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さようなら はじめまして  作者: 鈴木 淳
第三部 自由
43/94

自由8


「リリィ? どうしたの?」


「ぅ―……」


リリィは顔を赤くして顔を隠してしまった。


「お兄ちゃんも……」


「ん? 私も?」


「お兄ちゃんも格好良いよ!」


ちょっと涙目になって私に伝えてくる。


「ありがとう。リリィ。お世辞でも嬉しいよ」


リリィの頭を撫でる。猫のように身体を摺り寄せてきた。



「あ、見てリリィ! 町が見えてきたよ」


窓の外から見える光景には町の光景と外を警邏している兵士が見えた。

そして、町の至る所から白い煙が上へ上へとたなびいている。


「馬車飽きたから嬉しい」


リリィの言葉に頷く。馬車にずっと乗っているというのは存外、飽きるものだった。まぁ、自分で歩くよりは絶対に楽なんだけどね。

それに、これで護衛の依頼もしているんだから文句なんてありませんよ。ほんとだよ?


「今日はちゃんとしたベッドで眠れそうだ。そうだ、従者さん。あの町って白い煙がたくさん上ってますけど、いったいなにがあるですか?」


「へぇ、この町には温泉がありましてね。いろんな宿屋から温泉の煙が見えるんですよ。この町の温泉は有名で、貴族様が湯治に来ることも結構あるんですよ」


「温泉かー! それは楽しみだな。温かいお湯に浸かるなんて贅沢で全然できないからな」


「お兄ちゃん。温泉ってなあに?」


「温泉ってのは温かい水が溜まってる場所で、川での水浴びの温かい版見たいなものかな。温かいから気持ち良いんだよ」


「そうなんだ。リリィも楽しみ」


笑顔で答えてくれる。この三週間とちょっとでリリィとの仲はかなり進展していた。

自分で言うのもなんだが、兄妹と言われても間違いないくらいは仲が良いと思っている。

リリィもそんな私をしたって、馬車では毎日、身を寄せて外套の中に入ってくる。

寝る時もそんな状態だ。

慕ってくれて嬉しい気持ちもあるけど、護衛としてはこれでいいのかと問われるとどうなんだろうと思う。

まぁ、キースさんからお小言は頂いてないから問題ないだろう。問題があったら依頼主だしなにか言ってくると思うし。



そんなこんなで、町に入る。この町の名前は竜王町というらしい。結構、凄いインパクトの名前だ。なんか国民的RPGだったら敵の本拠地かもしれないな。


町で一番大きな宿屋に馬車を2台止めて、キースさん達を先頭に宿屋の入り口に向かう。

すると、入り口のドアが大きな音を立てて開かれる。


「ふん! グズが僕の時間を取らせるなよ」


中から血まみれの男の人が投げ飛ばされた。


そして、四つん這いになった大きな人型の魔物の背に乗った金髪のイケメンが現れた。

服装は煌びやかに着飾っており、金色の装飾品が眩しい。

年齢は18歳といった所だ。服装とかに目を瞑れば、爽やかな好青年に見える。


中から宿屋の主人だろうか。恰幅の良い人が現れ、金髪のイケメンの前で土下座した。


「も、申し訳ございません。ヘンリー様! 私共の使用人がお手を煩わせてしまいまして!」


「今回はこの程度で見逃してやるが、次もこうだったら殺すぞ」


「は、はい。分かりました!」



キースさんと使用人の人達がその場で跪いている。キースさんだけは私たちに声を出さないで指で馬車に戻るように指示する。


馬車に戻ろうリリィの手を取る。


「ほぅ。そこにいるのはキースではないか! 久しいな」


イケメンがこちらに気づいてキースさんに話しかけている。

もうこうなったら下手に動くことはできない。リリィを背に隠しながら私も跪く。

恐らく、貴族か権力のある何者か。下手に心象を悪くしたら恐ろしい制裁が待っているかもしれない。投げ飛ばされた血まみれの男を見ればそれも明らかだ。


「はっ! ヘンリー様お久しゅうございます」


「今回も高級奴隷のオークションにでも商品を出すのだろう? 商品を見せろ」


