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24.荒れる心


 食堂までの道は、それはもう酷いものだった。最近は減ってきた好奇の視線が復活し、人々が舐める様に見てくる。

 だがこれはアンネマリーへの視線と言うよりもエドウィンが他人と居るという驚きの意味が強いのかも知れない。視線は主にエドウィンに注がれている。


 食堂に入ってからも、何故か王族等高貴な血筋のみが使用できるという特別サロンに通された。

 人の目から逃げられるのは良かったが、あまりの豪華さに逆に居心地の悪さを感じる。


 食事中はサラが主に話をし、エドウィンが答えると言う感じだった。アンネマリーは終始無表情。話を振られれば答えるが、それ以外は話さないという徹底ぶりを見せ、サラが途中笑いそうになっていた。


「エドウィン殿下はアンと知り合いだったのですね」


 サラがニヤケながら、アンネマリーをチラ見してエドウィンに尋ねれば、エドウィンは戸惑う事なく口を開いた。


「ああ、今口説いている途中でな」


 恥ずかしげも無くハッキリと言い、視線をアンネマリーに向ける。その言葉にサラは驚いた様にアンネマリーを見た。

 二人に見られている事よりも『口説いている』という言葉に意識を取られ、アンネマリーは持っていたフォークを落としてしまう。カラン、と高い音がテーブル下から聞こえ、ハッとする。


「くど!口説いてるなど!そんな事言わないでください!」


 落としたフォークなど気にもせず、アンネマリーは両手をテーブルに付き、勢いよく立ち上がった。

 友人の前で口説いてます宣言はどうかと思う。案の定、サラは顔を真っ赤にして呆けている。この後、どのような追求が来るのか考えるだけで恐ろしい。

 エドウィンは食事中に立ち上がったアンネマリーの所作に何か言う訳でも無く、片手を上げた。すると給仕の者が現れ、新しいフォークをアンネマリーの手元に置き、足元のフォークを拾って行く。


「何故言ってはいけない?嘘ではないのだから良いだろう」


 何処に問題があるのか全くわからないと言う様に眉を上げ、笑んだエドウィンを見て、アンネマリーはそういう事じゃないと叫びたくなった。だがサラのハラハラとした顔を見て、怒りをグッと飲み込み、椅子に座り直す。

 エドウィンが居なければ楽しい時間だったのに。サラもエドウィンに興味津々で面白くない。空気を悪くしているのは充分承知しているが、この態度を改めるつもりはさらさら無い。アンネマリーはグラスの水を一気に飲み干す。


 その後、アンネマリーはエドウィンの冗談にも思える会話を受け流し続け、視線をサラにだけ向け食事を終えた。


 教室へ戻る道もやはり苦痛で、ギリギリの距離感を攻めるエドウィンを苦々しく思う事しか出来ず、楽しい筈のランチタイムが台無しにされた怒りも相まって憤死しそうだった。

 エドウィンとサラが楽しそうに話すのを横目で見て、悔しさに口が歪む。


「化粧直ししてくるから先戻ってて」


 アンネマリーは歪む口元を手で隠しながらサラに伝えた。サラは何かを言おうとしていたが、それを待つ事無くアンネマリーは踵を返す。サラの事だ。一緒に行くと言うに違いなかった。


(一人になってホッとしたい)


 サラが悪い訳ではない。アンネマリーが自分の感情を落ち着かせたいだけだ。


 アンネマリーはエドウィンと話す様になってから、感情が不安定だ。元から激しめな気質ではあったが、最近はそれに輪をかけて酷くなっている。喜怒哀楽で言えば『怒』が大きくなり、喜怒哀楽の中には無い『恥』が次いで心の中を暴れ回っている。

 こんな事は初めてな為、アンネマリーは少し静かな所へ行きたかった。落ち着く場所ならトイレでも良い。だが、アンネマリーは無性に温室に行きたかった。あの天井から吹く爽やかな風、花々の甘い香り、人工川の静かなせせらぎ。


 アンネマリーは一人、温室に向かう裏庭を気持ちを落ち着かせる様にのんびり歩く。一歩の歩幅は大きく、でもゆっくりと着地させる。目線は足元を向いており、決して上は向かなかった。


「そこにいるのはヘルマン侯爵令嬢じゃねえか」


 そんな風に歩いていたからだろう。突然自分を呼ぶ声にビクリと肩を揺らす。声のした方を見れば、この国の第二王子カーティスがいた。


 王族たる空色の輝く瞳は楽しそうに細められ、緩く編まれた三つ編みが風にふわりと靡いている。


「カーティス殿下」


 前方に居たカーティスは優雅な足取りでアンネマリーの目の前に立つと、自身のピアスを触りながら意地悪く笑った。


「虐められたみてぇな顔してんな、笑える」

「殿下におきましてはご機嫌麗しゅう」

「馬鹿みてぇな挨拶してんじゃねぇよ」


 ピアスをくりくりと回し、クツクツと笑う。美麗な外見と見合わぬ言葉遣いは慣れそうにない。

 アンネマリーは突然のカーティスに驚きながらも、早く温室に行きたい気持ちでいっぱいだった。早く去ってくれないだろうか、そう思いながら目線を下げる。


 するとカーティスが人差し指をちょいちょいと動かし、アンネマリーを誘う様に笑った。


「ちょっと付き合え」


 悪い笑みを湛えた王族のカーティスの誘いをただの侯爵令嬢のアンネマリーが断れる筈もない。

 何故こんなにも予定外の事が起きるのか、引き攣る顔を隠す事も出来ず、アンネマリーは小さく肯定の返事をした。




次回更新24時分はお休みします。

明日午前中には更新予定です。

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