休日・たこ焼き
皆さんのご意見ご感想、お待ちしております。
「おはようございまーす! パン届けに来ましたー!」
「はい、何時もご苦労さん」
パン屋のロバートを従業員用の裏口から迎え入れる。焼き立ての甘いバターの香りを満足気に嗅ぎ、厳は番重の中身を素早く、一つ一つ確認して若いパン職人に笑みを返した。
「うん、良い焼き色だ。今回の食パンはお前が作ったんだって?」
「えぇ、まぁ。まだ親父みたいに色々作れるわけじゃないっすけど」
ウォーレンとロバート親子にパン作りを教えて以降、彼らはメキメキと腕を上げ、作り方を教えたパンに限っては厳と同じかそれ以上のパンが作れるようになっている。その結果は当然と言えば当然、むしろそうでなくては困ると言うもの。
厳がパンも作れる料理人であるのに対し、彼らはパンを専門にしてきた職人だ。製法が未発達だったとはいえ、これまでに培ってきた経験値にパンに対する情熱や向き合う時間が違う。職人である以上、料理人以上のパンを作れなければ話にならない。
「あ、そうだ! これ、前に教えてもらったパンの試作品です」
ロバートが小さな紙袋から取り出したのは、他のパンと比べても甘い匂いが際立つ三日月形のパン……クロワッサンだ。
「へぇ、ちゃんと焦がさずに出来たのか」
薄い生地を層のように重ねて焼くクロワッサンは焦げやすかったり、バターが溶け出して生地がベチャベチャになってしまうことが多い。最初教えた時は酷いもので、焦げて食べようがなくなったものが山積みになっていたが、このクロワッサンは見るからに美味そうなキツネ色だ。
「食べてみても?」
「どうぞどうぞ」
一応許可を得てから一口齧る。
表面は薄いサクサクとした歯触り。シロップやバター要らずの甘みと重なり合った層による、普通のパンとはまた違う柔らかな食感。厳が食べ慣れているクロワッサンそのものだ。
「良いね。じゃあいつも通り」
「クオリティを維持しつつ、高めていく……ですよね」
ニッと笑うロバートに、厳もニッと笑う。
「あ、そうそう。親父からの伝言なんですけど、ゲンさんどっかで時間作れます?」
「ん? 明日は定休日で暇だけど……どうかした?」
ちなみにアルマはエルとミラを連れて予防接種を受けさせに行く予定だ。十中八九注射を嫌がるであろうエルとミラを考えれば厳も同行した方が良いのではと思ったが、「2人の機嫌が直る料理を作ってほしい」と気を使われてしまった。
「実は親父が友達から相談を受けましてね」
話によると、怪我を理由に引退した元冒険者であるウォーレンの友人は、これまで溜め込んだ金で小麦農家を始めたらしいのだが、仕入れ先が見つからなくて困っているらしい。
商人には当然贔屓にしている業者と言うものがある。ただでさえ小麦粉を作る農家はありふれているのに、新参農家が作る小麦粉を買い取る商人が居ないのはある意味当然だ。ならどうにかして小麦粉で料理を作って売れないかと考えたが、パンやパスタが台頭するこの時代に小麦粉を使った目新しく美味い料理など考え付かない。
そこで白羽の矢が立ったのが厳だった。
「どうですかね? 何とかしてやれないですか?」
「んー」
厳は頭を掻いて少し考える。
聞いた限りだと新しく料理店を建てようとしているようだ。これだけ聞けば《うめや》のライバル店が現れるようにも聞こえるが、厳はそうは思わなかった。何故ならテーマは小麦粉で、生活する以上準備に何時までも時間をかけてはいられない。目指すべきはたった一つの料理に集中できる、所謂専門店だ。大衆食堂とは需要のベクトルが違う。
「とりあえず、ウォーレンさんとそのご友人には明日会うと伝えてくれ」
「っ! わ、分かりました!」
ロバートはパッと顔を輝かせ、一礼して去っていった。
翌日、ウォーレンの家に招待された厳はリビングで全身に鱗を持つ蜥蜴頭の亜人……リザードマンと対面していた。
「始めまして。ウォーレンの友人のリーガルです」
「どうも、《うめや》の店長の厳です。さっそくですけど、小麦粉を使った料理を教えてほしいとのことでしたよね?」
「は、はい」
少し視線を俯かせる。表情が読み難いが、何となく申し訳なさそうな雰囲気が滲んでいるのが分かる。そんな彼の隣に座って請うような視線を向けるのは家主であるウォーレンだ。
「コイツは冒険者を辞めちまっていきなり農家から料理人になるって言ってるんですが、何分そこまで料理が得意って訳でもねぇんで友人としては不安なんですよ。ゲンさん、何とかなりませんかね?」
「厳しくはありますけど、比較的短期間で料理店として成立する腕を身につける方法を、俺も考えてきました」
「本当ですか!?」
希望を見つけたかのように瞳に光を宿し、思わず身を乗り出すリーガル。
「話を聞く限り、既に結構な量の小麦粉を作ってしまったらしいですね? アルカディアじゃあ小麦粉はパンやパスタに使われるのが主流ですが、小麦粉はあらゆる料理に応用が出来ます。リーガルさんにはその中の一つ、小麦粉をふんだんに使った一つの料理とその派生料理を極めた専門店作るべきかと。何種類も覚えるよりも、そっちの方はやりやすいでしょ?」
