異世界の友人たち
温泉で軽く汗を流した康貴と隆が宴会場へ戻ってくると、宴会場は随分と人が増えていた。
しかも、その増えた人物のほとんどが華やかなドレス姿の女性とあって、康貴と隆の目は否が応でも引き付けられてしまう。
そんな色とりどりのドレス姿の女性に囲まれた中に、一人の男性がいた。
明るい茶髪と黒い瞳。背は高いがそれほど美形というほどでもない。だが、一度見たら忘れることができない何かを感じさせる、不思議な印象と魅力を持った男性だった。
その男性は座布団の上に座りながら、周囲を取り囲む女性たちと楽しそうに話をしていたが、康貴たちに気づくと子供のような屈託のない笑みを浮かべた。
「おー、ヤスタカとタカシ。もうちょっと待っていてくれれば、俺たちも一緒に温泉に行ったのに。なあ、アニキ?」
その男性が「アニキ」と呼んだのは、黒髪黒目の男性だった。黒い髪と目は日本人である康貴と隆には親近感を抱かせるが、その顔立ちや立ち居振る舞いは、決して現代の日本人にはあり得ない鋭さを有していた。
そして何より、その男性の左目を覆う飛竜を意匠化した模様の刻まれた眼帯が、平和な現代日本とは根本的にそぐわない。
だが、その男性から発せられた声は、見た目の迫力からは縁遠いとても穏やかなものだった。
「陛下、ヤスタカやタカシを困らせてはいけませんよ」
「ち、こんな所まで来て陛下なんて呼ぶんじゃねえよ。こっちもおまえのことを《魔獣卿》と呼んじまうぞ? え、グララン子爵よ?」
憮然とそんなことを言い出す茶髪の男性に、隻眼の男性は苦笑を浮かべる。
「今回こちらに来られなかったクーゼルガン伯爵より、陛下……いえ、シークが暴走しないように見張っておけとくれぐれも頼まれましたからね」
「ケイルの野郎、どこまで俺を信用していないんだ?」
「ケイルくんからしたら、当然だよね。これまで散々シィくんには迷惑かけられてきたしねぇ」
「私もケイルの気持ち、私は良く分かるわね。私もいつもシークには振り回されているし」
悪態をつく茶髪の男性の近くにいた、その男性と同じ色合いの髪の女性と緩やかに波打つ長い亜麻色の髪の女性が、しみじみといった雰囲気で呟く。
「まあ、アーシィさんもリィさんもそれぐらいでおよしになられたらいかが? それよりも、本日お招きいただいた方々にご挨拶申し上げるのが先でしてよ?」
「そうですね。サリィの言う通りです」
豪奢な金髪を縦ロールにした女性の言葉に、黒髪をショートにした女性が同意しつつ更に言葉を続けた。
「では、ここはやはり正妃であるミフィから挨拶をお願いしましょうか」
「え? 私からですか?」
その場に居合わせた全員の視線が、小柄で長い黒髪の女性へと集中する。
俄かに注目を集めたためか、頬をやや赤くしつつもその女性が立ち上がった。
「では、改めまして……ヤスタカ様を始めとした皆様、本日は私たち家族をこの場にご招待いただき、心より御礼申し上げます」
そう言いながらその女性──カノルドス王国の正式な王妃であるミフィシーリア・アーザミルド・カノルドスは、ドレスの裾をひょいと持ち上げながら頭を下げた。
王妃として洗練されたその仕草に、こういうことに不慣れな康貴と隆は思わす顔を赤くする。
「ふむ、王妃様がご挨拶された以上、俺たちも挨拶しないとな」
「そうね」
次に立ち上がったのは、赤身の強い金髪の女性と青みがかかった黒髪の女性だった。
「本日のお招き、真にありがとうございます」
「グララン子爵の妻として、礼を言う」
金髪の女性は他の女性同様にドレス姿。だが、黒髪の女性の方は動きやすさを重視した上着とパンツ姿。だが、その女性を男性と間違えることはないだろう。なぜなら、女性の胸元をこれでもかと強調する二つの果実の存在があるからだ。
金髪の女性の名前はアリシア・グララン。そして黒髪の女性の名前はルベッタ・グララン。共に隻眼の男性──《魔獣卿》の二つ名で呼ばれるリョウト・グラランの妻である。
「ね、ねえ、パパ……コトリも挨拶しないと……だめ?」
その一方で、銀髪をツーテールにした少女が、茶髪の男性を「パパ」と呼びながらその影に隠れていた。
「もちろんだぞ、コトリ。今日はここで世話になるんだ。お礼も含めて挨拶しないとな」
「ほら、私たちも改めて挨拶しますから、コトリも一緒にね?」
「うん、ママ!」
茶髪の男性を中心にしてドレス姿の女性たちが一斉に立ち上がるのは、やはり圧巻であった。
色とりどりのドレスの裾がふわりと動き、康貴たちはここが日本であることを一瞬忘れてしまう。
