15.殺した男
心臓がバクバクと外に漏れ出ているかと思う程鳴っている。頭が猛烈に痛くなり、その場にしゃがみ込むとエドウィンが心配そうに声を掛けてきた。
「おい、大丈夫か」
肩を触られそうになったのか防御魔術が発動し、耳の横でバチンと音が聞こえた。それさえも何処か遠くのことの様に感じる。
脳裏に巡るのは前世、アナスタシアの最期の時。
―――――吐き気を覚える悪臭と怒号。
(そうだ、皆私を殺せば戦争が終わると言っていた。国の指示で動いているだけの私を)
(戦犯を私に絞って、)
――――汚れた金髪と強い光を宿した碧眼
(彼が来た時、ああやっと救われると安堵した)
(やっと来たか、と笑ったっけ)
―――胸に突き立てられた鈍く光る剣
(彼の剣はいつも素直で、迷いがなかった)
(避けようと思えば避けれた)
(でも、そうだ)
――落ちる自分を見た、一瞬の歪み
(私を突き刺した後、泣きそうで)
(彼には荷が重かったかと笑いそうになったな)
(笑う余裕はもうなかったけど)
―――ああ、そうだ
(私は彼に自殺の手伝いをさせたんだ)
アナスタシアはもう死にたかったんだ。
戦争で精神を消耗し続けて、元からなかった自我が更にすり減り、あのきっかけがあって自分の生きた道を振り返った時、死体と恨みと嘲笑だらけでこんな自分が何をしているのだろう…と絶望をしたんだ。
どうして、なんで、ああ、たすけて
そんな言葉を誰にも言えずに、手を血に染めて自分の死を待っていた。
―――あれ、でも『きっかけ』って何だっけ
「おい、おい!」
「あ、」
目の前の男はしゃがみ込み、アンネマリーの顔を心配からか覗こうとしていた。蹲ってからの体感は長かったが、恐らく数秒しか経っていないだろう。
彼の声に意識を現実に戻したアンネマリーは自分がエドウィンの瞳を見て、相手を思い出したの思い出し、咄嗟に幻惑魔術を自身にかけた。
きっと今の彼にはアンネマリーの姿がどこかぼやける認識しずらい顔になったに違いない。
「あれ、お前」
膝に埋めていた顔を上げるとエドウィンは少し不思議な顔をした。幻惑の効果が出ているのだろう。その表情にほっとした。
至近距離で見たエドウィンは前世と同じ碧眼で、寝ている時に推測した通り整った顔立ちをしていた。そこら辺の女子生徒であればこの至近距離はきっと赤面ものだろうが、アンネマリーはいかんせん兄がこの世のものとは思えぬ程美形な為、狼狽える事はなかった。
「すみません、雷の音に驚いて」
実際はそんな可愛い女ではないのだが、今はそう言うしかない。
アンネマリーは蹲っていた為、砂がついた制服をパンパンとはたきながら立ち上がった。
「あんな近くに落ちれば驚くだろうな」
「全くです」
困った様に笑いながら言えば、エドウィンも立ち上がり、ふっと笑った。その顔は思った通り柔らかい笑顔だった。一見冷たそうな顔の作りなのに、浮かぶ柔らかい笑みに思わず魅入ってしまう。
笑う顔は似てなくもない。前世もよく笑う人だった気がする。髪は金髪から黒髪と真逆に変わってしまっているが。
それに比べればアンネマリーの変化はそんなにない。
前世はホワイトベージュ、今はホワイトゴールド。見ようによってはホワイトベージュに見えなくもない。顔は当然違うのだが。
そんな事をぼーっと考えていたが、早くこの場を出た方が良いのでは、と思いあたり、帰ろうとすると引き留めるようにエドウィンが声を掛けてきた。
「そういえば自分に結界を張っているのか」
興味深そうに言われ、そういえばさっき弾いた事を思い出した。結構強めな音がしたのでそれなりに痛かっただろう。
自分を心配して触ろうとしただけなのに静電気に襲われるなんて、可哀想な事をした。
「あ、え、あーはい。似たようなものですね」
少し気まずく思いながら答える。
「理由を聞いても」
「あー、第二王子殿下関係で色々ありまして、学園ではしとこうかな、と」
言っても良いものか、一瞬考えたが隠す事でも無いので素直に言うとエドウィンは『カーティス…』と呟き、ああ…と納得した様な声を出す。顎に手をやり、思案している格好だ。
「少し前に食堂で騒ぎがあったって聞いたな」
もしかしてその出来事は結構噂になっていたりするのだろうか。こんな温室に引き篭っていそうな男でも知っているなんて、かなりの広まっているのでは。アンネマリーは背中から寒気が這い上がり、ヒュッと喉が鳴った。
考えてみればそうか。この国の第二王子が公衆の面前で冗談でも求婚をしたのだ。これは学園生活の良いスパイスだろう。
だがしかし、しかしだ。噂が広がるのは得策ではない。この学園に居るという第二王子贔屓の過激派。まだ鋭い視線だけで実害は出ていないが避けて生活出来るなら避けて生活がしたい存在だ。
広まれば広がる程、実害が出てきそうな存在に悪寒が走った。
「きっとその出来事ですね」
震えながら肯定すれば、大変だったなと憐みの目で見られてしまった。やはりあの出来事は他人から見ても不幸な出来事だったらしい。
これは大変な面倒臭い事になりそうだ。
アンネマリーは平和に暮らせ無さそうな未来を思い、力無く笑っていたが、柔和に微笑むエドウィンを見て、アンネマリーは唐突に談笑している場合ではない事を思い出した。そして慌てた様に態とらしく『あ!』と声を出すと、素早く礼をした。
「迎えが来る時間なので失礼します」
実際は迎えなど来ず、適当な場所で転移して帰っているのだが言わなければ解らない事。
エドウィンはまだ何か言いたそうにしていたが、引き止める程の事ではなかったらしく、小さく頷いた。
「ああ、またな」
穏やかな低音に笑みを返し、アンネマリーは足早に温室を後にする。
頭の中は前世の彼――クラウスと食堂の噂でいっぱいだった。
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