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第2話 硝子港の決闘①

聖皇国首都ガルフレア――中央第一教会。


天支神官の招集が終わった後、白い回廊には、まだ殺気の籠った沈黙が残っていた。


長い大理石の廊下を、数人の神官が歩いていく。

その中でひときわ荒い足音を立てていたのは、ザイード・シンだった。


「獅子軍神……」


唸るような声だった。


「いいねえ。魔王軍四災禍一の肉体派。それを殺して第一席……最高だ」


誰に聞かせるための言葉でもない。

だが、欲を孕んだ殺意だけは隠す気がなかった。


少し後ろを歩いていた赤髪の女が、鼻で笑う。


第八席プラシラ・ファリオリス。

白と金の神官服を華やかに着こなし、白磁のような肌に、炎のような赤髪を何本もの三つ編みに束ね背へ流した女だった。


「威勢だけは、もう第一席のつもりですのね。十席の分際で」

「あ?」


ザイードが振り返る。


プラシラは足を止めず、横目だけを向けた。


「貴方が獅子軍神を殺す、ですって? 居場所も分からない獲物を、どうやって仕留めるつもりですの。吠えるだけなら野犬でもできますわ」

「ぶちのめされてえか、プラシラ」

「事実を申し上げただけですわ?」


二人の間に、薄い殺気が広がった。


ザイードの拳が鳴る。

プラシラの指先に、小さな火花が踊る。


周囲の神官たちは、面倒そうに距離を取った。

誰も止めようとはしない。止める価値がないと知っているからだ。


その少し離れた場所で、バンキッシュ・ガンデスペラードは二人を見ていた。


白い帽子。整えられた口髭。皺一つない白い外套。

腰には白銀の拳銃。


彼は割って入らなかった。

ただ、楽しげに目を細める。


獅子軍神。


その名が会議で出た時、ザイードの殺気の質が変わっていた。


第一席という餌には当然食いつく。

だが、それ以上に――獅子軍神。


魔王軍の「力」の象徴であるその名に、ザイードの殺意は反応していた。


なるほど、とバンキッシュは胸の内で呟く。


使うなら、こちらだと。


プラシラは強い。

だが、彼女は駒になるほど単純な女ではない。気まぐれでもある。

どこで何をひっくり返されるか、読めたものではない。


ザイードは違う。


強いことは同じだが、粗暴で、短絡的で、欲望の向きが分かりやすい。


獅子軍神を殴る。

その先に、第一席も、名誉も、富も転がってくる。


ザイード・シンにとっては、おそらくその程度の認識なのだろう。


「せいぜい迷子にならないといいですわね」


プラシラは最後にそう言い捨てると、鼻を鳴らして歩き去った。

ザイードはその背をしばらく睨んでいたが、やがて舌打ちして反対側の通路へ向かう。


その後を、バンキッシュは静かに追った。


人通りの少ない聖堂脇の回廊で、彼は声をかける。


「Mr.ザイード」

「ああ? なんだ、バンキッシュ」


ザイードが不機嫌そうに振り返る。


「獅子軍神の行き先に、心当たりがあります」

「……今、なんつった?」


目の色が変わった。


バンキッシュは口元に笑みを浮かべる。


「正確には、彼らが現れる可能性の高い場所です。硝子港ベルクリフ。私の故郷でしてね」

「故郷だあ?」

「最近、その港街で妙な魔法具を巡る地元マフィアの揉め事が起きています。使用者に力をもたらす黒い宝石のようなものだとか。港街故にガラの悪い話、胡散臭い話も多く気にかけていなかったのですが、ジャガーノート卿の報告と照らせば、魔王一派が集める魔導器の可能性は高いと考えております」

「黒い宝石……」


ザイードは、理解しているのかいないのか、低く呟いた。


「つまり、そこに行けば獅子軍神が来るんだな?」

「確実ではありませんが」

「だったら知らねえ。自分で探す」

「他に当てがお有りで?」

「……」


バンキッシュは帽子のつばを軽く持ち上げた。


「加えて、ベルクリフには、上手く運べば獅子軍神と一対一で決闘できる仕組みがございます」

「仕組み?」

「血硝試合。港湾マフィア同士の揉め事が大きくなりすぎた時、街を巻き込む抗争へ発展する前に、代表者同士の勝敗で決着をつける古い慣習です、これが例の魔導器の所持権を賭けて行われるとの事……」


