街。
インターホンを押すと、親父はどうやら家にいたようで、すぐに玄関まで出てきた。
「突然どうした。連絡の一つぐらいよこさないと何も用意してないぞ」
5年ぶりにあった父は、少し痩せて、髪も薄くなったようだった。
「いいよ、別に。仕事で近くに寄っただけだし。すぐ帰る」
仕事なんてとうにしてないが、わざわざよる理由なんてそれぐらいしか思いつかない。
「母さんや姉貴は?」
なんとなく気になって聞いてみる。
「母さんはお義母さんの介護につきっきりでしばらく帰ってきてない。姉ちゃんは都会のある街に転勤になってからなかなか帰ってこないな」
なるほど、そういうことになっているのか。
居間に上がり、冷蔵庫を開ける。お茶があったので2人分入れると、特に会話をすることはなくなり、手持ち無沙汰な父が口を開いた。
「彼女はできたか?お前もそろそろいい歳だろう」
あれほど仲の悪い夫婦を見せつけておいて、母親に何度も結婚したことを愚痴らせておいて。この父親はどうやら息子に結婚して欲しく、孫の顔が見たいのだなと知ったのは、ことあるごとに彼女の存否を聞いてくるからだった。
「彼女はいたよ。別れちゃったけどね。だからしばらく結婚はむりじゃないかな」
父は驚いた顔をしてこちらをみる。彼女の存否なんて振り易い話題の一つであって、定型文であって。今まで彼女のかの字も話さなかった息子から彼女の話が出てくるとは思わなかったんだろう。
「そうか。まあ頑張れ。男女の仲は難しいからな」
「喧嘩ばかりしていた親父に言われると実感が違うね。まあ次は上手くやるさ」
次なんてもう、ないんだけれど。
「そろそろ行くよ。話すこともないし」
僕はコップを流しに戻し席を立つ。
「おう。会えてよかった。元気でやれよ。母さんや姉貴にはよろしく伝えておくよ」
父は玄関まで僕を見送ると、家に入っていった。見送られた僕は悪魔の待つホテルに向かった。