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13 四兄妹



 その夜。シェリルは珍しく焦っていた。


 原因はそう、今日の一連の出来事にほかならない。

 状況はわかる。買い物に行って、戦闘に巻き込まれて、そこで緑に助けられ、その中身が隼斗で、店に行って……。それはすべて理解している。けれど、感情が上滑りして実感がともなっていないまま行動していたシェリルは本船に帰ってきて一息ついて、そうして今更ながらに思った。


 

 隼斗って、あの緑だったの? ――と。


 

 シェリーとして隼斗に会っていた時のこと、シェリルとして緑と対峙していた時のこと。それが思い出されてなんだか変な感情が押し寄せて。叫びだしそうで、どうしたらいいのか分からなくなって、どうしようもなくなって。

 そうして今、頭を抱えながら本船のバーで酒を舐めている。


 

 こういった娯楽施設は本船にいくつかある。

 バー、スポーツジム、遊技場、闘技場、音楽室。長期の航海になることも多いため、発散の場は大切だ。乗組員は誰でも利用することができ、またそこで働く者たちもバルバドス宇宙海賊団の大切な仲間である。

 

 バーの店主である魔人型の男もこの海賊団の一員で、かつてはゼルハム船長の右腕にまで上り詰めた男だ。表舞台から怪我で引退してからも、ずっとこの船に乗っている。

 当然、目の前で途方に暮れた顔をしているシェリルのことは拾われた当初から知っている。ジュースを美味しそうに飲んでいた頃から、お姉さんぶって紅茶を飲み始めた時も、初めてコーヒーを飲んだ時の渋い顔も、全部見てきた。飲酒が解禁された日のはじめての酒は、もちろん店主がつくったものだった。

 つまり、シェリルの事は大切な娘のように思っている。

 そんな娘がいつものすました顔を崩して酒を求めてきたのだから一大事だ。ただし、年頃の娘の悩みなど店主に解決できるわけもない。だからこっそりと携帯端末を操作して、助っ人を呼んだのだった。


「何してんのぉ、シェリル〜」

「……なにも」


 呼び出されたザバシュはブジーとドバスも伴って、シェリルのまわりに遠慮なくどかどかと座った。一瞬嫌な顔をしたシェリルだったけれど、何か言うわけでもなくまた酒をちびちびと飲む。

 それを見た三人は目配せをして、最後に店主に目を向ける。酒は用意されていたのですぐに出てきた。この場合は店主のおごりである。


「明日代わってくれ〜なんて珍しい事言うからさぁ、何かと思ってたんだけど〜。なんかあったわけ〜?」

「別に、なにも」


 本来、明日はシェリルがレンジャー部隊に接触する予定だった。船に帰ってきた時点で、それをザバシュに変更して貰っていたのだった。

 だって明日は……。と、そこまで考えてまた何とも言えない気持ちになる。


「あ、わかったぁ。男でしょ〜」

「………………」

「…………えぇ、冗談で言ったんだけどぉ……マジ〜?」


 違う、と言うのが遅れたシェリルは誤魔化すために視線を落とす。男か女かと聞かれたら、男だ。性別は。間違っていない。ただ、ザバシュの聞き方だとそれ以外の意味も含まれている。そこは否定すべきだとわかっていたが、それが出てこない。


  

 一方のザバシュはシェリルのその反応に戸惑っていた。今までは男と会う予定かと聞かれれば「そうよ」と隠すことなくすぐに肯定していたシェリルのこれは、どういう反応なのだろうか。まるでその辺の年頃の女の子のような反応。


「……助けられたから礼を返す。それだけよ」


 シェリルにとっては事実をかいつまんだ真実でも、周りにしてみれば可愛い言い訳にしか聞こえない。

 

「ねぇどんな男かだけ教えてよ〜」

「言わない。教える必要性を感じない」

「明日代わるの俺なのに〜?」


 シェリルとザバシュが賑やかに言い合う。それを無言で眺めていたブジーがぽつりと呟いた。 

 

「……別に、毎日奴らと衝突する必要性もあるまい」

「どういう事だ?」


 ドバスの問いかけに、手元のグラスをからりと揺らしながらブジーは「そのままの意味だ」と答えた。


「ニホン軍との協議後、毎日街へ行っては奴らと小競り合いをしているが、それは毎日やる必要があるのか?」

「なんとなくやってたが、確かにな」

「突然やめたら何か勘ぐられるんじゃないの〜?」

「別の何かをする訳ではないのだから、探られて痛い腹はないだろう」


 ブジーの言うこともわかる。そもそも戦闘は情報収集する間の目眩ましのようなものだ。毎日する必要はない。むしろ、たまに何もない日を設けておいた方が後々都合がいいかもしれない。


「じゃあ明日の交代は〜?」

「街へ降りるのはなしにして……溜まった書類を片付けたらどうだ」

「うっわバレてる〜」

「ザマァねぇな」

「はぁ? ドバスだってあるでしょ〜!」

「俺は終わらせてあるんだよ」

「は〜〜?! 裏切り行為じゃん〜!」



 

 騒がしくなった二人に、こっそりとブジーはため息をついた。

 やれやれ、うまくいきそうだ……と。


 この中でブジーだけが、明日シェリルが会う男がレンジャー部隊の緑であることを知っている。

 緑がシェリルを守ったところ、シェリーと呼んだところ。それを、あの時戦闘していたブジーは目撃していた。緑はすぐに戦闘に復帰してきたが、シェリルはしばらく呆然とした後血相を変えてどこかへ行き……本船へ帰ってきたらこの状態だった。よほどの馬鹿でない限り察しはつく。


 明日、あの緑とシェリルが会うことになっているのは先程の会話で察したが……そこでふと気がついた。

 ザバシュが街へ降りて戦闘になった場合、緑も招集されるのでは? と。

 緑は来るだろう。今までの戦闘時のデータからしても真面目そうであるし、命令に背くようなことをするとは思えない。


 デートを途中で抜けて?

