9.第二王子
4限目も終わり、昼になった。弁当を持ってくるべきか悩んだが、ヘルムートに食堂は美味しいと聞いたのでアンネマリーはサラと食堂へ向かった。
どうやら食券を買ってからバイキング方式で食堂の人によそって貰うらしい。
「星環証をここに当てるの」
と、サラは食券機にある窪みに星環証を押し当てた。すると右下から紙が出てくる。
それを食堂の入り口にいる職員に渡すとそのまま料理のあるスペースへ通された。
沢山の料理に迷っていると『本日のおすすめ』という文字が目に入った。内容を見てみると帆立のクリームスープと白身魚のソテーらしい。魚介もあるのか、とまじまじと見てしまった。
「私のおすすめはひよこ豆のトマトスープだよ」
サラはアンネマリーにそう言うとカウンター越しにそれを注文した。注文を受けたメイド服の職員が銀食器にスープを注ぐ。貴族が主な学園では食器は銀らしい。それはそうか、とアンネマリーは感心しながら本日のおすすめを注文した。
メインとスープ、サラダを注文しサラと席を探す。こういう天気はテラスが良いと外に出ればそれ程テラスに人はいなかった。
そしてテラスに出れば視線も減ったので、アンネマリーとサラはほっと胸を撫で下ろす。
「アンといると本当視線が凄いね。みんな見てくる」
「朝からそうなの。たぶん色んな理由が重なったからなんだろうけど、流石に疲れてきちゃう」
まず一口水を飲み、サラダを口に運ぶ。シャキシャキと新鮮なレタスと大根が甘くて美味しい。アンネマリーはサラの疲れた顔を見ながら話を続ける。
「多分来週には落ち着くと思うんだけど」
「だといいねぇ」
サラはふっと遠くを見ながら笑った。その顔は何処か諦めが入っている様に見える。アンネマリーはサラと同じく薄く笑い、メインの白身魚をにナイフを入れた。
風の音に紛れ込む、僅かなカトラリーの音が囁やかに広がり、沈黙が続く空気を変えようとアンネマリーは少し声色を高くし、気になっていた事を口にした。
「そういえば!隣国の王子は登校してるけど授業に出てないってどうゆう事?」
もしかしたら自分もそれが出来るかも、とアンネマリーはサラに聞いてみた。サラがわからなくても家に帰ったら父に聞いてみようと魚を口に入れる。入れた瞬間、柔らかい身がほろほろとほぐれ、まろやかな甘味が口の中に広がった。ヘルマン侯爵家の食事とも劣らない美味しさに笑みが溢れる。
そんな中、サラはう〜んと首を捻っていた。
「はっきりとした事はわからないんだけど、多分試験結果がいつも上位だからだと思うわ」
「じゃあ、私もそれ出来そうね」
「でも本当よくわからないの。もっと他に理由があるのかも。担任に聞けばわかると思うんだけどね」
眉を下げて言うサラにアンネマリーはふむ、と食事の手を止めた。
正直、授業に出なくても良いと思っている。授業に出なくても満点首席なのだ。受ける意味は?と考えてしまう。だが、兄ヘルムートも首席を守って卒業したが授業はちゃんと受けていたと聞いている。それが当たり前。登校後に引き籠りたいと考えているアンネマリーがおかしい事は分かっているのだが、前例があると聞いて自身もそれをしたいと思ってしまったのだ。染み付いた引き篭もり根性はそうそう治るものでも無い。
「サラの助言に従って担任に聞いてみるわ」
止めていた手を動かし、咀嚼をする。暖かい陽射しとほんの少しの風が心地よく頬を撫でる。
お腹いっぱい食べたら眠くなるな、とアンネマリーはサラの話に頷きながらスープを口に運んだ。
「お前が噂のゴーストレディか?」
突然、背後から聞こえた声にアンネマリーは食事の手を止めた。ゴーストレディとはアンネマリーの忌むべきあだ名だ。その名が社交界で広がってしまったのでこうして登校を始めたのだ。
アンネマリーは実際に呼びかけられたそのあだ名に『本当に言われてるのか』と若干眉を顰め、立ち上がるべきか考える。
そもそも、だ。そんな褒め言葉ではない名前で呼ばれて答えるべきなのか?しかも何だか傲慢な声だ。
目の前のサラを見れば、青い顔で固まっていた。
(どうしてそんな青い顔に?)
