第一楽章第五節
「命中を確認、目標沈黙しました。追撃必要ありません」
『AH‐64』通称アパッチと呼ばれる攻撃ヘリに搭乗している火器管制担当の市田一曹が操縦担当の静間二尉に伝える
「あーあ、撃っちゃったよ。どうすんだこれ」
静間二尉はため息を吐く。
「発砲は静間二尉の指示ですので、自分は命令に従ったまであります」
「いやいや、連帯責任だろ。人が襲われてるって見つけたのはお前じゃねえか」
「作戦と無関係の交戦は許可されていません」
「てめぇ」
本気と冗談が混在した会話を交わす。
彼らはさらわれた河原崎町住人の救出の任務でここにやって来たのだが、なんとびっくり巨人がこの街を襲っているではないか。
救出作戦の修正が必要かもしれないという事で、ヴェルター周辺の情報収集を行っていた所に人を襲おうとしている巨人を見つけてしまい、発砲に至ったのだった。
「まあしかし関係があるかどうかは現場の判断に任されているので問題は無いでしょう」
「そう、それでいこう。目の前で化け物に人が食われるのを見るなんて寝覚めが悪いからな」
目の前といってもAH‐64アパッチとの距離は二km以上離れている。発砲音が届くより先に銃弾の方が届くほどである。
「ま、どうなってるのか拝んでおこうぜ」
「了解」
AH‐64アパッチに装備されているカメラを先ほどの巨人へ向けズームさせる。すると助けた人間の一人が大きく手を振っているのが分かり、さらにズームさせた。
高性能赤外線カメラはこれだけの距離でも人の顔が識別可能な程に拡大する事できるのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
映し出されている映像を見て驚きの声を上げた。
紀一郎は自身の直感を信じて曇った空に浮かぶ黒い点に向けて、ひたすら大きく手を振り続ける。
少しずつ黒点が大きくなり、同時にバラバラとヘリ特有のローター音が聞こえてきた。エメラインの手を握る力も自然と強くなる。
それから数分後、AH‐64アパッチは限りなく近付くとそのまま降下する。
巻き上がる風に耐えながらそれを見守った。
「加賀 紀一郎君だね?」
後部座席が開きヘルメットをした人物がヘリが出す轟音の中大声で話しかける。操縦桿の横には紀一郎の写真が貼られている。
「はい」
「静間二尉です、救出に来ました。遅れて申し訳ない」
右手で陸自式の敬礼をする。紀一郎には込み上げてくるものがあった。
「最高のタイミングでしたよ」
「そっちの子は?」
肩を抱いているエメラインを見る。
ローターが回転し強風と轟音を発生させる攻撃ヘリの初めて見る無機質な威容に圧倒されているのだろう。紀一郎と繋いでいる手に力が入る。
「訳あって僕と一緒に逃げて来たんです。彼女も一緒にお願いします」
現地住人を連れていいのか迷った静間二尉は一瞬目を逸らした。
だからといって放っておく訳にもいかず、とりあえず上官に丸投げする事にする。
「とにかく君達をひとまず安全な場所に。応援を呼ぶんでもう少し待っていてくれ」
攻撃ヘリには人員輸送能力は無いため無線を使い応援を呼ぶが。
「こちら静間機、目標αを発見保護した。至急応援を請う――さっさと突破し――は? 何言ってんだ?」
無線の先で何かトラブっているようだ。
「どうかしましたか?」
「それがどうも要領を得ないんだが、現地住民との間で問題が起きているらしい」
「今は略奪が起きてて強盗みたいなのが一杯いますから」
「強盗や盗賊の類なら蹴散らすんだが、一般市民との間で何かあったらしい。言葉が通じなくて動くに動けないそうだ」
紀一郎の眉が微妙に上がる。
「場所は何処ですか?」
「二ブロック先だ、近くはないけど遠くもないよ」
「その場所に連れて行ってもらえませんか?」
「え? 何だって?」
「僕がそこに行って話を付けます」
「しかし言葉が通じないんじゃどうしようも無いよ」
「出来ます、会話も通訳でも可能です」
パイロット用のヘルメットをしている為表情が見えないが、面食らっているのだろう。
「マジで!? いや、でも君をこれ以上危険に晒す訳には」
「大丈夫、それよりここにいる方が危ないですよ。もういないとは思いますけど、さっきまで危ない人達が一杯いましたから」
