温泉脱出作戦②
アサヒ ― 寮の温泉・洗い場 ―
ガララッ
ブワッ――
湿った空気が一気に押し寄せ、肌にまとわりつく。湯気の向こうには楽しそうに笑う少女たちの姿が揺れていた。
アキナ「わぁあ!!ひろーーーい!!」
アカリ「そういえばアキナは寮の温泉、初めてだったわね」
トウカ「アキナさま!ここの露天風呂は絶景なんですよ!?他にもサウナや水風呂、寝湯にジェットバス、そして岩盤浴もあります!!一つずつ説明しますね!!」
アサコ(アサヒ)(説明は後でやれ……!今は俺を放っておいてくれ……!!)
三人がはしゃいでいる隙に、俺はそっと洗い場を確保した。
アサコ(アサヒ)(今のうちに身体をぱっぱと済ませよう……!)
備え付けのシャンプーやコンディショナーは使わず、自分で持ってきたものを並べる。木製の風呂椅子に腰を下ろし、湯桶を手に取った――その瞬間。
トモエ「あら? アサコじゃない。珍しい」
アサコ(アサヒ)(………………え?)
隣に、よりによってトモエが座っていた。
アサコ(アサヒ)(しまったぁあああああああ!!焦ってて周りをよく見ていなかったぁああああああ!!なんでよりによって“この人”の隣なんだよ!!)
トモエは髪をかき上げながら、じっと俺を観察してくる。
トモエ「そんなに驚いてどうしたの?何か後ろめたいことがあるのかしら?」
アサコ(アサヒ)「天下の創造神さまが隣にいるんですもの。驚きますわよ……」
アサコ(アサヒ)(頼む……これ以上突っ込むな……!)
俺はシャンプーを泡立て、髪を乱暴にゴシゴシ洗う。
トモエ「ガサツな洗い方ね。まるで男みたい」
ギクッ
全身から冷や汗が噴き出す。
アサコ(アサヒ)「わ、私、そういうの面倒くさいから……髪は適当に洗ってますので……」
アサコ(アサヒ)(頼む……信じてくれ……!これ以上核心に迫らないでくれ……!)
しかしトモエは、鋭い目で俺を観察していた。アキナよりも、アカリよりも、ずっと鋭い。
アサコ(アサヒ)(移動するか!?いや、余計怪しまれる!速く身体を洗って温泉へ逃げよう!!)
ゴシゴシと泡立てる俺の手を、トモエがそっと止めた。
トモエ「……貸しなさい。そんな乱暴にしたら髪が傷むわよ」
アサコ(アサヒ)「い、いえ!自分でできますから……!」
しかしトモエは聞かない。湯桶を取り、俺のシャンプーを奪い、背後に回る。
トモエ「アサコ。あなた、誰かに髪を洗ってもらったこと……ないでしょう?」
アサコ(アサヒ)「っ……!」
図星。
胸が一瞬だけ痛む。
トモエの指先が、優しく髪を梳くように泡を広げていく。
アサコ(アサヒ)(な、なんだこの……優しさ……!?いつものトモエじゃない……!怖い……逆に怖い……!!)
トモエ「ほら、力を抜いて。そんなに肩に力を入れたら、余計に“男の子みたい”よ?」
アサコ(アサヒ)(ひぃっ!!その言い方やめろぉぉぉ!!)
でもトモエの手つきは驚くほど丁寧だった。まるで壊れ物を扱うように、優しく、慎重に。
トモエ「……ねぇアサコ。あなた、本当に“女の子”なのかしら?」
アサコ(アサヒ)「っ……!」
心臓が止まりかける。
しかしトモエは、ふっと笑った。
トモエ「ふふ。冗談よ。せっかく綺麗な髪をしているんだから、大切にしなさい」
そのまま、
シャンプーを洗い流し、タオルで水気を切る。その後コンディショナーを付け、1〜3分置き、しっかりすすいだ。
全部やってくれた。
そして薄く笑いながら、露天風呂へ向かっていった。俺はその後ろ姿を呆然と見つめていた。
アサコ(アサヒ)(な、なんで優しくした!?いつも弄ってくるのに……なんで!?もしかして……バレてる!?やっぱりバレてるのか!?)
