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22.理想とは


「アンネマリー、おはよう」

「……おはようございます」


 アンネマリーの目の前にいるのはニコニコと顔を綻ばせている男。長駆の黒髪、切長の瞳はいつも緩やかに弧を描いている。

 教室の入り口を塞ぐ様に立つ男、エドウィンは困惑しているアンネマリーの様子などお構い無しに言葉を続けた。


「今日から俺も授業を受けようと思ってな、その方が親交が深まるだろう?」


 キラキラな笑顔が眩しい。だが当然だろうと言いたげな自信も垣間見えて、アンネマリーは顔を引き攣らせた。


「そ、そうですか」


 親交を深めると言うのは、クラスメイトとではなくアンネマリー単品に対してなのだろうか。そう思うと何だか想いが重い気がして、アンネマリーは乾いた笑いが出そうになる。

 入り口を塞ぐエドウィンの隙間を縫いながら教室に入れば、アンネマリーとエドウィンのやり取りを見ていたのだろう、クラスメイトの好奇の視線に当然の様に襲われた。


(あー……)


 その視線にデジャブを感じ、ぞっとする。食堂でのカーティスのやり取りの後も同じ様な視線を感じていた。皆、何を言うでもなく見ているだけで、とても居心地が悪くなるのだ。


(この人も皇子だし、こんな感じになるわよね)


 アンネマリーは斜め後ろにいるエドウィンをチラリと見て、肩を落とす。


「どうした?」

「なんでもないです」


 首を左右に力なく振り、とぼとぼと自席まで歩きだすとその後ろからエドウィンが当然の様に着いてきた。ただでさえ目立っているのにこれ以上、好奇心を煽る様な行動は自粛して欲しい。

 アンネマリーは立ち止まり、振り返った。


「エドウィン殿下も自分の席に行かれたら如何ですか」


 呆れ顔でアンネマリーがエドウィンを見上げると、エドウィンは片眉をピクリと動かした。そして不思議そうな顔をして教室の前方にある時計を見る。


「HRにはまだ時間があるだろう」

「……………」


 アンネマリーも時計を見る。確かにあと20分は時間がある。


(そういう事じゃないですけど)


 抗議の意も込めて睨み付ける様にエドウィンを見れば、目を丸くされた後直ぐに何でもない様に微笑まれてしまった。何故こんなにも伝わらないのか、アンネマリーは溜息を漏らし、不貞腐れた顔で前に向き直ると自分の席へ向かった。


 そして席に着いたアンネマリーは鞄の中身を引き出しに入れる。ただそれだけをしているだけなのに、一挙一動をエドウィンがじっと見ており、気になって仕方がない。そもそも机の横に居られると途轍もない圧迫感があるし、邪魔だ。エドウィンは人よりただでさえ身長が高い。体つきも鍛えているのだろう、がっしりとしている。そんな人間が机と机の間の狭い通路にいるのだ。本当に邪魔だ。

 机に収納を終えたアンネマリーは横にいるエドウィンを見上げた。


「あの、エドウィン殿下」

「エドで」

「はい?」

「エドと呼んでくれ」


 唐突にそう言われ、アンネマリーは固まった。いきなりの愛称呼び願いだ。ポカンとするだろう。

 それにまだ婚約もしていないのに愛称などで呼べる訳はない。今のところする気もないが。

 アンネマリーは視線を下げ、目を何度か瞬かせる。止めていた呼吸を再開する為にスッと息を吸い、胸に手を当てると思考を整理した。


(何故愛称の話に…?私は邪魔だから席に戻れと言いたかっただけなのに)


 再びエドウィンを見る。期待する様に目を輝かせてこちらを見ていた。


(駄目だ、この顔は駄目だ。丸め込まれる!)


 ボッと顔が赤くなり、両手で顔を覆う。アンネマリーはエドウィンの顔に弱いのだ。表情がない時は冷たそうなのに、感情が全部顔に出る犬みたい感じに胸がギュッとなってしまう。顔がタイプと言うのは本当に厄介だ。議論が最後まで出来ない。

 顔を手で覆ったまま『あの顔は駄目だ』と苦しんでいると何故か耳元にほのかな熱を感じ、次に吐息を感じた。


「アンネマリー、エドだ」


 いつの間にやら耳元に顔を寄せられ、耳元でそう囁かれる。電気がビビビと全身を走り、鳥肌がブワッと開いた。


「っ!!!」


 顔に当てていた手で耳を隠し、エドウィンを見る。アンネマリーは今にも泣きそうに顔を歪めた。あわあわと口を動かし、何度も瞬きをし、頭もふるふる震わせている。


「エドと呼んでくれないか」


 この状況を少し面白く思っているエドウィンは少し意地の悪い笑みをして、もう一度そう言った。

 アンネマリーは毛が逆立たんばかりに怒りに身を震わせ、エドウィンを睨み付ける。そして、突然エドウィンの腕を掴んだ。


―――バチン!


 静電気の様な音が響き、エドウィンが咄嗟に身を引く。これはアンネマリーの防御結界だ。そう、アンネマリーは触れると発動するのを逆手に取って腕を掴みに行ったのだ。

 これには流石のエドウィンも刺激が走った腕をさすり、ポカンとした。


「エドウィン殿下、お戯れが過ぎるのでは?席に戻って下さい」


 そんな中、アンネマリーは冷たく言い放ち、エドウィンから視線を外した。エドウィンは弾かれた事への衝撃で暫し呆然としていたが、段々と表情を戻していくと姿勢を正した。


「エド、と呼んで欲しかったが怒らせてしまったようだ。取り敢えず席に戻るよ」


 ふっ、と笑い、教室の後方にある席まで歩いて行く。アンネマリーは机に突っ伏したい気持ちを抑えて、代わりにまた顔を覆った。


(声、声が)


 じわじわと叫びたい衝動が身を襲う。堪えきれない感情が顔に出ているのを感じる。


(だめだ、だめだ)


 顔に熱が集中していく。


(声も、駄目だ!好き過ぎる!)


 アンネマリーは人生で初めて現れた理想の顔と声を持つ人間に困惑するばかりであった。




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