静間二尉は考え込む。彼の話を信じるならその通りにする方が一番良い方法に思えた。
「このヘリにはこれ以上乗せられない、歩いて行く事になるぞ?」
「構いません」
「OK! 上空からエスコートする。襲ってくる連中がいたら蜂の巣にするから安心してくれ」
AH‐64アパッチは上空へと舞い上がり、低空で周辺を警戒する。
「きぃ……」
困惑した表情で紀一郎を見る。安堵の表情の彼とは対照的だ。
「大丈夫、もう安心だよ。自衛隊が来てくれたんだ、何も心配無いよ」
「本当に今の人達が巨人を殺したの?」
「多分。僕も目を瞑ってたから見てないんだけど、他に無いしね」
この時紀一郎は彼女が抱いている不安の意味を理解していなかった。彼にとって救世主に見えた自衛隊もエメラインにとっては新たな侵略者に映ったからだ。
「ジエイ……、あの人達は何なの?」
「何って言われても、軍人? じゃ無いんだよね、ここでいう騎士団みたいなもんだよ? なんにせよ僕を助ける為に来てくれたんだ、あの人達に任せておけば万事OKだよ」
「騎士って……、あなたを助ける為に?」
「行こう、ゴールは近いよ」
エメラインはとても驚いていた。
牢屋にいた頃から彼に出される食事やその他の対応などを見ても、この世界で生きる人間にとってみれば考えられない破格の待遇だった。
それは人質として扱われていた頃や貧困の中にあった故郷での生活よりも彼と過ごした牢獄生活の方が快適だと思えた程である。
あまつさえ彼の為にあのような空飛ぶ鉄塊に乗った騎士が助けに来るなど考えられない。
彼女が紀一郎を特別な地位にある少年だと勘違いしてしまう事は仕方の無い事だった。
それが後々の二人に圧し掛かってくるのだが、それはどうしようもない問題でもあった。
二人は教えられた道順を進んでいく。上空ではAH‐64アパッチが周辺を監視しながら飛行している。
強力な力を得たかの様な錯覚を感じる。コソコソと逃げ隠れていた頃が嘘みたいに風を切って歩いた。
二十分くらい歩くと大通りに着陸させてたAH‐64アパッチとは違う形のヘリが見える。その周りには武装した数人の自衛官が周辺を警戒する様に立っている。
自然と歩くスピードが上がっていった。
連絡がすでに行っていたのだろう。自衛官の方も紀一郎に向かって走り出し、まるで要人警護の様にガードしヘリの下に案内する。
「隊長の明石一尉だ、無事で何より」
「ありがとうございます。それで、何かあったそうですけど」
「早速だが頼まれてくれるか? ちょっと込み入った事になっていてね……」
明石に案内されて一つまたいだ路地に入る。
比較的広めの路地では自衛官に短剣を突き付けた女性と、少女達を人質にしている汚い格好をした男達、そしてその両方に小銃を突き付けて睨み合う自衛隊が三つ巴の様相を呈していた。
「どうしたらこういう状況になるんです?」
「いやぁ、偶然部隊を降下させた所に偶然暴漢に襲われている女性がいたんで、仕方無く助けたんだけど、どうやら僕等も一味だと思われたらしくてねー」
明石の白々しい説明を聞き流して浅いため息を吐く。多分静間と同じ動機で動いたのだろう。
「まぁ何とかなるでしょう。見覚えの顔もありますし」
紀一郎は火中の栗を拾う作業を始める。
白く輝く毛並みに芸術的な曲線を描く翼に見た者全てを魅了する天馬『ペガサス』という生物がこの世界に存在する。
それに乗り天空を駆る超希少兵種 天馬騎士。
非常に気位が高く気に入った人間、特に美しく若い女性以外触れられるのを嫌う為に腕力と体力で劣る女性が戦場で唯一活躍する事が出来る兵種である。
飛竜と違い戦場に投入出来るため偵察・伝令・上空からの攻撃等々、天馬騎士が自軍にいるといないとでは戦況に大きく影響する。
ナルトラウシュ竜騎士隊の登場以降も使い勝手の良さから重宝され、その貴重さから敵兵であってもペガサスを攻撃するなと命令が下される程である。
ミリア・スーツ
生まれながらの器量の良さといくつかの幸運に恵まれ、辺境の平民出身でありながら天馬騎士として召抱えられる。
貧しい生活をしていたミリアは貧困から救済してくれたナルトラウシュを深く感謝し、彼もまた彼女を信頼した。
性格も良く面倒見の良かった彼女はナルトラウシュの愛娘シュザンナ・ナルトラウシュにも気に入られ、彼女が外出する際の身辺警護も勤める事になる。
