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足跡を追って2

 利根川、美雪、ミューキーと初めて出会った白鶴城址公園に向かった。


 公園は、循交乗り場近くの入口から入ると、雑木林の間を抜ける遊歩道になっていて少しひんやりする。

 見上げれば、そよ風が木々の梢を揺らす葉擦れの音が微かに響き、チチチという野鳥のさえずりが木々の間から聞こえて来る。

先ほどまでの賑やかさとは別世界だ。


 美桜も上を見上げ、頬を撫でる微風を楽しんでいる。

そんな木漏れ日の森を散策するのは、何ものにも代えがたい穏やかな癒やしの時間だ。


 雑木林を抜けると、左手に花壇、ベンチ、噴水がある。

季節が移り変わり、花壇の花が変わっていたが、あの時の記憶にあるままだ。

 右手には子供向けの遊具が申し訳程度に設置されているが、今の時代、公園で遊ぶ子なんていない。


 噴水の近くの木陰に空いているベンチが見えた。

何も言わずに指を指すと、美桜もうなずいた。


 丁寧に刈り込まれた芝生を横切って、ベンチに座る。

2人で並んでサンドイッチを食べ、リサイクルカップのコーヒーを飲みながら3人と出会った時の話をした。


「もう何ヶ月も前の話になるんだけど、このベンチに座ったのが全てのはじまりだったんだよ」


 指を指しながら、あの辺りに大きな犬がいたこと。

運悪く、利根川さんが押すベビーカーに犬が突進し、ミューキーが驚いて逃げ出したこと。

森に逃げ込んだミューキーを俺が保護したこと。

 数日後、ここで再び利根川さんと会って、たまたま見せたスケッチを気に入ってもらい、研究室の子供部屋にかかっている絵を納品したこと。

そして、美桜とチームになったこと。


 奇跡的に、いくつもの偶然が重なり、今がある。

そう考えると、幸運に感謝せずにいられない。


「そんなことがあったんだ。じゃ、森の中も見に行く?」


「いやいや、不法侵入になっちゃうって。それより次は、カウンセリング堤を見ておこうと思うんだ。このベンチに座った理由が、堤で受けたカウンセリングが原因だから、念のためさ」


