」
ニヤニヤした顔で着席した途端に聞いてきたサラにアンネマリーはキョトンとした。
「どうなのも何も前とほぼ一緒よ。呼び方が変わったくらい?多分」
「あと敬語じゃなくなったとかも?」
「そうそう」
あとどんな事が変わったかと考えながらサラダを一口食べる。シャキシャキと口の中で音が鳴り、咀嚼が終わる頃サラがどこか遠くを見ながら口を開いた。
「私も婚約者が出来た頃そうだったわ。何も変わらなかった。関係に名前が付いただけで」
サラの言葉にアンネマリーの咀嚼が止まる。何処か外していたサラへの視線をギギギと戻し、ゴクンと口の中の物を勢いで飲み込んだ。少し大きめだったのか気管に入り、咽せ込んでしまった。咳き込みながら胸を叩けばサラが若干狼狽してこちらを見ていた。
ゴホゴホと気管に入ったクルトンを吐き出し、水を飲み込む。それでもまだ違和感はあったが息つく間もなくアンネマリーは身を乗り出した。
「え!サラ婚約者いたの!」
「え、うん。いるよ」
「いつから!」
「12歳の時から?」
12というと5年も前だ。その事実にポカンと口を開ける。
「もしかして居ないと思った?」
「わ、話題に上がった事なかったから」
「わざわざ自分から言ったりしないわ。そんな恋愛の話もしてなかったでしょ?言うタイミングなんてなかったもの」
言われてみればそうだ。何を話していたかと言われれば思い出せない程小さい事しか話していない。勉強の話はしていた気がする。あとはファンクラブの事とカーティスの過激派の動きとか。
「言われてみればそうね。話すタイミングは無かったかも」
自分に婚約者が居なかった事や居なくても良いと思っていたからアンネマリーからも聞いた事はなかった。だが改めて考えてみると貴族生まれの17歳であれば普通婚約者は居るものだ。アンネマリーに婚約者がいない方が異常だったのだ。しかもアンネマリーは侯爵令嬢、幼少期に既に居てもおかしくはない。
「因みにどんな人?」
初めての恋バナにアンネマリーはドキドキと緊張しつつ、サラに聞いてみる。どんな表情を作っていいのかも分からず、半笑いだ。
サラはどんな人……と呟いてから暫く考える様に黙るとゆっくり口を開いた。
「幼馴染みたいな関係で、2歳上の人。優しいかな。伯爵家の次男で何れは私の家に婿入り予定なんだけど」
「なんだけど?」
段々尻すぼみになる言葉にアンネマリーは首を傾げる。
「本当にそれで彼は良いのかなって思ったりしてる。一応、私が卒業したら結婚予定なの。休みの日とかは結婚の打ち合わせもしてるし、彼は私の家で父様に付いて勉強もしてるんだけど」
俯き加減なサラの瞳は何処か不安そうに揺れていた。
「それで良いのかな、彼はって思っちゃう。本当は嫌なんじゃないかなって」
いつも元気なサラとは全く違う様子にアンネマリーは何と声を掛けていいのか戸惑ってしまった。マリッジブルーの一種なのだろうか。それさえも判別出来ないアンネマリーは話を聞く前とは別のドキドキで食事の手が止まってしまった。
サラの手も動いていない。スプーンをただ持っているだけだ。
本当にどういう風に声を掛ければ良いのか、アンネマリーには分からなかった。今まで人と余り接してこなかった弊害なのかもしれない。
だが、サラの話を聞いていると結婚への不安と言うよりも婚約者に対して申し訳ない気持ちが強い様に思えた。恐らく、結婚をしたくないとか、婚約者が嫌いとかではなく寧ろその反対で……
アンネマリーは若干の戸惑いを顔に見せつつも、言葉を絞り出した。
「でも」
そのアンネマリーの声にサラはチラリと顔を上げる。やはりその顔は不安そうだった。
「でも、サラはその人の事、好きなのよね」
探る様な言葉にサラは一瞬驚き、そして切なげに目を細める。口元は笑みを浮かべているのに悲しんで見えた。
「好きよ、好き。でも彼を思うと」
そこで言葉を止めたサラ。暫く待ってもその言葉の先が紡がれる事は無かった。
(このままではいけないわ)
アンネマリーは暗くなってしまった空気を変える為に、話題を変える事にした。
「そういえば、魔術の授業の先生って誰になったの?私まだあれから授業出てないの」
わざとらしく明るい声を出し聞けば、サラもいつもの明るい表情に戻した。それにアンネマリーはホッとし、止めていた食事の手を再開させる。
サラは先程の暗い表情が嘘の様に、にこやかに微笑んだ。
「ああ、えぇとね。コリン・ハミルトン先生よ。経済学の。実は魔術の先生になりたかったんですって」
「え、ハミルトン先生……」
予想外の答えにアンネマリーの食事の手が再び止まる。
コリン・ハミルトン。それはアンネマリー登校初日にやたら距離感の近かった教師だ。
「あー……、そうなんだ」
力なく答えたアンネマリーは彼とのやり取りを思い出す。
(苦手なんだよな、あの人)
そう思い、ガックリと肩を落とした。