そんなある日シュザンナがお忍びで市民街に遊興に出ていた時、巨人達に街が襲撃されるという事件が起きた。
混乱と恐慌で一緒に居た付き人達は逃げ出し、暴漢に襲われ、次々と脱落する中で何とかお嬢様をナルトラウシュの下へ届けようと孤軍奮闘するのだが……。
しかしそれもむなしく街を闊歩する略奪者達により命運が尽きようとしていた。
「へっへっへ、もう観念しなって。大人しく言う事を聞きゃあ悪い様にはしねえさ」
「そうそうこれ以上暴れると綺麗な顔に傷が付いちまうぜ」
「ったく良い女だぜ! 後ろのガキも高く売れそうだな」
口々に下種な言葉を掛ける。
(まだ、まだ終わらない)
愛用のレイピアもすでに折れ、あるのは懐に隠した短剣だけ。相手の武器とはリーチ差がある為、ギリギリまで隠して近付いてきたら最後の抵抗を試みるつもりでいた。
そんな時、自体は一変する。
バラバラと聞いた事がない音が聞こえてくると自分達がいる足元に影が生まれた。見上げると飛竜よりも一回り大きな何かが空を塞いでいた。
そこにいる全員が宙に浮いた物体に目が釘付けになっているとそこからロープが垂らされ、不思議な柄の服を着た男達が滑る様に降りてきた。
「―――――――――!」
「―――――!!」
初めて聞く異国の言葉だ。
棒の様な筒の様な物を構えて声を張り上げている。何かの武器なのだろうか。
「なんだてめぇら!」
「――――――!」
「これは俺達の獲物だぞ」
「――――――」
「うらぁあ!」
略奪者達の一人が緑のまだら模様をした男達に襲い掛かった。
バン!バン! ババババババ!
耳を劈く音が聞こえると同時に、襲い掛かった男が血を噴水の如く噴出して倒れながら吹っ飛んだ。
何が起きたのか分からない、ただミリアが思った事は一つ。
『魔法使い』
神秘の技法と魔力によって火を使い、水を操り、風を起こす事が出来る者達だ。
まだら模様の男が持つ棒の先からは微かに煙が上がっている。自分が知っている魔法の杖とは大分違うが。
さらに驚くべき事は一糸乱れぬ統率された動きである。
彼等の動きはまさしく兵士のそれであり『魔導兵士』と呼ぶべき代物であった。
略奪者達も同じ事を考えたのだろう、恐慌状態になる。
逃げ出そうとする者もいるが後ろの道もいつの間にか彼らに塞がれていたらしく逃げられない。
まだら模様の男が一人近付いてきた。構えていた魔法の杖を下ろすとシュザンナに手を伸ばしてくる。ミリアは彼らを新たな略奪者だと考えたのは仕方が無い事だった。
男の後ろに回ると隠し持っていた短剣を首下に突き付ける。
「――――――?」
「――――!」
「何者だ! お嬢様に手を出す事はこの私が許さない」
動揺したまだら模様の男達に一瞬の隙が生まれる。
すると今度はもう一方の略奪者の男達がその隙を突いてシュザンナを捕らえると同じく剣を突き付け人質にした。
それから数十分間、三つ巴のまま膠着する事になる。
「何でこんな状況になってるんですか?」
あきれ気味に紀一郎は尋ねた。
「襲われてたから助けたんだけど何故か敵だと思われちゃってね、富山があんな事になっちゃって」
銃を構えて牽制している隊員はあごで指す、富山というのは女騎士らしき人に剣を突き付けられて人質になっている自衛官の事だ。
「それは、災難でしたね」
「悪人顔してっからねぇ、スケベ根性出して安易に近付くからこうなる」
「自衛隊の人はここにいるだけですか?」
「いや、周辺にも展開してるよ。逃げられないから連中は人質を取ってるのさ」
周りには撃たれて息絶えた彼等の仲間が転がっていた。すでに戦意は無く必死にこちらの様子を伺っている。
「剣や斧相手にこっちはマシンガンじゃ、まぁこうなるでしょうね。女の子達に当てずにあいつらだけを撃ち抜けますか?」
「不可能じゃないけど、出来ればやりたくない」
狙撃用の銃で打ち抜くのはそう難しくはないのだが、人質に銃や剣を突き付けている場合は撃たれた瞬間に筋肉が収縮して人質を傷つけてしまう場合がある。
「わかりました。僕が合図するまで絶対に撃たないで下さい」
「分かった」
首を縦に振る。不思議と明石はその言葉を信じることが出来た。
紀一郎は女騎士の下へ近付いて行った。
「また会いましたね、ミリアさん」
