23.顔を利用するのは良くない
その後、HRぎりぎりに来たサラに赤い顔を指摘されたアンネマリーは叫び出したい気持ちを抑えて『なんでもない』と首を振った。
いつもはHRぎりぎりに登校するサラに対してアンネマリーは少し不満を持っていたが、今日に限ってはギリギリ登校ありがとう!と声を大にして言いたかった。あの出来事を見られていなくて本当に良かった。もしかしたら後でサラの耳に入るかも知れないが、今知らないのだから問題ない。赤面とエドウィンを紐付けられると変な勘繰りをされ、面倒な事になる事間違いないのだから。
「HRを始める」
いつもの様に無表情で教室へ来た担任は教壇に立つと、目を見開き、口を開けた。下の名簿を見て、また前を見てゆっくりと口を閉じる。
アンネマリーは担任の視線の先を辿る。するとやはりそこにはエドウィンにいた。担任が驚いているところを見ると誰にも報告せず、教室に来たという事だろう。
仮にも隣国の皇子という身分なのだから、突然の行動はしない方が良いのではとアンネマリーは思ったが、そういう身分だからこそ気遣いが出来ないのかと一人納得し、驚き固まる担任を再度見た。
「…………」
いつも毅然としている不敵な担任がこんなに驚くとは余程の事だ。かっちり整えられている前髪の一部がパラリと落ちたが、それを直す事もしない。
「……エドウィン殿下、珍しいですね」
漸く意識が戻ってきたのか、担任は下がった前髪を片手で撫でつけながら、絞り出す様に言った。笑顔を無理矢理作っているのか顔が引き攣っている。
当のエドウィンはと言うと、しれっとしたもので淡々と重大事項を言い放った。
「ああ、今日からは毎日授業に出ようと思う」
「……そうですか、それはそれは」
一瞬息を詰まらせ、顔を更に引き攣らせた担任は、いつもより言葉少なめにHRを終わらせフラフラと教室を出て行った。出て行く背中がいつもより小さく見えてアンネマリーは可哀想になってしまった。
その後の授業でも担任と同じ様な反応を教師達は起こし、見ているこちらが可哀想になるくらい真っ青になっていた。何度か同じ反応を見ていると、そんなに反応する事? と疑問に思えてきたが、隣国の皇族に何かあれば国際問題になりかねないので教師達に取っては簡単な問題ではないのかもしれない。
因みに何も反応を見せなかったのは算術の教師くらいである。流石としか言いようがない。
そして昼。当然の様にエドウィンがアンネマリーのところへやってきた。
「…………」
「え!」
驚いたのはサラである。サラは朝の事を知らない。驚くのも無理はない。
「昼はいつも何処で食べている?食堂か?」
こちらの反応などお構い無しで話をするエドウィンにアンネマリーは諦めた様に目を閉じた。横のサラがどういう事かとアンネマリーとエドウィンを交互に見ているが、今だけは何も聞かないで欲しい。
「アンネマリー?」
(だからそんな声で呼ばないでってば)
どうせ子犬の様な顔で見ているのだろう?見なくても分かる。アンネマリーはギリギリと歯噛みし、キッとエドウィンを見た。
「お昼はサラと二人で食べる予定なので」
「一人くらい増えたって良いだろう?」
「駄目です、私は今サラと友情を深めている途中なので、どんな人であっても駄目です」
「ア、アン!」
焦った顔でサラがアンネマリーを見る。あわあわと二人の間でどうしようと慌てふためいている姿は少し可哀想だとアンネマリーは思ったが、ここで引いては今後ずっと着いてくる可能性が高い。そうならない為には初回から毅然とした態度で断らなければならないのだ。
そんなアンネマリーの態度を見て、エドウィンは何か思案する様に黙り込み、サラを見る。サラは突然見られた事にビクリと肩を揺らし、赤面した。
「君も」
「はっはい!」
エドウィンはゆっくりと瞬きをし、そして眉を下げ微笑んだ。それはもう寂しげに、子犬の様に。
「君も駄目だと言うか?」
シュン、そんな効果音が似合う哀愁漂う微笑みに元々赤かったサラの顔は更に赤くなり、茹蛸の様になってしまった。ヒャア! と声も漏らし、ふるふるとしている。
「サラ嬢」
「だ!だめじゃないです!一緒に食べましょう!」
エドウィンの駄目押しの一言にサラは陥落した。力一杯言い放った姿を真横で見ていたアンネマリーは目を見開いてサラを見たが、サラはそんなの知らんとばかりにエドウィンを見ている。
なんて汚い手を使うのだろう。自分の顔面を利用して、自分の思い通りにさせるなど。一般的に美形だとは思う。だがそれをこんな風に有効利用する等いけ好かない事この上ない。
(確かに顔は好みだけど、一般的に見れば兄様の方が美形なんだから!)
そういうアンネマリーも先程のサラへの哀愁漂う微笑みの余波を受けて赤面していた。
エドウィンはサラから目線をアンネマリーに移し、こてんと首を傾げる。
「だそうだ、アンネマリー。一緒に行っても良いよな」
(だからそういうのはっ!)
パクパクと口を動かし、エドウィンを見て、サラを見る。サラは激しく首を縦に振り、明確に断るなと言っている。アンネマリーは拳作り、強く力を込めた。
サラの言う事は聞いてあげたい。だが、これに関しては聞いてあげたくない。面倒事は嫌なのだ。
「アン……」
サラは祈る様な顔でアンネマリーを見る。何故そんな顔をするのか。断っては駄目なのか。面倒事は嫌いだ。でも……
(サラをがっかりさせるのも同じ位嫌だな)
アンネマリーはエドウィンを見る。腹が立つくらい勝利を確信した顔でこちらを見ている。悔しさで顔が歪んだ。
「どうぞ……っ」
アンネマリーの敗北宣言にエドウィンは小さく笑った。その笑いはどういう意味なのか問いただしたくなったが、サラの前で騒ぐわけにもいかず、アンネマリーはジトリとエドウィンを見る。エドウィンはわざとらしくニコリと微笑んだ。
「さて、食堂で食べるんだろう。行こうか」
「はい!殿下!」
サラは酒でも飲んだのかと思う程、蕩けた顔でそう言うとエドウィンに一歩近付いた。その光景をぶすくれた顔で見ているとエドウィンが少し身を屈め、顔を覗き込んできた。
「アンネマリー、行こう」
アンネマリーはぶすくれた顔のまま、視線を横に外し小さく『はい』と言うと、浮かれるサラの横についた。その行動を見たエドウィンはこういう時触れないのは痛いな、と心の中でひとりごち、苦笑した。
読んで頂き、ありがとうございます。