茶髪のこの男性こそ、現カノルドス王国国王にして、《雷神》の異名を持つユイシーク・アーザミルド・カノルドス。そして、その彼と同じ色合いの髪の女性は、ユイシークの従兄妹にして第一側妃であるアーシア・アーザミルド。
同じユイシークの側妃として、金髪縦ロールの女性が第二側妃のサリナ・アーザミルド。そして黒髪の女性がマイリー・アーザミルドで亜麻色の髪の女性がリーナ・アーザミルド。共に第三と第四側妃である。
銀髪の少女の名前はコトリ。ユイシークをパパと呼び、第三側妃であるマイリーをママと呼ぶこの少女は、実は人間ではない。
マイリーが持つ異能によって生み出され、ユイシークの異能の影響を受けて育った彼の〈使〉。いわゆる「使い魔」である。
ユイシークの側妃たちとコトリという美しい女性たちから一斉に挨拶され、康貴とついでに隆は思わず照れてしまう。
「こうして、のこのこと大人数で押しかけちまったけど、よろしく頼むぜ、ヤスタカ」
「妻たち同様、僕もお世話になる。もちろん、何かできることがあれば手伝うから遠慮なく言ってくれ」
ユイシークが座ったままひょいと片手を上げる横で、リョウトが立ち上がって康貴に頭を下げる。
ちなみに、本日の集まりは場所が康貴の姉の嫁ぎ先ということもあり、彼が幹事の立場なのである。
「そろそろシークさんたちの挨拶は終わったかな?」
カノルドス王国一行の挨拶が終わったのを見計らって、今度は黒髪黒目の少年が康貴の前へと進み出た。
その少年の両隣には二人の少女。一人は少年同様に黒髪黒目だが、もう一人は月の光を集めたような長い銀髪のどこか神秘的な印象の少女であった。
「やあ、康貴。久しぶり」
「こちらこそ久しぶりだね、和人。茉莉さんもミツキさんも元気そうで何よりだ」
「うん、おかげさまでね」
「我も主やマツリ共々、元気にやっておるぞ」
少年の名前は白峰和人。そして黒髪の少女は黒川茉莉という名前であり、銀髪の少女はミツキという。
彼らは康貴たちと同じ日本人──ミツキ以外──であるが、こことは違う「別の日本」で暮らす者たちである。
和人たちが暮らす「別の日本」は、怪変異性巨大獣──略称「怪獣」──が出現するという、実にデンジャラスな日本なのである。
そんな危険に満ちた世界で、和人たちは自衛隊と協力して怪獣と戦っているのだ。
ミツキは怪獣とは似て非なる幻獣という存在であり、幻獣の中でも最も力の強い三体の内の一体、幻獣王という特別な個体なのである。幻獣は人間と契約を結ぶことで、その真なる力を発揮する。和人はミツキの契約相手であり、ミツキからすると主に相当するのであった。
「あれ? べリルさんは?」
康貴が疑問に感じて周囲を見回せば、少し離れた所で小さな動物たちが何やら語り合っていた。
「……なるほど。べリル殿は相変わらず苦労しておるようだな」
「まったく、茉莉には手を焼かされておりますよ、ロー殿」
テーブルの上で湯呑に顔を突っ込みながら語り合っているのは、一体は全身が白い羽毛で包まれた鳥のような生物。もう一体は全身を黒い鱗で包んだ爬虫類のような生物。
白い羽毛の生物の名前はべリル。彼はミツキと同じ幻獣であり、茉莉と契約を結んでいる。その正体は見た目通り──身体の前半分は猛禽で後ろ半分は獅子──、ファンタジー小説やファンタジーコミックなどでお馴染みのグリフォンである。
そして黒い爬虫類の方は、グリフォンよりも更に有名だろう。
翼を持つ蜥蜴のようなその姿は、小さいもののどこからどう見てもドラゴンである。彼は《魔獣使い》リョウト・グラランの相棒であり、ローという名前で呼ばれている。
「相変わらず、あの二人……いや、二匹? は仲がいいよな」
「ああ、何か互いに通じるものがあるんだろうな」
康貴と和人が小生物たちを見て苦笑を浮かべる。だが、小さな生き物たちが湯のみに顔を突っ込んでお茶を飲む姿は、見ている者たちの心を和ませる。
「……むぅ、あ、主が我以外の竜に見惚れておる……こ、こうなったら我も竜の姿になって主に見てもらわねば!」
「やめなさい! あんたがここで竜になったら、このホテルが崩れるわ!」
ぎゅっと拳を握って力説するミツキの後頭部に、茉莉が結構本気でチョップを入れた。
「あれ? そういや、辰巳くんはどうした?」
周囲を見回した康貴が疑問を口にする。
カノルドス王国やこことは違う日本……すなわち異世界の友人たちをこの場に連れて来たのは、もちろん異世界を自由に行き来できる辰巳である。
ユイシークやリョウトたち、そして和人たちをこのホテルまで連れて来たはずの辰巳の姿が、この宴会場のどこにも見当たらないのだ。
「カルセさん、辰巳くんはどこへ?」
「ご主人様なら、『真っ直ぐコガネ』の皆さんを迎えに行かれましたよ」