今朝別れたばかりだったミリアとの奇妙な再開に自然と笑顔になる。
「紀一郎、無事だったのね? 悪いけど今は手が離せないの」
「もう離して大丈夫ですよ。その人は僕の仲間ですから」
紀一郎も自衛隊員も信用しきれないのか短剣を下ろす気配はない。
「こいつらの仲間だったのね」
「ええまあ。ただ見れば分かると思いますけど、あっちとこっちは別物ですからね」
「どっちも変わりはしないわ」
「かなり変わりますって。あっちは強盗こっちは正義の味方。どうです? あのお嬢様を僕らが助けますから、そうしたら彼を離してもらえませんか? もちろんその後、お家まで送りますよ」
ミリアの緊張が弛緩するのが分かる。しかしまだ最後の踏ん切りがつかない様だ。
「警戒するのはわかりますけど、現状僕の言う事を信じるしか無いと思うんですけどね。食べます?」
ポケットに残っていたチョコレートを取り出し彼女の口元に近づけた。
ミリアは少し逡巡するが口に頬張る。
「じゃ、交渉成立ですね」
もう一方の人質を取っている人達を見た。
「という訳でそこのお嬢様達を解放してもらえませんか?」
紀一郎は盗賊達に近付いて行く。無防備に歩く姿に気味の悪さを感じさせる。
「はっ、放したら殺すんだろうが」
「そんな事はしませんよ」
「じゃあどうするつもりだ」
「別に何もしませんよ。ただフン縛って町の治安組織に引き渡すだけです」
「ふざけんな! 結局縛り首じゃねえか」
剣や斧を握る手に力が入る。
「しょうがないなぁ……。ならこうしましょう、彼女達を放せば逃げて良いですよ。夕暮れまで探さないであげますよ、逃げるなり仕事に励むなりあなた達の自由です。これなら良いでしょう?」
「そんなの信用できるか!」
紀一郎はさらに近付く、踏み込んで攻撃が届くか届かないかギリギリの距離になる。
黙って盗賊を見つめる。
「ならここで死ぬの?」
「くそっ!」
彼等は悪態をついて人質にしていた少女を紀一郎に差し出す様に突き放した。それを見た仲間も人質をこちらによこす。
紀一郎は「シッシッ」と手で消えろとジェスチャーをし、盗賊達は逃げ出した。
自衛隊員は銃を構えるが紀一郎が撃つなと大声をあげたためそのまま見送る。それぞれの陣営にいくつかの不満が残るものの無血開城となった。
「お嬢様!」
「ミリア」
無事を喜び抱き合う。他の少女達も奴等から解放された事に安堵していた。
自衛官達も彼女達を見て顔が綻んでいるが、どこか微妙な顔をしている。
「しかし奴らをあのまま逃がして良かったのか」
明石は不満と言うか心残りを吐露する。
「殺しておけば良かったですか?」
紀一郎は直球で返す。
「いや、そうは言わないがあいつらは多分逃げた先でも同じ事をするぜ」
「でしょうね。でもそれはここの警察組織が何とかする事ですよ」
明石は渋い顔をする。今この町にそんな治安能力は無くなっているのを分かっているからだ。そしてそれに対して自分達は何も出来ない事も分かっている。
紀一郎の救出が今回の作戦であり、それが成った今撤収しなければならないからだ。
「そうだな……」
目の前で困窮している人々を助ける事も出来ず、それどころか今助けた少女達すらも置いて帰らなければならない、何とも納得しがたいモノを自衛官達は感じていた。
彼等を尻目に紀一郎は微かに口角を持ち上げる。彼を良く知るものなら気づいただろう、彼にとって物事が上手く運んでいる時にする行為だ。
「明石さん、あなたの上にいる偉い人と話をさせてもらえませんか?」
「上って言うと? 司令部の事か? 何でまた」
「お役に立てると思うんです。お願いします」
明石は承諾した。元々作戦終了を知らせる為に司令部と連絡を取らなければならなかったからだ。
「分かった。ただ……、びっくりすると思うよ」
「は?」
明石の微妙に含んだ言葉に首をかしげた。
「陸上自衛隊駐屯地司令の森野一佐だ。加賀紀一郎君だね?」
輸送用ヘリ(チヌーク)に載っている無線からざらついた音声が聞こえてくる。
「はい」
「無事でよかった。救出が遅くなってしまった事、本当に申し訳ない」
「僕の方こそ助けて頂いてとても感謝しています」
「すぐに撤収させる、もう少し辛抱して欲しい。ご家族も待っているよ」
ちらりとチヌーク内に座っているエメラインを見る。