背筋が凍る。
アサコ(アサヒ)(……露天風呂には、しばらく行かないでおこう)
タオルを握りしめながら、俺は深く深くため息をついた。
周りを見渡し、誰も俺を見ていないことを確認してからバスタオルを脱いでボディーソープを泡立てる。
アキナ「あっ!アサコさん身体洗ってるの!?背中流してあげる!!」
アサコ(アサヒ)(来たぁあああああああ!!天使の笑顔で地獄の宣告をするなぁあああ!!)
アキナがこちらへ走ってくる。その後ろでトウカが慌てて叫ぶ。
トウカ「アキナさま!!まだ私の説明が!!」
アカリ「温泉で走ると危険よアキナ!!」
アサコ(アサヒ)(ヤバい!!このままじゃ背中どころか全部見られる!!)
俺は内股で急いで高速で身体中を洗いまくった。
泡が、泡が、泡が……!
アキナ「ただボディータオルが無いから手で直接洗うことになるけど……ってアサコさん全身泡だらけ!?」
アキナが思わずツッコミを入れる。その後ろからトウカとアカリも到着した。
トウカ「なっ、何よアサコ!その姿は!!」
アカリ「すごい泡ね。どこで売ってるのかしら……」
そう..……隠すために、俺は“泡立ち最強”のボディーソープを選んでいたのだ。
二人は呆れ顔。
しかし――
アキナ「すごーーい!!私も使わせて!!」
アキナだけは目を輝かせていた。
アサコ(アサヒ)「よかったら貸すわよ?」
アキナ「いいの!?ありがとう!!アサコさん!!」
アキナが俺のボディーソープを手に取った瞬間、彼女の目が更にキラキラと輝いた。
アキナ「すごーーい!!めっちゃ泡立つ!!」
アキナは嬉しそうに手のひらを泡まみれにし、そのままアカリの腕にぺたっとつけた。
アカリ「ちょっ……アキナ!?冷たいじゃない……!」
アキナ「見て見てアカリ!!ほら、こんなにモコモコ!!」
アカリは呆れながらも、泡を指でつつく。
アカリ「……確かにすごい泡ね。どこのメーカーなのかしら……」
アキナがアカリとトウカを巻き込んで俺のボディーソープで遊び始めた。
トウカ「アキナさま!遊んでないで……」
アキナ「トウカちゃんもやる!?ほらっ!」
アキナがトウカの手に泡を乗せる。
トウカ「ひゃっ!?つ、冷たい……!な、なんですかこの量は!!」
アキナ「アサコさんのボディーソープ!!すごいでしょ!!」
トウカ「すごいというか……これはもう事件レベルです!!」
アカリ「でも便利よね。これだけ泡立つなら、身体洗うの楽そう」
アキナ「でしょでしょ!!」
三人は完全に俺のボディーソープに夢中になっていた。その隙に身体についた泡を一気に洗い流し、大浴場へと逃げ込んだ。
アサコ(アサヒ)(と、取り敢えず……地獄の第二ラウンドはクリアかな……)
湯気の向こうで、アキナたちの声が遠ざかる。
アサコ(アサヒ)(……しかし)
頭に浮かぶのは、さっきのトモエの手つき。
優しくて、丁寧で、妙に静かで――
いつもの彼女とは違っていた。
アサコ(アサヒ)(やっぱりバレてるのか?いや、取り押さえられてないってことは……
まだバレてない……はず……)
そう思い込むことでなんとか心を落ち着かせる。俺は湯船の端で小さく丸まりながら、次の地獄に備えて深呼吸した。




