エピローグ 闘いの跡 新たなる脅威
ジャガーノートとの死闘の翌日。
カイガ島を望む町の空き家――
「ふぅ……」
ジェラルドは包帯を仕舞い、大きく息を吐いた。
「……ほんとに済まねえな、ネモ」
ベッドの上では、全身に包帯を巻かれたネモが静かに眠っている。
あの死闘の後、ネモはまだ目を覚ましていなかった。
体の傷そのものは、ジェラルドの治療魔法で粗方塞いである。
だが、深く複雑に損傷した箇所までは無理に弄っていない。
下手に繋げば、かえって後に歪みを残す。今は自然治癒を促す方がましだった。
「……情けねえ」
掠れた声が漏れる。
神域纏装同士の戦いに、結局まともに食い込めなかった。
ネモがあれほど無茶をしていたというのに、自分は満足に支えきれなかった。
「お前はあんだけ無理してくれたのになぁ……」
「……でもさ」
「うおっ!!」
背後から不意に声がして、ジェラルドは飛び上がる。
いつの間に戻ってきたのか、シオンが山盛りの荷物を抱えて立っていた。
「帰ってたのか」
「……うん」
シオンは荷物を下ろし、視線を落とす。
「でもさ。神域纏装で二人とも戦ってたなら……反動で、どっちにしろ二人とも倒れてたんじゃないの」
「……そうかもしれねえ。だが、そもそも俺が不用意に――」
そこで言葉が詰まる。
自分がもっと上手く立ち回れていれば。
もっと早く動けていれば。
シオンだって、あんな形で飛び込まずに済んだかもしれない。
ジェラルドの背中を、シオンはじっと見つめていた。
いつもはぴんと立っている耳は力なく垂れ、たてがみもしおれている。
大きな背中が、いつもの半分ほどに見えた。
「……」
シオンは無言のまま、その背中に抱きついた。
「な、なんだ?」
困惑して振り返るジェラルドに、シオンは赤い目をまっすぐ向ける。
「……みんな生きてる」
「……」
「……ネモが頑張ったから。私が割り込んだのも……まあ、少しは意味あった……かな? あと、気絶したネモと私を運んだのはジェラルド……」
少しだけ間を置く。
「……だから……それだけだよ」
言うだけ言って、シオンは踵を返した。
そのままドアの方へ向かう。
ジェラルドはしばらく、ぽかんとしたまま瞬きを繰り返していた。
「……ブラドと、カイガ島の人が騒ぎを聞きつけて来てないか、また見てくる……見つけたら、教えてもらった符丁を言って……治療できる人を呼べばいいんだよね」
「あ……ああ」
シオンは小さく頷き、そのまま外へ出ていく。
残されたジェラルドは、その背中を見送りながら、ほんの僅かに口元を緩めた。
「……獅子軍神も、形無しだな……」
◇
聖皇国首都ガルフレア――
聖殿の回廊を、一人の老人が歩いていた。
逆立った短い白髪。揺れる神官服。
傷だらけの腕は並の男の太腿よりもなお太く、眉間には深い皺が刻まれている。
決して長身ではない。
それでも、その威容は巨象の進むがごとしであった。
その老人に一人の男が足早に近づく。
「ドラギアス・ゴルドアダマンテ様」
サンバッグ。
ジャガーノートの部下である。
「なんだ……サンバッグ」
ドラギアスがじろりと目を向ける。
そこに全く害意はない。
だが、それでもその威圧感にサンバッグは思わず喉を鳴らす。
「ジャガーノート様より、封書を預かっております。五日、連絡がなければドラギアス様へお渡ししろと」
「……受け取ろう」
「はっ」
封を切り、中身に目を通す。
その眉間の皺が、さらに深くなった。
一瞬、回廊の空気が、ずしりと重くなる。
サンバッグは反射的に半歩引く。
節くれだった指の中で、封書がみしりと音を立てる。
「……そうか。逝ったか……ジャガーよ」
「…………やはり……」
サンバッグの声がわずかに揺れる。
ドラギアスは封書を畳んだ。
「サンバッグ。頼みがある」
「なんでしょうか」
今度は、その眼差しに明確な鋭さが宿る。
「天支神官を招集しろ。全員だ」
「……はっ」
短い返答。
だが、その一言が意味する重みを、サンバッグは理解していた。
ドラギアスは踵を返す。
先ほどまでと同じ重々しい歩み。だがその背には、眠っていた龍が目を覚ましたような気配があった。
その背を見送りながら、サンバッグは乾いた息を吐く。
「……全員招集、かよ」
誰に向けるでもなく、呟く。
「また戦争なんて嫌だぜ……俺は……」
第二部―天支神官激闘編へと続く……―