初めて目にする機械文明に好奇心よりも不安感の方が勝っているのか、落ち着かない表情で紀一郎を見ていた。
「いえ、それなんですが……。司令官にお願いがあるんです」
「私に? どんな事だい?」
「この町を襲っている怪物を退治して欲しいんです」
紀一郎の周りで聞いていた自衛官達が(おっ!)という表情になる。無線の向こう側の人間も面食らっている様だ。
「そう来たか……。しかし今回は君の救出という作戦の命令以外は出ていないんだよ」
「でしたら、新しく怪物退治の作戦を出して欲しいんです」
「しかし何故君が?」
「この世界で暮らしていくならどうしたってこっちの住人と関わらなきゃいけないでしょう? それならこの街と通じるのが一番だと思うんです。怪物を倒して日本の自衛隊の力を見せ付ける事が出来れば、交渉を有利に進められるでしょう。幸い僕がいれば交渉が可能です」
紀一郎は自分の値打ちを高く見せるのが得意だ。生徒会時代に交渉担当をしていた経験から自分の主張を単に推すのではなく、自身の主張を受け入れた方が得だと思わせる事が重要なのだと自然と身に付いていた。
しかし森野一佐の反応が鈍い。同世代の生徒相手と同じ様には行かないのかと思っていると。
「申し訳ないがそれは政治的な問題だ。我々自衛隊がどうこうする事は出来ないのだよ」
周りから溜息が聞こえる。
「だったら政治的な問題を決められる人に話を通して下さい。これはチャンスなんです」
紀一郎は食い下がる。
エメラインを自由の身にする為にはこの町を支配している連中に恩を売っておきたいと思っていたからだ。
同時に河原崎の住人にとって異世界の人間であるエメラインを町に迎え入れさせなければならない、それにはこの領地と交流を結ばせ通訳役として自分が重要なポジションに立つ事が必要があると考えていた。
その為には町の実力者を動かす必要がある。
しかし河原崎町にはせいぜい町長と町議会が存在する程度で彼らに力など無く、無線の先の人物つまり自衛隊の長を口説き落とせばなんとでも成る算段でいたのだが。
しかし予想を反して無線のスピーカーから意外な声が聞こえてきた。
「は~い、カロ」
紀一郎は面くらう。
「え!? は? って、鈴谷会長?」
一瞬頭が真っ白になった。ずっと会いたいと願っていた人物の声に目頭が熱くなる。
「久しぶり、元気だった?」
「はい! 会長こそ無事で何よりです」
「それってこっちの台詞なんだけど。それともう私生徒会長じゃないんだよね、もっと大事な仕事をする事になっちゃって辞めなきゃならなくなっちゃったの」
「それは、残念ですね。戻ったら僕も手伝いますよ。それで、その…… 申し訳ないんですけど、森野司令官に代わって貰えますか? すごく大事な話の最中でして」
「知ってる、私ずっと横で聞いてたから。自分をさらった人達を助けたいなんて、酔狂なのは相変わらずね」
紀一郎は苦笑いをする。いたずら好きの鈴谷が彼を困らせようとしているのが分かったからだ。
「言いたい事は分かりますよ。僕だってぶん殴ってやりたいっていう気持ちはありますよ。でも……」
「でも?」
「だからといってあんな怪物どもに食い殺されなきゃならないほど、罪深い訳ではないはずです」
それを聞いた鈴谷は吹き出した。
緊迫した空気など無いかの様に振舞う彼女に戸惑う。
そしてその後に出た言葉に紀一郎はますます混乱する事になる。
「いいわ。あなたの提案、聞いてあげる」
「は? どういう事ですか?」
「だからあなたの言う通り怪物退治を許してあげるわ。その代わりちゃんと交渉を成功させるのよ」
紀一郎は困惑すると同時に別な疑問が湧いてくる。
「あの鈴谷会長が今いる場所って自衛隊施設のどっかですよね?」
「司令室よ」
「……、何でそこに居るんですか?」
加賀を見ていた明石達は無線のやり取りを聞きながら笑いを噛み殺した表情をしている。
「私が代表だからよ」
「何の代表?」
「河原崎町の代表に決まってるじゃない。正確には臨時代表。カロの救出作戦は私が決めたのよ、感謝してよね?」
ベタな表現だがハトが豆鉄砲を喰らった様な表情をすると、自衛官達から笑いが毀れた。
「冗談でしょう?」
「本当よ、周りの人達に聞いて見なさい」
明石達を見る。笑いながらだがいたって真面目に首を縦に振った。




