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12 約束



「聞いてない」


 ダン、と木製のカウンターが叩かれ鈍い音が響いた。

 あの後、シェリルの無事を確認した緑――隼斗は戦闘に戻って行った。その一部始終を見たブジーが驚いたように動きを止めていたが、シェリルはそんな事に構っていられる状態ではなかった。

 

 シェリルはとにかく急いで一旦本船に戻り、買ったものを自室に投げ置いて走ってこの喫茶店までやってきた。

 顔を見るなり息を整える間もなく詰め寄ったシェリルに杢田は一瞬目を丸くしたが、すぐに理解したようで苦笑した。


「言う必要があったか?」

「そんなの、」

「バルバドス宇宙海賊団に、その情報は必要だったか?」

「――――――……ッ、ない」


 胸ぐらを掴みそうな勢いのシェリルだったが、残っていた冷静な部分がかろうじて正解を吐き出した。舌打ちはしたが。


「お嬢さんには話しておいたほうが良かったとは思っているさ。マァ、話さないほうが面白そうだったから伝えなかったが」

「斬り捨てるわよ」

「劇的なほうが燃え上がるだろう?」


 何が劇的かなんて杢田は言わなかった。代わりに「若いな」と笑っただけ。


「とりあえずコーヒーを淹れるから落ち着きなさい」

「誰のせいだと」

「あの子ならそのうちココに戻ってくるよ」


 シェリルは盛大に眉間にシワを刻んで心底嫌だと顔を歪めたが、文句も飲み込んで椅子に座る。

 杢田はコーヒー豆の瓶に手を伸ばしながら、もう一度「若いなァ」と笑った。





 そして、二杯目のコーヒーがすっかり冷めてしまった頃。カラコロと音を立てたドアベルにシェリルが顔を上げると、驚いたような顔の隼斗と目が合った。


「シェリー?」

「ハヤト!」


 カウンターの椅子から飛び降りて隼斗の元へと駆ける。シャツの隙間から見える左肩にはぐるぐると包帯が巻いてあった。あの時、シェリルを瓦礫から庇ってできた傷だ。


「……ありがとう。それと、ごめんなさい、私のせいで」

「シェリーは悪くない。大げさに包帯を巻かれただけで、たいした怪我じゃないさ」


 腕を吊ってはいないし、動かせないという訳ではなさそうだ。けれど、だからといって軽症ではないだろう。


「薬を持ってきたの。これが打ち身用でこっちが裂傷用、鎮痛剤と、それから……」

「ちょっと待ってくれ、さっきも言ったけど本当にたいした事ないからこんなに、」

「あなたは私を庇って怪我をしたのよ」


 だからシェリルは当然のことをしているまでだ。

 それに、助けてもらって何もしないなんてことはシェリルの流儀に反するし、そんな礼儀もなっていない愚か者ではない。そんな風に思われるのはどうしても嫌だった。隼斗には、特に。


「貰っておいたらいい。それはよく効く。地球じゃめったにお目にかかれない薬だ」


 押し問答を見かねたらしい杢田がカウンターの中から声を上げる。今回使わなくとも、いつかのために取っておいたらいいと。シェリルもそれは同意だ。薬は持っていて困るものではない。

 

「でもそれは……とんでもなく高いんじゃ」

「急いで来たから新たに買ったというわけではないの。あり物で悪いんだけど」


 なかなか受け取ろうとしない隼斗の、怪我をしていない右手に無理やり薬を握らせる。それにやっと観念したのか、小さく息を吐いて隼斗が笑う。


「じゃあ、遠慮なく。ありがとう」

「礼を言うのはこちらの方。あなたのお陰で怪我をせずに済んだ」


 それは本当のことだった。シェリルが振り向いた時、瓦礫は目の前にあった。防御システムの展開は間に合わない距離。システムよりも早く剣を出して叩く事は可能だが、それも間に合ったかどうか。間に合ったとしても、無傷ではなかっただろう。


「ああ、間に合ってよかった。本当に」


 隼斗の目がまっすぐにシェリルを見つめる。それはきりりと引き締まった冬の星空のような瞳だった。

 ああ、あのヘルメットの中はこんな風になっていたのか。


「避難誘導をしてくれただろう。本来それは俺達のすべきことだ。この国の治安維持部隊の一人として、礼を言う。ありがとう。――ただ、」

「ただ?」

「……俺個人としては、危ない場所からはすぐに逃げて欲しい、と思う。もしも君が怪我をしたらと思うとぞっとする。」


 個人として、そう話した隼斗の瞳はがらりと色を変えた。

 不安と安堵と、ある種の熱をないまぜにしたような。そんな瞳で見つめられたことが今まであっただろうか。

 それに、怪我をしたらなんて。海賊として生きているシェリルは荒事は常だ。周りももちろんそうだから、怪我はいつものこと。そんな言葉はめったにかけられる事がない。

 そんなだからシェリルはどう反応したらいいのかすっかりわからなくなってしまった。ただ、顔のあたりがどうにも熱くて仕方ない。


「その……他に私に何かできることは?」


 熱さを誤魔化すように出た言葉は、ふだんのシェリルなら考えられないような小さな音だった。ボソボソと呟いた声だったけれど、隼斗にはきちんと届いたらしい。


「これ以上?」

「お礼にはぜんぜん足りないわ」

「んー……」


 困った、というよりはどうしようかと考えているような表情。

 あたりをふわふわと彷徨っていた隼斗の瞳がぱちりとシェリルを捉える。それにまたドキリと心臓が音をたてた。


「それじゃあ……明日は空いてるだろうか」

「ええ」

「明日、店の買い出しに行く予定だったんだ。荷物が多くなるから手伝ってくれるか」

「もちろんいいわ」

「じゃあ決まりだな」


 明日、またこの店で。

 そう約束をして、シェリルは船に戻った。


 二人の会話を間近で聞いていた杢田は終始にやにやとしていたが、それに気づく余裕がシェリルにはこの時なかった。






 

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