「あー、そうか。まだ彼らが来ていなかったな」
『真っ直ぐコガネ』。それはユイシークたちや和人たち、そしてレグナムたちとはまた違う異世界に暮らす友人たちである。
『真っ直ぐコガネ』はとある異世界で活躍する冒険者グループであり、彼らの世界ではかなり名の知れたグループらしい。
「『真っ直ぐコガネ』のみんなは辰巳くんに任せるとして、エルちゃんやあおいは随分と遅いよな」
「最近、エルはいつも長風呂だからなぁ」
普段、エルと一緒に暮らしている康貴は、彼女の風呂好きをよく知っている。
かつていた異世界では風呂などとても入れる身分ではなかったエルも、日本へ来てからすっかり風呂好きになってしまっている。
しかも、本日は温泉ということもあり、あおいと一緒に心行くまで堪能しているに違いない。
「でもまあ、そろそろ戻って来るだろう。これから顔合わせをすることは分かっているんだし。最悪、誰かに呼びに行ってもらえばいい」
「そうだな」
康貴の言葉に隆が頷いた時。襖で隔てられた廊下が俄に騒がしくなる。
「どうやら、『真っ直ぐコガネ』が到着したようだな」
「そうらしい」
がやがやと賑やかな声が襖越しに聞こえてきたかと思えば、その襖が勢いよく開け放たれたのはその直後のことだった。
「はーっはっはっはっはっはっはっ!! 待たせたな、皆の衆っ!! 時空を越えた皆のあこがれ、《剣闘姫》のコルトさん、今ここに参・上っ!!」
得体の知れない摩訶不思議なポーズを決めたのは、どこか儚げなイメージのエルフの少女だ。
だが、その儚げなイメージとは裏腹に、がさつさが抜けないその言動はどうしても違和感を抱かせる。
そんなよく分からないエルフの少女の後頭部を、大きな拳が遠慮なくごいんと叩いた。
「おら、コルト、そんな所に突っ立っていたら、俺たちが入れないだろ?」
「い、痛いじゃないッスか、ヴェルさんっ!? それより何より、乙女の後頭部を気安く叩かないで欲しいッスっ!! 乙女は全世界の宝ッスよっ!?」
ぎゃーぎゃーと喚き散らすエルフ少女を無視して、巨漢の男性がのっそりと部屋へと入って来た。
「お、もうほとんど揃っているじゃねえか」
「あら、ホント。みんな、遅くなってごめんね」
どう見ても二メートルはあろう巨漢の男性の顔の横に、身長三〇センチほどの女性が浮かんでいる。
その背中にはトンボのような虹色に輝く羽。その姿は、御伽噺に登場する小妖精のそれだ。
そんな賑やかな顔ぶれの後からは、三人の男女が続いた。
燃える炎の色をした髪と空色の瞳が印象的な少年と、艶やかな長い黒髪の少女、そしてがっしりとした体格の焦茶色の髪と瞳の男性。
この六人が、冒険者グループ『真っ直ぐコガネ』なのである。
「やあ、ヤスタカ。『真っ直ぐコガネ』、到着したよ」
「久しぶりだね、ソリオ。それに他のみんなも」
康貴の言葉に、真紅の髪の少年──ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』の面々が親指を突き立てた。
「ヴェルさんやポルテさんの身体に合わせた浴衣も特別に用意してもらったから、良かったらそちらも利用してやって欲しいな」
「お、そいつは手間をかけさせちまったな。姉貴共々礼を言うぜ」
にやりと笑ったのは、先程の巨漢の男性だ。彼は人間ではなくオーガーという種族であり、そして彼が「姉貴」と呼ぶポルテはピクシーである。もちろん二人は実の姉弟ではなく、同じ孤児院で育ったために姉弟と認識し合っているのであった。
ソリオたち『真っ直ぐコガネ』が暮らす世界は人間が極端に少なく、ゴブリンやオーガー、そしてリザードマンなどまでが「ヒト」として扱われる世界なのだという。
そんな中、リーダーであるソリオ、その妻であるスペーシア、そして「ソリオの第一の部下」を自称するオーリスという三人もの人間が所属する『真っ直ぐコガネ』は、そういう意味でも注目を集めるチームなのである。
「もちろん、カノルドス王国の皆さんの分も用意してありますから。先に着替えて楽な服装になるのもいいんじゃないですか?」
「そうだな。せっかくこんな場所に来たんだ。いつまでも堅苦しい格好をしてちゃつまらねえからな。ここはヤスタカの言葉に甘えさせてもらおう」
そう言いながらユイシークが立ち上がれば、彼の妻たちとコトリ、そしてリョウトと彼の二人の妻たちも立ち上がる。
「じゃあ、それぞれの部屋に案内してもらいますから、少し待っていてください」
そう言い残して、康貴は宴会場を出た。彼は傍にいた仲居さんに声をかけ、若女将である姉を呼んでもらうのであった。