一も二も無く同意する。元々料理経験が豊富な訳でもない彼にとって、厳の提案はまさに渡りの船だった。
「じゃあ早速、何を作るかを決めていきましょう」
こうして3人はああでもない、こうでもないと議論を重ねていく。
これは意外と難航した。小麦粉ということで最初はうどんを思い浮かべていたが、ツルツルと滑りやすいうどんはフォークで食べるには難しい。
食べ歩きを主眼に置いてトウモロコシ粉ではなく小麦粉を使い、薄皮にチリソースをかけた野菜や肉を巻いて食べるメキシコ料理、トルティーヤを候補にも入れたが、これは既にパン屋でも売られ始めているのでボツとなった。そもそも生地から作る時点で素人には難しいので、材料さえあればすぐに作れる料理に限られてくる。
『おい、聞いたか港の話!』
『聞いた聞いた! 船よりデカいクラーケンが獲れたって話だろ!? ちょっと見に行こうぜ!』
どうしたものかと頭を捻っていると、開いた窓からそんな話声が聞こえてきた。
地球でもファンタジーに取り上げられる巨大イカは異世界では普通に生息している食用の魔物だ。2~3年に1度くらいの割合でグランシェルトの港でも漁師たちが総出で獲り、その切り身が市場に並んだりする。もっとも、他国ではイカやタコを食べる習慣はないらしいが。
「そうだ! アルカディアじゃあアレは普通に食べられるんだった!」
「ウォーレン。彼は何を作っているんだ?」
「さぁ……? 俺にも分からん」
アイデアが思いつき、早速試食してもらう為に2人を《うめや》まで連れて来た厳はタコと小麦粉、各種調味料と何故かヤマイモを使って料理を作り出した。そして何より2人が気になるのは、丸い窪みがいくつも存在する変わった鉄板。
「どうぞ、たこ焼きです」
厳が大皿に乗せて持ってきたのは、タコを丸い生地の中に閉じ込めた日本発祥の料理、たこ焼きだった。
「何だこれは? 丸いぞ」
「俺の故国の料理です。特注の鉄板を作ってもらわないとですけど、それさえあれば手軽に作れますよ」
そういって2人に差し出したのは、一本の爪楊枝だ。
「フォークで食べてもいいんですけど、爪楊枝一本で食べるのが主流ですね。中は熱いので気をつけてください」
タコを覆うのは小麦粉をメインにして作った生地だというが、普段から小麦粉に慣れしたんだウォーレンでも見たことが無い。それほどまでに馴染みのない料理だが、不思議と手軽さがあって食べるのに抵抗がない。2人はタコ焼きに刺さった爪楊枝を掴み、息を吹きかけ冷ましてから齧る。
「あっつ!? はふっはふっ……」
「ん……熱いがこれは、美味い!」
外は茶色く焦げてカリカリとした香ばしい匂いと食感。それとは対照的に、中は熱く、トロトロとした旨味のある生地。そして大ぶりにカットされた主役のタコは柔らかな弾力を保っている。
《うめや》は食感の変化を楽しむ料理が数多く存在するが、外側から内側に向かって3段階に変化するたこ焼きは、まさにそれを象徴する料理といってもいいだろう。
「このたこ焼きの良いところは、生地にさえ合えば大抵の食材を入れても美味いというところですね」
そう言って冷蔵庫から取り出したのは、腸詰めやエビ、イカ、チーズなど、たこ焼きに投入する食材だ。厳はタコの代わりに、もしくはタコと一緒にそれらの食材を鉄板の窪みを満たす生地に投入し焼き上げる。
「そのバリエーションは無限大です。よっぽど変な食材でもなければですけどね」
塩味の効いた肉汁弾ける腸詰め。
プリプリとした食感が病みつきになるエビ。
タコと比べれて柔らかさが際立つイカ。
トロトロの生地と交じり合い、糸を引くチーズ。
更には砂糖を混ぜた生地を用意し、チョコレートを入れたスイーツたこ焼き。
小麦粉とたこ焼き用鉄板が持つ無限の可能性にすっかり魅了されたリーガルは、すっかりたこ焼きに心を奪われ、それを教えてくれた厳の手を両手で握りしめた。
「素晴らしいです! 本当に私がこれで商売してもいいんですか!?」
「えぇ、もちろん。うちの店でやろうにも、たこ焼きに付きっ切りなりそうなんでやらなかったんですが、専門店が出来るなら俺も楽しみですしね」
その光景を傍目から見るウォーレンは、過去の自分の浮かれた気持ちを思い出す。追い求めたパンの製法を教えてもらえると分かった時は、きっと自分もあんな顔をしていたんだろうなと。
「早速練習してみましょう。ソースをかければもっと美味くなるんですが、まずはそれに頼らずたこ焼き自体を美味しく作ってみましょう」
「よろしくお願いします!」
「そうそう。ちなみに、俺は料理を教える時、一切妥協しないので、覚悟しておいてくださいね?」
「ははは! 望むところですよ!」
にこやかな笑みだが目が一切笑っていない厳とそれに気づかないリーガルを見て、ウォーレンは親友に同情的な視線を向けながら熱いたこ焼きに舌鼓を打つのだった。
男だらけの話は初めてかもしれません。