「サラ?」
アンネマリーは後ろの声を結果的に無視した形でサラに声を掛ける。サラは青い顔のまま、目だけアンネマリーを見ると囁く様な声を出した。
「アン、でんかが」
何を言っているのだろうと首を傾げていると声の主がアンネマリーの肩を叩く。
まさかの接触に振り返れば、見た事のない色彩の瞳に目を奪われた。その後に認識したのは綺麗な長い金髪。
(空色が輝いている)
輝く空色の瞳。それは知識としてある王族の特徴。そう、王族の血縁者にしか現れないという『天の輝瞳』
そう言えば、とアンネマリーは思い出す。クラスメイトに第二王子がいるとサラに言われていた事を。この長髪の男が第二王子なのだろう。
(でもクラスにこんな人いた記憶ないな)
じっと目の前の男を見ていれば、男はアンネマリーが振り向いた時から目を見開いたまま固まっていた。勿論手も肩のままだ。
(こんな派手な人いたら気付くと思うんだけど)
男は顔の造形も一般的に美しかった。だが、アンネマリーには兄の方が美しく思えた。
背中の中程まである長髪は緩い三つ編みを結われ、それを前に垂らしている。肩で羽織った制服のジャケットは着崩しているのに色気で着こなしていた。色気に関してはタレ目のせいもあるのだろう。口元のホクロも見る人が見れば堪らないに違いない。
だが、今はそんな顔が驚く程間抜けに仕上がっている。
いつまで掴んでいるつもりなのか。アンネマリーは王子の可能性が高い男の手をそっと外させ、男にぶつからない様に椅子を下げた。
そして椅子から腰を上げると淑女らしくカーテシーをしてみせた。
「はじめまして。ヘルマン侯爵家が次女、アンネマリーと申します」
アンネマリーは正直面倒臭いと思った。折角の食事の時間に水を差された。初の食堂なのに、まだ半分も食べていないのに。
伏せた顔は見えないのを良い事に酷い顔だ。眉間も口も皺が寄っている。
「あぁ、顔を上げていいぜ。俺はカーティス・タウンゼント。この国の第二王子だ」
「なんと第二王子殿下でしたか。失礼な態度を致しまして大変申し訳ございません」
やはり王子だったか。アンネマリーはわざとらしく大袈裟な声を出し、姿勢を戻した。カーティスを見ればにんまりと満足そうに笑っている。アンネマリーも見本の様な作った笑みをカーティスに向けた。
(この人、見た目と喋り方のギャップありすぎじゃない?)
柔和な雰囲気なのに喋りはやんちゃだ。ピアスも片耳に5個は空いているのが後れ毛からチラリと見えた。
家でヘルムートから王太子の話は聞くが第二王子の話はほとんど出ない。ヘルムートが王太子と学友だったという事もあるのだが、圧倒的に王子だったら王太子と関わる事が多いのが原因だ。この間も突然の魔物退治の命令に五日間不在だった。しかも指揮は王太子が取っていたというのだから、接点ありまくりだろう。
(あ、でもお父様から魔術の使い方が上手いって聞いた事があったな。あと魔導具作りが趣味とかって)
気付かれない程度に手元に目をやれば、片手に三つは指輪をしていた。どれもゴツいもので、一見しても魔導具だと分かる。
「成程なぁ、確かにヘルマン侯爵家の人間だ。あそこの先祖は妖精だったよな」
「左様で御座います」
ヘルマン侯爵家に妖精の血が混じっているのは有名な話だ。だからこそ王家も重宝している。姉ユリアンも結局は恋愛結婚だったが、最初は王家打診の政略結婚だった。『天の輝瞳』と妖精の血を混ぜたかったらしい。それを聞いた時は実験じゃないんだからと呆れたものだし、姉を馬鹿にされた気がして怒りが沸いたものだ。今となっては幸せそうな姉が一番なのでそこまでの怒りはないが。
「お前の身内も見た事があるけどよ、お前は特別綺麗な髪色してるな」
そう言いながらカーティスがアンネマリーへ距離を詰めてきた。パーソナルスペースが広いアンネマリーはどうしようかと一瞬考えたが、直ぐに防御結界をかけた。範囲は自分から5cmほど。膜の様なものだ。
案の定、カーティスはアンネマリーの髪を手に取ろうと手を伸ばしたが、それは結界に弾かれる。
―――バチン
と大きな静電気の様な音が鳴り、カーティスはその手を引っ込めた。
美しい顔が少し痛みで歪んでいる。静電気だ、これは不敬罪にあたるか?とアンネマリーは少しばかり微笑みを感じの悪い笑みに変えた。そして口元に手をやり、先程の言葉に対して返事をした。何事もなかったの様に。
「殿下に褒めて頂けるなんて光栄でございます」
にっこりと目元も緩ませて、そう言えばカーティスもつられて笑った。
「無詠唱か。万年首席は伊達じゃねえんだな。流石はヘルマン侯爵家だ」
肯定も否定もせず、笑みを湛える。さっさと去ってくれないだろうかとアンネマリーは思う。だが、目の前の男は笑うばかりで事は終わらない。
カーティスは自身の口元に指を置きながら、首を軽く傾げた。ぶりっこの様なポーズにアンネマリーは一瞬顔が固まってしまう。
「お前、婚約者いるか?」
「おりません」
アンネマリーは即答する。それはそうだ。いないのだから迷う必要もない。
母は学園生活で恋人でも何でも作って欲しい様だが、一切作る気はない。在学中の釣書は全てお断り予定なのだ。
「なら、俺と婚約しねぇか」
にやりと笑う男にアンネマリーは固まった。背後でサラの息を呑む声が聞こえる。
カーティスは本気だからな、と唯々くつくつと笑っていた。
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