 公園から旧市街方面に歩いて数分だが、2人で話ながら歩いていると、思ったよりも近く感じる。


「そこの角を曲がると、レンガ風の外壁をしたビルがあるんだよ」


 たしかに、煉瓦を模したタイル張りの古びたビルが目に入った。

この記憶も本物だ。


「そうそう。ここの9階だったはず」

そう言いながら開け放たれたビルのエントランスに入っていくと、微かにオイルとカビが混ざったような古いビル特有の臭いがする。

 節約のためか、照明は落とされて薄暗い。

まさにカウンセリング堤の印象通りの雰囲気だ。


 だが、エントランスに入ってすぐ、右手に並んだ郵便受けを見ても803号室までしかなかった。

振り返って確認したエレベーターの階数表示も8までだ。


 9階は無い。


「あれ? 8階だったか。とにかく最上階だったのは間違いない」


「郵便受けの宛名を全部見たけど『カウンセリング 堤』って無いね」


「かなり古びていたし、看護師さんだって、もうずいぶんなお歳だったから閉めてしまったのかもしれないな。一応、行ってみようか」


「そうね」


 旧式のエレベーターに乗り込み、最上階である8のボタンを押す。

ドアが閉まると、ゴトンと古めかしい振動とともに動き出した。

エントランスに入った時よりも強く、エレベーターシャフトの臭いが充満している。


チン。


ドアが開いた。

廊下に明かりは点いていないかったが、陽が射し込んでいて明るい。


だが、8階は全て空室だった。


「廊下には見覚えある?」


「見覚えは無いかな。いや、白状する。カウンセウリングに行くような精神状態だったし、全く覚えてない」


「やっぱりここ、潰れちゃったのかも。それとも……、もしかして隣のビルと間違えたってことは?」


「無いとは思うけど、断言出来ないな。もうちょっと歩いてもいいか?」


「いいけど。そうねぇ。今日はケーキで手を打ちましょ」


「分かったよ。堤と一緒にカフェも探すことにするよ」



 結局、隣のビルにも堤は入居してなかった。

諦めきれずに隣のブロックまで足を伸ばしてはみたものの、結果は変わらずだ。


 最後に、ノスタルジックな趣のある理髪店で聞いてみたが、やはり、そんなカウンセラーは知らないという。


 歩き疲れたし、すでに15時を回っていた。

状況は、まさに八方塞がりだ。



 なかばボーッとしたまま、先ほど見つけたカフェレストランに向かい、約束通りコーヒーとケーキをオーダーした。

マスター曰く、この辺で代替品じゃない本物のコーヒーを出す店は、ここだけだそうだ。


 芳醇な香りのブレンドコーヒーのおかげで、頭の霧が晴れてきたように感じる。

 次いで素朴な見た目のキャロットケーキが出てきた。

濃厚なクリームチーズをベースにしたクリームと鼻に抜けるスパイスは、歩き疲れた俺たちにしばしの休息と、情報を整理するだけの気力を与えてくれた。


 キャロットケーキをつつきながら、カウンセリング堤に通った顛末(てんまつ)を話した。


「今まで詳しくは言わなかったけど、俺の記憶障害ってさ……、白痴化(はくちか)なんだ。この町近辺で密かに進行しているそうで、早いと7、8年で命を落とす不治の病って言われている」


「えっと……、その白痴化?って、正式名称は覚えてる?」


「いや、アザトーなんとかっていう小難しい名前らしいけど、覚えてない」


「あ、ごめん。続けて」


「うん。大学の同級生だった片山ってヤツが神経外科医をしててさ、そいつが診断を下したんだ。そして、カウンセリング堤を指定した」


コーヒーを1口飲んだら、ずいぶん冷めていた。


「でさ、緩和ケアカウンセリングと言いながら、堤がひどいのなんの。特に看護師さんにはビックリだったよ。見た目90歳くらいで100年前のようなナース服。ミイラみたいな臭いがしてさ、生きる希望を刈り取られる感覚を生まれて初めて味わったよ」


「何それ、ククククッ。ミイラって……ククッ。お腹……痛い……」

ミイラがツボにはまったらしく、お腹を抱えて大笑いしたいのを堪えている。


「室内もすごかった。高級感や落ち着いた雰囲気を醸し出すために照明が落としてあったんだけど、完全に失敗だね。高級ホテルと、薄暗くてカビ臭いボロアパートくらいの落差があったんだ。粗大ごみを集めたような調度品で……」


「ハァ……。も、もうダメ……」


「笑いすぎ!」


急にまじめな顔をして、グイッと顔を寄せて来た。


「翔さん。私も元カウンセラーだから言うけど。まず、白痴化ね。かなりコンプライアンス的に問題のあるネーミングだよね。差別的すぎて、通称だとしても普通にアウト。それにね……。しっかりと受け止めて欲しいんだけど、そういう病気、今までに噂すら聞いたことないよ」


「でも、たしかに堤で、そう説明されて。堤……?」


「ミイラを雇っていて、存在しないビルの9階、粗大ごみの中で営業してたカウンセラーだよね? 私より信用出来るの?」


「いや、俺は……」


「いったん落ち着いて、整理してみましょうよ」


 たしかに、美桜に言われるまでもなく、カウンセリング堤は、最初から何もかもが怪しかった。おまけに、いくら探しても見つからないじゃないか。


 リアルではない可能性!?


 堤は存在しない!?


「そうだ。片山……。あいつなら全て知ってるはずだ」


 アドレス帳に片山の名前は無かった。

神経科医でGATE検索してもヒットしない。


 つまり……、片山も存在していないんだ。


「俺が研究所に入るきっかけって……。記憶障害はウソなのか……。でも過去の記憶は消えて……」


「大切なのは、そこじゃないよね」


 テーブルの上で硬く握った俺の手に、美桜が手を重ねた。


「大切なのは、今、この瞬間の翔さん自身と、未来だよ」


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