ザイードの眉が動いた。


「代表者同士……」

「ええ。衆人環視の中、逃げ場のない一対一。 ある聖遺物に係争品を封印し、対立する勢力の代表者達が賭け試合を行うのです」


バンキッシュは、そこで一拍置いた。


「獅子軍神をその場へ引きずり出せるなら、悪くない舞台ではありませんか?」


ザイードの目が細くなる。


「確実じゃねえんだろ」

「ええ。確実ではありません。ですが、それでも行く価値はあるのでは?」


ザイードの口角が吊り上がった。


「ほう。詳しく聞きてえな。だが、お前は一体何が目的だ? てめえでやればいいじゃねえかよ」

「端的に言うと?」

「お前は何が欲しい」


バンキッシュは嬉しそうに笑った。


「もし貴方が獅子軍神を討ち、第一席となった暁には、私の裁量を少し広く認めていただきたい」

「裁量?」

「天支神官特権の行使における拡大解釈。現地判断での作戦行動。魔法研究費用の使い道。そういったものです」


バンキッシュは、柔らかく肩を竦める。


「第一席は名誉ある席ですが、象徴としての仕事も多い。私には少々、向いておりません」

「つまり、俺が一席になったら、その下で好きにさせろってことか」

「そのとおりでございます」

「相変わらず狡いねえ……お前は」

「よく言われます」


ザイードは笑った。

獣が牙を見せるような笑みだった。


「いいぜ。獅子軍神と俺を引き合わせてみろ」

「承知しました」


バンキッシュは丁寧に一礼する。


その顔には、最後まで穏やかな笑みが貼りついていた。



ネモの意識が戻ってから三日。

ラーミア魔導学院、第三講義棟。


ラーミアの前で、シオンは詠唱を紡いでいた。


――……金屋子神よ……熱く蕩かし硬く打て……錬煉鉄火……――


ジュウ、と白石の床が赤く脈打つ。


大理石に見えるその床の下には、理魔法演習用の金属層が仕込まれていた。

シオンの目の前で、赤熱した鉄が細い槍のようにせり上がる。


「掴んじゃダメですよ」

「……わかってます」


だが、槍は形を保てなかった。

赤熱したまま根元から折れ、床に落ち、粉々に砕ける。


「…………」

「上出来です、シオンさん。これが理魔法です。言霊の力で、元素の動きを理解し操作する魔法」

「上出来じゃないよ……ジェラルドと同じ魔法なのに、粉々になっちゃった……」

「それはジェラルド君が開発した汎用魔法ですから彼が上手いのは当然、そもそも、彼ほど理を器用に扱える者は、この世にそう多くありません」


ラーミアはしゃがむと赤熱する鉄の残骸を掌で床に押し付ける。


――錬煉鉄火――


残骸が再び赤く溶け、床下の金属層へ沈んでいく。

白石の表面には、焦げ跡一つ残らなかった。


「それよりも、私が上出来と言ったのは、貴女がもう元素の動きを把握し始めている点です」

「それほどでも……」


ピンときていない様子で、シオンは首を傾げる。


「……じゃあ、この化学……の勉強をもっと続ければいいのかな……」

「そうとも限りません。最低限は誰もが覚えるべきです、しかし貴女の主軸は業魔法です。理を理解しすぎることで、業の理解に差し障る場合もあります。そこはバランスを考えて……」


そこで、バン、と講義棟の扉が開いた。


「ラーミアさん! お待たせ!」

「お待たせしました」


ネモとジェラルドが入ってくる。


「あら、もう今日の戦闘訓練は終わりで?」

「ええ、ほら、外を見てください」


窓の向こうでは、ぱらぱらと雨が降り始めていた。


「あらやだ」

「それに、こいつも病み上がりですしね」

「もう平気だって」

「うっせえ病弱」

「何だと」

「はい、そこまで」


いつもの小競り合いが始まりそうなところで、ラーミアが制止した。


「貴方たちをここに集めたのは、他でもありません」


ラーミアの目つきが鋭く変わる。


「各地に散らしていた協力者たちから、炭の棺が引き起こしたと思われる事件の報告が届きました」


ネモの表情から、ふっと笑みが消える。

ジェラルドも黙って、ラーミアを見た。


ラーミアは一枚の地図を机上に広げる。


「場所は、ここから船で二日」


白い指先が、海沿いの一点を叩いた。


「硝子港ベルクリフ――金と貿易と荒くれの街です」

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