 うちの可愛い妹分を置き去りにして?

 

 そんなのは許されることではない。到底容認できない。けれど原因の一端はこちらにもある。だったらどうするか。 

 そうだ、戦闘をなくそう。 

 結果、ブジーは適当な理由をつけて明日のシェリルのデートを守ることに成功したのだった。 


 

 そんなブジーの奮闘を、ザバシュの相手をしながら横目で見ていたドバスはこっそりと苦笑した。

 ドバスは脳筋だが、馬鹿ではない。

 自分よりも仲間たちのほうが作戦や何やを考えるのが得意なのを知っている。そのぶん、周りの様子を一番よく見ているのがドバスだ。

 わかりにくいが助けを求めているシェリルの事も、そんなシェリルの事を茶化しながらも本気で心配しているザバシュの事も、詳細はドバスにはわからないがシェリルのために色々と考えているであろうブジーの事も、きちんと視界に入っている。こうなると、ドバスに口を出せることはもうない。

 やることはただ一つだ。


 明日、万が一可愛い妹分が泣きながら帰ってきたりしたら、どんな手を使ってでも相手を探し出して全力でブン殴る。それだけ。




  

「それにしても、シェリルが惚れるような男がいるとはね〜」

「恋人なら今までもいたわ」

「でも好きだから付き合ってた訳じゃないじゃ〜ん」


 ドバスに絡むのに飽きたザバシュが、シェリルからグラスを取り上げながら言う。そのグラスを取り返しながら今までの男たちを思い返したシェリルだったが、彼らのことを特別だと思ったことは……ない、かもしれない。


「都合がいいとか、使えるとかさぁ。そんな理由だったじゃん〜」

「そう……かも?」

「結構ひどいよねぇシェリルも〜。でも今回はそうじゃないんでしょ〜?」


 

 その会話に、ブジーはレンジャー部隊の緑のことを思い返していた。

 戦闘力としては、うちの海賊団で部隊長の候補になるくらいはあるはず。情報はある程度持っているだろうが、こちらにとって有益なものがあるかと言われれば微妙だ。組織の実情も知らされていない末端兵なので。ハニートラップの可能性もあるにはあるが……それはシェリルの方が気付くだろうし、もしも緑が単身乗り込んできたところで制圧は容易。

 結論、毒にも薬にもならない。よし。

 

 当事者でもないブジーがそんなことを考えている横で、シェリルは完全に停止していた。

 ちらりと考えた結果はブジーと同じ。都合とか利益だとかにつながらない。そんな相手は今まで目もくれなかった。シェリルにとって、初めて利を無視して会いに行こうとしている男。それはつまり……。


「惚れたんなら早めに認めちまった方がいいぜ」

「そ〜だよぉ。そんな事してる間に、他の子に取られちゃうかもよ〜?」


 他の子。そうだ、とシェリルは思い出した。

 あの時、ビルの屋上で話したこと。


「気になってる人がいるって言っていたわ」

「はぁ? その女はうちのシェリルより可愛いワケ〜?」


 男たちがにわかに殺気立った。こっそりと話を聞いていたバーの店主も、情報屋に探らせようと携帯端末に手を伸ばした。


「どんな女か聞いた〜?」

「……最近知り合った人で、」

「うむ」

「長い銀髪の」

「んん?」

「綺麗な人って」

「…………う〜ん」


 全員殺気をしまった。店主も手を戻して、何事もなかったかのようにグラスを拭く作業を再開した。


「シェリルさぁ……」

「何よ」

「鏡見たことある〜?」

「はぁ?」


 ザバシュの呆れた声にドバスとブジーもうんうんと頷く。男たちの思いは一つ。

 こいつ、男心が分かってないにも程がある。


「ど〜〜〜〜考えてもシェリルじゃんそれ〜〜!!」

「でもそんな特徴の女なんて沢山いるでしょ」

「それはそうなんだけど〜!! なんでこういう時だけ自信なくなるの〜〜!?」


 普段は世界で一番自分が綺麗だって思ってそうなくせに〜! なんてザバシュは叫ぶが、シェリルはそんな事思ったことはない。面倒だから否定もしないけれど。


「他には何か言っていたか?」

「他?」


 ブジーに言われ、考えてみる。他には。



  ―――― あんたに、ちょっと似てる


 

 あの時は笑ってしまったあの言葉。

 最近知り合った、長い銀髪の綺麗な人。シェリルに似た人。


「……え、あ……?」


 服は地球のものだし、化粧だって髪型だって変えているけれど、でも。

 だって同一人物なのだから、似ていて当然で。


「理解したようだぞ」

「そうだな」

「シェリルってこんなにポンコツだったっけ〜?」 


 真っ赤になった顔を覆ってしまったシェリルに、男どもはそろってため息をついた。





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