第26話 涙探しの迷い魔女⑥
迎賓館六階、事務エリアにてネモは隠匿の魔法に身を包み静かに書類を漁る。
二人の政務官はそれに僅かばかりも気がつく様子はない。
「うーん、取り敢えず名簿とか予約の記録とか……」
目ぼしいものを探すネモ。
あまり事務仕事などに明るくない彼は手当たり次第に目に入る物に目を通す。
探し回るうちに一つの薄い冊子に手を伸ばす。
題名は【配布用、上級16〜20歳クラス、商品名簿】とある。
「…………」
無言、冷たい目でその冊子のページをパラパラと捲る。
「いた……」
名簿の中に、彼女、シオン・エヴァージェイルの名前を見つける。
そこには彼女のパーソナル、客に対して何ができるか、そして彼女は何を嫌がるか、そして【値段】が事細かに書いてある。
つまりは、彼女はここで【接客】させられていたのだろう。
カタログの文言からは何を彼女がさせられていたのかは考えたくもない。
ネモがその冊子の中で特に気になるのは二つ。
彼女の商品としてのセールスポイント。
【どんなときでも笑顔で接客いたします!】
それと【収納場所—個室エリアA5】
この前彼女とあった時のイメージとはまるで合わない。
まあ自身を成敗しに来た者たちに笑顔を向けることもないだろうが何かが引っかかる。
こんな所で笑えるのか?と。
そして収納場所、腹の立つ表現だがようは彼女は上級、つまり質の良い商品ということである程度優遇された管理をされていたのだろう、生活空間に個室があてがわれていたと考えられる。
「そっちに行くか……」
ネモは冊子をそっと懐に忍ばせ個室エリアを探しに向かう。
その夜、宿屋併設のレストランにて——
「どうだった? ネモ」
「色々見つけたよ」
返事をするネモの顔はいつものひょうきんで子供っぽい仕草は消え、まるで凍土の様な冷たく冷酷なオーラを撒き散らしている。
普通の人間ならおぞけてしまうほどに迫力がある。
それを、気にしつつも慣れた様子でジェラルドは話を続ける。
「そうか、では情報のすり合わせをしようか、おそらく時系列的に俺が先に話したほうが良さそうだ、いいか?」
「うん」
「よし、まず俺はシオンの足跡を辿るために母親をあたってみた」
「よく探せたね」
「彼女の生い立ちや、それに匂いも覚えていたし、色々情報を掘ったからな、その上で運も良かった、すぐ見つかったよ」
「そっか」
「で、母親を金で釣って色々聞いてみた結果から言うと彼女は母親の恋人にビッグピースの県政に売り飛ばされた形になる」
「過程を聞いても?」
「ああ、シオンの両親は離婚したと言ったな? 原因は母親の不貞や娘に対する暴力行為等だ、褒められた母ではなかったらしく父に親権を取られて家を叩き出されたらしい」
「まあよくある話だね」
「ああ、そこまでならそうなんだがなんとその母親、浮気相手を伴い三年前に父を殺害、娘を連れ去った、母曰く私が腹を痛めて産んだ子供だから当然、だそうだ」
「…………」
「そして、浮気男と一緒になって旦那を殺す事を良しとする女だ、案の定まだ少女だったシオンを虐待し、持て余し、たった二ヶ月しかたってないのに金に困ったある日、裏社会に通じていた浮気相手が持っていた裏ルートで彼女を売り飛ばしたそうだ」
バキンッ! と音がする。
「…………ごめん、後で僕の金で弁償しとくから」
「……ああ」
ネモが金属製のカップを握り潰した音だった。
「じゃあ今度は僕の情報、いやもうそこまで掘れてるんなら、これ読んでもらったほうがいいかな、一つは迎賓館の六階の事務所、もう一つはその冊子に乗ってたシオンちゃんの寝泊まりしてた狭い個室から見つかったよ」
酒と料理の並ぶテーブルを少し拭き、そこ先ほどネモが懐に忍ばせた冊子ともう一つ、ボロボロでシミだらけの分厚いノートを置く。
「読ませてもらうぞ」
「うん」
まず冊子に軽く目を通すジェラルド。
その後に日記に目を通す。
予想通り、シオン・エヴァージェイルの日記だった。
そこには最初は父との何ともない幸せな日常が生き生きとした文体で綴られ、そして後に母に誘拐されたあとの戸惑いと虐待に怯える日々が書き込まれている。
そして迎賓館に売られたその日もからも、日記は続き、その内容は目を覆いたくなるほどに凄惨なものであった。
◯月◯日
お父さんがピアノコンテスト優勝のお祝いに好物のワッフルを作ってくれた!
私の好きなフルーツがたくさん入ってとても美味しい!
