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17.思い掛けない話


「え!どういう事ですか!?」




 試験が終わり、数日経ったある日の事、アンネマリーはギュンターの執務室に呼び出された。執務室に呼び出される時は大抵問題を起こした時だ。だがアンネマリーにはその問題に心覚えが全く無い。一体何をやらかしたのかと恐る恐る部屋に入るとギュンターが複雑そうな顔をして出迎えた。

 部屋に入るとすぐにソファーに腰掛ける様言われ、アンネマリーはギュンターの顔色を窺いながら腰を下ろす。

 アンネマリーが座ったのを確認するとギュンターは眉間を揉みながら机の端に置いてある紙を手に取り、苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「カドリック帝国の第二皇子から婚約の打診が来た」


 それはそれは悔しそうな、悲しそうな顔。手にしている紙は心なしかクシャリと皺が寄っている。


―――そして冒頭の台詞である。




「接点はないの?」


 ギュンターは眉間に皺を寄せたままソファーにどっかりと座り込むと、疲れた様子で釣書をローテーブルに置いた。訝しがる父の様子にアンネマリーは焦りながら両手をぶんぶんと振る。


「ないですよ!ないない!会った事もない!」


 学校にしか行っていないアンネマリーには心当たりは皆無であった。学校で話すのは基本的にサラしかいない。最近ようやくクラスメイトが一言二言話しかけてくれる様になったが、どれも女生徒だ。婚約の打診なんて来るわけもない。

 何時ぞやのカーティスもあれからぱったりと関わりが無くなったし、過激派も結局は鋭い視線を寄越すだけだ。

 そんな状況で誰が婚約だの何だのと…


「だけど手紙には一目見て恋に落ちたと熱烈な事が書いてあるよ」

「恋に落ちた!?恋に!?恋って!恋って何!?恋!?」


 更なるギュンターの言葉に驚き過ぎて、貴族令嬢がおおよそ出す事のない腹からの良い声が出た。


 今まで自分が感じた事も、また誰かから与えられた事もない未知の感情。それが恋だ。決して一人では生まれる事のないもの。相手がいて成り立つソレ。

 見知らぬ存在に恋慕われているという現実をどう受け止めれば良いのか。


 今アンネマリーの心は暴風の様に吹き荒れている。様々な感情がぐるぐるごうごうと体を揺らす程。だが一番主張しているのは『そんな馬鹿な!』という感情である。会った事がない人にどうして好かれようか。


 目を見開き、口を半開きにして、暫し感情の渦に身を任せていたアンネマリーは父の咳払いの音で意識を戻した。そして途切れた思考の空白でハッと一つの可能性を見出した。


「え!まさかストーカー!?」

「そんなわけないでしょ!」


 即座に否定され、アンネマリーは不服そうに口を尖らせる。

 自分は存在を知らず、相手は求婚する程自分を知っているなどストーカー以外なんと言うのか。


「皇族がストーカーなんてまどろっこしい事する訳ないでしょ。その証拠にすぐこんなの送ってきて。アンは登校始めて二週間も経ってないんだよ?隣国からちゃんと送られてきてるのを見ると登校始めて間も無く手を打ってるよ」

「え!私に声もかけずに、外見だけ見てそんな事するなんて怖すぎじゃないですか!」

「まあ、アンの見た目だったら来るとは思ってたけど、相手がまさかすぎる…」

「ストーカーな皇子なんてそれだけで地雷案件!権力を笠に着て私の尊厳を踏み躙る行為を普通にしそう!」

「だから!ストーカーなわけないって!とりあえず釣書見てみてよ。顔はカッコイイから」


 感情のまま喋るアンネマリーにギュンターはローテーブルの端に置いていた釣書を投げる様に渡した。見たところでストーカー疑惑が消える事は無いと思うが、まあどんな奴なのか見てやらん事は無い。顔を顰めながら皇族らしい厳かな作りの表紙をしょうがなしにペラリと捲る。

 絵姿の前にある薄紙から透けるその姿はぼやけていても確かに整った顔立ちをしていた。何故こんな人が?と鼻を鳴らして薄紙を捲ると、見覚えのある黒髪と碧眼の男がいた。絵姿は多少優しげに描かれているが、涼やかな目元に通った鼻筋、薄い唇…一見冷たい印象を受ける男。

 思考が停止し『ん?』と首を傾げ、一拍後、下にある名前を指でなぞる。


―――エドウィン・シーウェル


「え!!!」


 あの温室皆勤賞の男であり、前世クラウスだった男。

 先日まで散々悩んでいた前世でアンネマリーを殺した男だ。


「やっぱり知ってるんだね」


 終始、苦い顔をしているギュンターは苦しそうにそう言うと、溜息を吐いた。

 その様子に同じく苦い顔をしたアンネマリーは先程の勢いは何処へ行ったやら、消える様な声で答える。


「あ、接点ありました。クラスメイトです……」

「クラスメイト。何で接点が無いなんて…」


 父の言葉にクッと顔を歪め、エドウィンが学校にいても授業を受けていない事を説明し、誰にも紹介されなかったからわからなかったと苦しい言い訳をした。


「話したのも偶然で、温室で一回自己紹介した程度です。その時は名前だけで、そんな皇子だったなんて」

「けどクラスメイトでカドリック帝国の皇子だよ?普通わかるでしょ」

「…………」


 そう言われたら何も言えない。アンネマリーは釣書を手にうぐぅ〜と唸り、顔を隠す様に俯くしかなかった。


 だが問題は知らなかった事ではない。この婚約だ。知らなかった事はもう良いとして、この手元の釣書をどうするか考えなければならない。そもそも何故アンネマリーのところへ婚約の打診など来たのか。

 それに恋?恋をしたというのか、あの短時間で。


(あの雷が恋の電撃って?そんな馬鹿な!)


「こ、ことわりたいです…」

「これは中々断れないよ、答えはほぼ一択と考えて」


 大きな溜息を漏らしたギュンターは少し悲しげな顔をした。結婚しなくても良いと常々言っていた娘の嫁入りが現実味を帯びてしまったからだろう。娘の戯言だろうと思いつつも、そうであって欲しい願望も持っていた為、急な婚約話に心が追いついていないのかも知れない。


 アンネマリーもアンネマリーで断れないという現実に固まってしまった。ギュンターも現実を受け入れられていないのに本人が受け入れられる筈もない。


「…まあ、猶予はあげるけど」

「………本人と話してみます」


 俯いたまま、アンネマリーは両手で顔を覆った。溜息も出ない。もうさめざめという感じだ。因みに意味の分からない釣書はソファーの上に置いている。


「そうしなね」


 ギュンターはずりずりとソファーに浅く腰掛け、だらしなく身を任せると、ふぅと息を吐いた。

 俯き両手で顔を覆ったままのアンネマリーは、先日整理した記憶の事を考える。


(もしかして、彼も思い出してる?やっぱりアナスタシアの事が好きだった?殺されはしなそうだけど、でも)


「あー……」


 意志とは反して漏れた声はどうしようもない現実への諦めを孕んでいた。




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