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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第一話:リバーサイドミステリー]
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プロローグ

プロローグ



「犯人はこの中にいる」

 茶色いコートに、やはり茶色い鹿撃ち帽を被った男は周りをじっくりと見渡しながらそう言い放った。まだ年のころなら青年と言えるような年齢ではあろうが、その自信に満ち満ち溢れた表情からは一種の貫禄のようなものが感じられる。そう思うと周りに生えている植物たちもが心なしか彼に頭を垂れているかのように見えるから不思議である。

 彼のその言葉に場は凍りついたように見えた。ように、などとオブラートには包んだが、場の空気は確実に冷え切っていた。みな一様に周りを伺っている。極寒地獄の温度が確かこれ位だったような記憶があるが、はてどうだっただろうか。あまり地獄へ赴く事のない身分である為、記憶は定かでない。

「は、犯人って、殺人を行った人間がこの中にいるって事か!?」

 その重たい空気を打ち破って、別の男、恰幅がいいポロシャツのよく似合う中年男性だ、が大仰に驚いてみせた。その様子は青年の言葉に驚いていると言うよりは調子を合わせているだけのようである。元来のお調子者なのだろう。頭を垂れていた植物たちもその気質に煽られ、ゆらゆらと活気を取り戻す。

「その通りです」

「そ、そうか」

 満足そうに頷く鹿撃ち帽と、気まずそうに頭をかくポロシャツ。他の人間はまだこの流れに乗るべきなのかどうするかと未だに決めかねている様子だ。「誰がいく?誰がいく?」と牽制し合っているようにも見える。人間とはみなマジョリティに迎合したがると聞くがなるほど、赤信号を少人数で渡る気はないらしい。もっとも一人で赤信号を渡れば自殺、みんなで渡ればただの集団自殺になるだけの話なのだが、その辺りを理解している人間はそう多くない。

「君、あまり滅多な事を言うものではないよ」

 見事なカイゼル髭を生やした紳士が意を決したように立ち上がると、鹿撃ち帽の青年を窘めた。その言い方は無神経な若者への怒りと言うよりは場を尊重した上でまともな指摘をしていると言う風であった。先ほどのポロシャツとは対照的に落ち着いた雰囲気を身に纏っている。彼は雰囲気もそうだが、その容姿も同じく先ほどの男とは対照的であり、棒のような印象を受けた。彼に対する植物たちの評価はどうだろうかと辺りを見渡したところ、残念、気持ちよさそうに揺れていたそれらは全て枯れ果ててしまっていた。余程この紳士がお気に召さなかったようである。そう悪い人間には見えないが、私と植物たちとでは価値観が異なるのだろう。

「アタシ、殺人犯なんかと一緒にいたくないわ!」

 紅一点のこちらは大学生、あるいは若いOLあたりだろうか。美人に分類されるであろう彼女の顔はほどよくのせた化粧が元の素材を引き立てていて中々にいい塩梅である。本来、この状況であればその顔が恐怖に歪んで折角の美人が台無しにってもんなのだろうが、台詞とは裏腹に彼女の顔はニコニコと笑みを浮かべている。どうやら彼女、この状況を楽しんでいるフシが見受けられる。

「あの…ボクは……えっと」

 くせっ毛の少年、おそらく中学生くらいであろう、が「自分も何か言わなくては」とでも思ったのか口を開く。しかし、残念ながら気の利いた言葉が彼の口から出てくる事はなかった。別にそれが出てこなくとも誰が困るわけでもないのに、少年は申し訳なさそうに下を向いて口を噤んだ。それにしてもこの少年、どうやら足が悪いらしく椅子付の車に腰掛けている。足が悪いにしても何もこんなところまでわざわざそんなものを持ち込む必要もないだろうに、と思う。

「自分が……自分が全部悪いんです」

 一連の流れを踏まえた上でなのかそうでないのか、陰気そうな影を落とした男がしきりにそうつぶやいていた。踏まえた上での行動ならば、探偵の面目丸つぶれであり中々に性質が悪い。鹿撃ち帽の青年は彼の呟きを気にも留めていないようなので「犯人はこの陰気な男であるようだぞ」と伝えてやるべきだろうかと思案する。しかし、私はきっとそれもまたこの男と同じく侘びやら寂びやらをかく行動かもしれないな、と思い直し沈黙を守る事にした。不都合な事は視界に入らないようにするに越した事はないのだろう。

「みなさん、落ち着いてください。まだ僕は、犯人がこの中にいる、と宣言しただけで誰が犯人かが解かったわけではありません」

 鹿撃ち帽が両手を広げ高らかにそう言う。それでどうして落ち着けるのか、理解に苦しむ論理であった。いや、意外と人間と言うのはそういうもので私の感覚が間違っているのかもしれない。植物たちとの価値観が相容れないのだから、彼らとの価値観がずれていても何ら不思議ではない。

「その言葉で俺らはどうやって落ち着けばいいんだよ」

 鹿撃ち帽の隣に座っていた黒いジャケットを羽織った青年が鹿撃ち帽には目もくれずにため息をもらす。苛立ちと諦めとが絶妙にブレンドされているような様子が伺える。ふむ、とりあえず今回は私の考えが的外れなものでなかった事が判り少し嬉しく思う。

「なに、だったら深呼吸でもすれば落ち着くさ。僕も初めて知ったが、どうやらここの空気はどんな田舎の空気よりも澄んでいるようだからね」

 両手を広げ腹いっぱいに空気を蓄える鹿撃ち帽。黒ジャケットは「付き合えきれん」と首を左右にふった。どうやらこの鹿撃ち帽と黒ジャケットは友人同士のようである。この二人の間には友人特有の気安さのようなものがあった。私にはそういった類の人物はいないので少しだけ羨ましく思う。なんてこともない。

「そもそもさ……」

 幾羽かの逡巡の後、黒ジャケットは気だるそうに顔を上げ、鹿撃ち帽に対してこう言った。

「俺ら……もう死んでるんだけどな」

 そう。君たちはもう死んでいるのだ。



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