「は、……はい。後ろの少女になります」


イケメンが奴隷の背に乗ってリリィに近づいてくる。背中のリリィから震えが伝わってくる。


「ほう、とても可愛らしい。面を上げよ。小娘」


「ひっ!」


顔を伏せていたリリィの頬を掴み、無理やり顔を上げさせる。リリィの握っている私の手をより強く握られる。


「涙を堪えるその姿も美しい。気に入ったぞ小娘。お前を買おう。キース! この娘を買う。エルフだし値段は8,000コルかそれとも10,000コルか?」


「いえ、ヘンリー様。その娘はハイエルフです。最低でも100,000コル。オークションで出すつもりなのでそれ以上の金額でないと手放せません」


キースさんも震える声で拒否する。

イケメンはその反応に舌打ちすると、キースの所に向かった。


「っち。今手元に100,000コルはない。だが、見目の麗しいハイエルフの娘だ。確実にオークションで手に入れて見せよう。それまで、預けておくぞキース」


そう言い、キースの肩を鞭で叩く。


「っぐぅ! はい、お待ちしております」


「私の機嫌が良くて良かったなキース。湯治も終わったので、首都に戻るが、オークションが始まるまでに逃げるなよ? そうしたらお前を地の果てまで探して殺すからな」


「はっ! 承知しております」


「では、さらばだ。下民共よ」


イケメンはそのまま金ぴかの馬車に乗って人型の魔物に馬車を引かせて去っていく。

その姿が消えるまで、私たちは誰も跪いた状態から立ち上がらなかった。



私は立ち上がり、リリィを自身の身体に離れないように抱く。リリィも私の腰に両手を這わして、涙を私の服で拭っている。

キースさんは使用人の人達に宿で3泊取るように言いつけて行かせると、こちらに向かって来る。


「キースさん。今のは誰なんですか?」


「あれはこの古龍国の王位継承権。第三位のヘンリー王子です」


「あれが、この国の王子ですか!? あんな暴虐無人な人がですか?」


「ええ、遺憾ながら王子であることに間違いはありません。噂では5年ほど前から王位継承権が無理に近い為に、王権は諦めて自分勝手に振る舞っているのです。ですが、高級奴隷を購入して頂けるお得意様でして、私共、商人はご機嫌伺いをするしか出来ないのです。先ほどの魔物も私達から購入された高級奴隷です」


この国の王子様か。それにあの恐ろしい程の暴虐さ。もし、あんな奴がリリィを買うとなったら……。

そんな事、考えるのもおぞましい。

だが、先ほど100,000コル以上の金がある事を匂わせていた。

もしかしたら、リリィは買われる可能性だってあるのだ。

なにせ、王子様なんだから。


「とりあえず、一旦宿屋に泊まりましょう」


キースさんの鶴の一声で皆、宿屋に入っていく。


「リリィ。もう、いないから大丈夫だよ。私達も行こう」


「……うん」


リリィの顔は浮かばない。それはそうだ。あんな恐ろしい相手に相対したんだから。

まだ、9歳程度の少女には恐怖しかないだろう。


「ねぇ。お兄ちゃん……」


「うん? なんだい?」


「ううん……なんでもない」


「そう? ……なにかあったら何でも言ってくれていいから」


「ありがとう。お兄ちゃん」


リリィは私の腰から手を離さずに歩く。

その手は震えている。


私はこの時、リリィの言葉を無理やりにでも聴いておくべきだった。

そうするべきだったのだ。

それを怠った私は護衛としても人間としても、リリィの騎士としても最低だった。


それが、破滅を呼ぶような未来だとしても、リリィが一緒に逃げてと言ったとしても私はその言葉を実現させるべきだったのだ。


結局、貴族や王族と言った権力者に跪いて、従う。

罰や処刑を恐れて従ってしまう。

私はその程度の人間だったのだ。

惨めだ。


そして、無力な人間だった。

小さなこの少女すら守ろうともせずに跪いてしまったのだから。


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