快い懐古
優時と正春が三歳の時。曾祖母が亡くなった。やっと子育てに慣れかけていた中の訃報。優花と実花は祖母の死に涙を流した。しかし無事に葬式を済ませて形見分けや相続を滞りなく終わらせた。祖母は借金が無かったが遺産も少なかった。
まだ幼い優時と正春は葬式の意味が分からず退屈そうにしていた。それぞれの両親からは小声で叱責された。祖父母の政江と始、両親の優花と時雄が泣いている。優時は幼心に大人しくした。つられて正春も静かにした。
虹倉一家は優時と正春を保育園に行かせた。風邪を引くと息子を休ませて看病しなければならないが、それでも大人達に時間的余裕が出来た。優時も正春も沢山の同年代の子どもと一緒にいられて刺激になっているようだ。
優花は思いついて実花に、
「音楽を再開してみない?」
「何年もやってないよ。まだ楽器が使えるか分からないし」
時雄と正史が興味を示す。時雄が、
「今でも俺は二人の曲を聴いているよ」
昔、武が録音するだけではなく、何枚かCDを作ったのだ。正史は、
「ギタリストがいた方が良いよね」
姉妹は俯いた。武とは完全に音信不通だ。稲島とも疎遠になっている。他に音楽仲間もいない。正史は、
「そういえば保育士の小林さんがギターが出来るって聞いたことがある」
時雄と正史は小林と交渉してみようと提案した。早速、時雄が優時・正春を迎える時に本人に会って誘ってみる。実花は、
「かなり腕が錆びついていると思うけれど」
と、自信無い。けれども正史も時雄も楽しそうである。優花もやる気になっている。
小林もまんざらではなかった。保育士として彼女はピアノも弾けたがギターにも自信が有る。むしろ二十代前半には音楽家の道を目指していた。小林は園長や職場仲間に相談して迎えに来るのが遅い保護者達を園児と一緒に待ちながらギターの練習をする希望を出した。皆、戸惑って保護者や園児に確かめたが、むしろ喜ばれた。園長は小林に事務仕事や雑用を任せたかったが、練習中でも園児を見守る事を条件にした。
優花と実花は絶好の機会に驚きつつも、翌日から楽器を修繕し、軽トラックに乗せて保育園の物置に置かせてもらった。早めに保育園に来て一時間ほど練習する。保護者からは遅めに迎えに来れるので有難がられた。
園児達を驚かせないように小林と姉妹は最初は音を小さめに練習した。けれども園児達は物足りなさそうだ。少しずつ音を大きくすると園児達は興味を示して大人しく聴いている。音に敏感な園児は親からヘッドホンを与えられて付けている。それでも嫌な顔せずに部屋の隅で絵を描いている。
優花も実花も腕が鈍っていることを実感した。二人は場を借りている礼に自分達で育てた米や卵や野菜を寄付をする。毎日通っては練習した。その傍らで優時も正春も面白そうに聴き入る。
優花も実花も園児達も保育士達も飽きてウンザリするのではないかと恐れたが、意外と園児達は聴き続けていた。小林は目を輝かせて、
「御二人共、プロデビュー出来ますね」
と、褒めた。二人は苦笑いした。武の笑顔と明るい声を思い出す。
武は元気に音楽活動を続けているだろう。心地よい懐かしさとして武の演奏を思い出す。優花にも実花にも心の疼きはない。色あせないけれども過去の話。




