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第28話 涙探しの迷い魔女⑧

四階倉庫に心身衰弱状態で軟禁されていた人質たちの縄を解き、戻ってきたジェラルドは、シオンに静かに語りかける。

「……落ち着いたかい」

シオンは涙を拭いながら、小さく頷いた。

「……うん……ありがとう……」

ブラドが心配そうにシオンの膝へ鼻先を寄せる。

シオンはその頭を撫で、それからジェラルドに問う。

「……どうして、あの味を知ってたの……?」

「君のいた迎賓館の個室で、日記を見つけた。そこに書いてあったものを再現した。君の敵意を溶かすために、そして君の助けになると思ってな」

「……そっか……」

シオンは俯く。

「……本当に……助かった……思い出せた……何のために死にたくなかったのか……ずっと、つらくて……パパのことも忘れそうだったのに……」

「……」

ネモは口を挟まない。

今は何を言っても軽い気がした。

しばらくして、シオンが顔を上げる。

「……貴方達は何者?」

「旅の魔法使いだ」

ジェラルドが答える。

「県政から、蔵書会館に立てこもった魔法使いを捕縛してほしいと依頼されてここへ来た」

「……じゃあ、私は捕まるの?」

「俺達が県政に引き渡せば、そうなるだろうな」 「……そう……」

シオンの顔が曇る。

それを見てブラドが低く唸る。

「ヴルル……」

「でも、そんな事しないよ」

ネモが言った。

「え……?」

「君を県政に売る気はない、迎賓館の中身を見た後で、そんなことしたくないしね」

「……」

ジェラルドが続ける。

「ただし、一つ言っておく、俺達は善意だけでここに来たわけじゃない」

「……?」

「君のその指輪――それも目的の一つだ」

シオンは自分の指を見る。

黒い真珠の指輪が、鈍く光る。

「それは炭の棺と呼ばれる魔法物質だ、今こうして間近で見て確信した、訳あって俺達はそれを求めて旅をしている」

「……棺……この、魔力が沢山出る指輪が?」

「そうだ」

シオンは少し黙ってから、二人を見る。

「……もし渡さなかったら」

「奪う」

ジェラルドが静かに答える。

「ヴァルルルゥッ!」

その瞬間ブラドが毛を逆立てる。

「ここまで来た理由の一つがそれだ、だからそこを誤魔化す気はない」

「君を助けたい気持ちが無いわけじゃない、でも棺を回収したいって目的も本当だ、そこをごまかす気はないよ」

ネモが言葉を継ぐ。

シオンは二人を見つめる。

少し驚いたような、でもどこか納得したような目だった。

「……正直に言っちゃうんだ」

「俺達にも事情がある、君にも事情がある、なら最初から隠さず話した方がいい」

静かな沈黙。

やがてシオンがぽつりと呟く。

「……じゃあ、棺を奪われた後は……私はどうなるの?」

「まあ、自由だな」

「……自由……でも……」

シオンは唇を噛む。

「……行く当て、ない……」

「だろうな」

「それもそうだね」

ネモはしゃがみ込み、シオンと目線を合わせた。

「だからさ、交換条件にしない?」

「……?」

「君は行く当てがない、僕らは棺が欲しい」

「……うん……」

「じゃあ、君が棺を僕らに渡す、その代わり、行く当てが見つかるまで君の生活は僕らが保証する、これなら話は早い」

シオンは目を見開く。

「……いいの?」

「いいさ」

ブラドがシオンの腕に身体を擦りつける。

まるで—一緒についていくぜ—と言っているようだった。

「……ブラド」

「クゥン……」

シオンは少しだけ俯き、ブラドを撫でる。

それから、ゆっくり指輪を外した。

「……じゃあ、これ……あげる……」

「ああ」

「…その代わり……私も、ついていかせて」

「いいよ」

「歓迎しよう」

ネモとジェラルドは、ほとんど間を置かずに答えた。

シオンは黒真珠の指輪をジェラルドへ差し出す。

ジェラルドはそれを受け取る。

ブラドも安心したように、シオンの足元にぴたりと寄り添った。

「じゃあ改めて、だな」

ジェラルドが手を差し出す。

「よろしくな、シオン・エヴァージェイル」

「……よろしく……お願いします……」

「僕はネモ」

「俺はジェラルドだ」

「……うん……ネモ……ジェラルド……」

「さて、そろそろ行こうか」

「外には県政の連中がいるしね」

「……どうするの?」

「裏の窓から出る。君はブラドに乗ってついてきてくれ、明日の朝には向こうが勝手に騒ぐさ。犯人は消え、人質は生きてる、まあ、悪くない結末だろう」

「ハッピーエンドって奴だね」

蔵書会館から宵闇へ飛び出すネモとジェラルド。

その後を、ブラドに乗ったシオンが追う。

涙を取り戻した魔女は、まだこの先に何が待っているのか知らない。

ただ一つ分かるのは、もう一人ではないということだけだった。

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