終わる世界と俺と悪魔と
「どうだった?親父との会話は」
「どうもこうもないな。無難な話をして、それで終わってしまった」
元々家族サービスをするような父ではなく、父を嫌悪していた母は家族サービスを求めるわけでもなく。ほとんど家にいなかった父と自分がそもそも昔どんな話をしたのかも覚えていなかった。
「腹を割るにはもう、俺たちは今の関係に時間をかけすぎてしまった。今更突っ込んだ話なんて聞けないし、聞こうとも思わなかったな」
自分がこの歳になったからこそ、聞きたいことは案外あった。夫婦の夜の生活はどうしていたのだとか、どうせ夜の店に行って発散していただろう?とか。
ただそんなことを聞けるほど俺たちの仲は良くなかったし、そんなことを今更聞いて教えてくれるような父親だとも思えなかった。
「まあだから、これにて俺の人生は終了。特に不満もないね。楽しかったよこの1週間」
いまだに死ぬ実感があるともいえないけれど、実感もなく消えていった人々に比べればまあ、幸せと言えるのだろう。
憧れのホテルで夕食を食べながら、俺は悪魔と語り合う。この1週間で楽しかったこと。意外だったこと、やり残したこと、やりきったこと。案外、後悔が出てこなかったのは、終わりにふさわしいかもしれない。
「ちなみに、この世界が閉じ切ったあと、悪魔の俺と同行した君には悪魔になる権利があって」
「悪魔になる権利?」
なんだか最後の最後で突然な話が出てきた。
「そう。この世界と一緒に閉じられて消えてしまうわけじゃなくて、同じように世界を閉じる側に回れるってこと」
それはちょっと面白そうだ。
「いいね。そうするとまだ君といれるってわけだ」
たとえ世界が終わってしまおうと、俺の知っている全てが消えてしまおうと、俺を知っている全てが消えてしまおうと。この悪魔と一緒にいれるなら、しばらくは楽しめる気がした。
「それは無理。悪魔はいつだって単独行動だからね。君は1人で世界を閉じ続けるか、俺お同じように誰かを見つけて一緒に閉じるかだ。誰かと一緒にいれるのは最後の七日間だけだけどね」
「ああ…」
世の中そんなうまくはいかないか。つまりはまあ、1人でいろんな世界を旅して終わらせていく旅ができて、最後の数日は誰かと喋れて、また別れてって形か。まあ、それならー
「遠慮しておくよ。俺は、この世界と一緒に俺を閉じる。楽しかったよ。最後に君と旅行ができて」
もうこれ以上、誰かと別れて、誰かとの思い出を1人で背負っていくのはうんざりだった。
「思い出っていうのは誰かと背負うものであって、1人で運ぶものじゃない」
2度と元カノと会わないと決めた時、俺を何より苦しめたのは、誰とも語り合うことができないが、この世界に散らばり続ける、数々の思い出たちだった。
「共感する相手のいない思い出は、ひとりよがりで。もう、うんざりだ」
俺はゆっくりと、心を込めて言葉を吐き出す。悪魔は笑いながら答える。
「ちなみに、同行者に悪魔になるのを断られると、その悪魔も同行者と世界と一緒に閉じられてしまうんだけどね」
おいおいおいおい。そういうことは先に言えよ。
「あー……あぁーー?あぁ」
まあでも、そうだな、いいだろ。
「俺は悪魔にはならない。この世界と一緒に消える」
悪魔の方をじっと見る。
「だからお前も、一緒に消えてくれ」
「……そう言うと思ったよ」
悪魔は嬉しいのか、悲しいのかよくわからない顔で言う。
「君と出会った時にやけに落ち着いているな、と思った。これは運が良いけど、もしかしたら死ぬかもなって」
「どうして?」
「格言があるのさ。『落ち着いてるやつを選んだ奴は、ラッキーだ。最後まで一緒に楽しめる。ただし、死を覚悟しろ』ってね。狼狽えるやつは死にたくない奴が多いから、悪魔になる道を選ぶ奴が多い。だけど、落ち着いてるやつはー」
悪魔はどこか遠くをみながら言う。
「腹が据わっているか、全てを諦めているかのどちらかだ」
「もちろん後者だね」
そもそも死のうと思っていた。いや、死にたくはなかったけれど、生きたくはなかった。学生時代に優秀だった俺が、全てうまくいくと思っていた世界は、社会は。何もうまくいかない世界で。それでも必死にもがき続けて手に入れた女の子には、こっぴどく振られてしまって。そうすると仕事でも失敗続きで、自分の存在価値がわからなくなって。生きている意味なんてとうにないと思っていたが、光希に申し訳なくて、死ぬ覚悟だけはずっとなかった。
「だから、君に出会って、本当に世界が終わるのだとわかった時、とても嬉しかったよ」
来週世界が終わると言われて、悲しめる人は、この世にどれだけいるんだろうか。
「未練があるのか?生きていくことに」
俺は申し訳なくなって聞くと、悪魔は少し考えてから言葉を発する。
「どうだろうな。思い出ってやつは、やっぱり1人で背負っていても重いだけだよ」
悪魔はきっと、いろんな世界を閉じてきたんだろう。時には最後まで一人でやりきり、時には誰かと思い出を作り、一人で背負って生きてきた。その日々はやはり、俺の日々よりもっと、寂しいものだったんだろう。
「まあじゃあ最後に、二人でグダグダすごそうぜ。夜は長、くはないか」
「だね。まあ最後はゆっくりできるように時の流れをいじりつつ、いつ消えるかはお互いわからないようにしようと思う」
それがいい。何気ないうちに死んでいる。おそらく最も幸福な死に方だ。
何食べる?うちの地元、名産ないけど。歌劇焼きとかいうベビーカステラみたいなやつならある。
なにそれ?美味しいの?
いや食べたことないー
俺は笑いながら言う。俺と悪魔の何気ない会話は、世界が終わるまで続いた。
こうしてこの世からまた一つ、世界と一人と一つの悪魔が、消えたのだった。