こんど自分でも作ってみたいと思ったのでここにパパから教わったメモを残す。
◯月◯日
誕生日!お父さんとごちそうを食べた。
プレゼントも沢山もらった!
来月今度のお父さんの誕生日にお返ししようと思ってプレゼント何がいいと聞いてみた。
そしたらお父さんはシオンが幸せになることと言っていた。
それはとっても嬉しいけど、ちゃんとしたプレゼントもわたしたいな。
◯月◯日
日記を書いていたら突然、昔いなくなった母が怖い男の人を連れてきてパパを手酷く殴って私を連れて行った、わけわからない、パパが心配、怖い。
◯月◯日
臭いし汚い部屋、パパを殴った男が体を触ってくる。
怖い、パパ助けて。
◯月◯日
パパの所に返してくれると聞いて待ち合わせていたら知らない男の人に知らない所に連れて行かれた。
ここは何処なのかわからない。
どうしていいかもわからない。
お父さんは何処と聞くと死んだと聞かされた。
信じない。
◯月◯日
体が汚い、お風呂に入っても汚い。
◯月◯日
パパの作ったワッフルが食べたい
ここから日記が飛び飛びになる。
内容としては彼女が「接客」させられた苦痛を延々と綴るもの。
とても目を通したくなる内容ではなかった。
しかしジェラルドは眉間にしわを寄せながら読み進める。
するとある日を境に様子が変わってくる。
◯月◯日
不思議な力が使えるようになった。
まだ楽しかった頃の日記を読みながら一定の言葉を唱え思い切り泣くと、その後に気持ちに関係なく笑えて楽しかった頃みたいに動ける様になった。接客に便利。
よくわからないがこれが魔法というものなのかも。
◯月◯日
表情を魔法でコントロール出来るようになって、客の要望通りのリアクションを取れるようになった。
稼ぎが増えて上級とかいうものになったらしく個室をもらった。
◯月◯日
パパが助けに来る夢を見た。
もうここに来てだいぶたった。
きっとそういうことなんだろう。
◯月◯日
いつもくる客からプレゼントをもらった。
この客はいつも叩いてくるので嫌いだが、その客が望むままのリアクションを魔法で演じる事が出来るお陰で、前より扱いが良くなっている実感がある。
物は黒い真珠の指輪だ。
骨董屋でそれなりの値段で買ったらしい。
不思議な物で私の気持ちに合わせて色が変わっている気がする。
多分気のせいだろうが。
◯月◯日
全部冷たい、体と顔は魔法で動かせるけど心が動かない、もう温かいのは自分の流す涙だけ。
少しでも心地良いのは魔法の準備のために日記を読んで泣いてる時だけ。
死にたい。
でも私に幸せになってほしいという父の願いのために我慢できるまで我慢したいと思う。
いつかここから解放されますように。
ここから飛び飛びの日記には怨嗟と悲しみと忍耐が書き殴られている。
それはもはや悲劇の記録ではなく、父の願いを果たすための闘いの記録とも言えるもの。
しかし彼女の文字、文章から見るに確実に思考能力、判断力が衰弱していっている。
目の前の不条理に耐えきるのに必死で擦り切れていっていくのがわかる。
そして日記の最終部分。
◯月◯日
突然、涙が流せなくなった。
急に空っぽになった様な虚しさを感じる。
これでは魔法が使えない、まずい。
◯月◯日
魔法が使えないせいで客のウケも悪く、叱責を受けた。
そして迎賓館の事件当日の日記
◯月◯日
泣かないと泣かないと泣かないとなんでなんでなんでどうしようどうしようどうしよう、涙が出ない涙が出ない涙が出
中途半端な所で日記は止まっていた。
恐らくここで顕現暴発が起こったのだろう。
沈痛な面持ちで、ジェラルドは顔を上げる。
「お前がそんな顔してるんだから、ひどい内容だろうとは思ってたが……思っていた何倍も、だな……」
言葉に詰まるジェラルド。
ネモは静かに口を開く。
「仮にも神の名を冠して御高説を垂れながらこの悪行。やっぱり奴らは、あの時から何も変わっちゃいない……で、情報をすり合わせた上で一緒に考えてほしいんだけどさ」
ネモはジェラルドに問う。
「この日記の中でシオンちゃんがもらった黒い真珠、怪しいよね。炭の棺っぽくない?」
「ああ、十中八九な、彼女の独学で魔法にたどり着く才能、そして深い絶望による感情の暴走、その二つが炭の棺で増幅され、迎賓館での顕現暴発を引き起こしたのだろう」
「だよね。でももう一つ。シオンちゃんは、何でこの流れで蔵書会館を襲撃占領なんてしたのかな。普通なら、まず元の家に行ったり、遠くへ逃げたりしそうなものだし、復讐したいなら迎賓館で暴れればいいわけじゃない?」
「確かに、そこは理由が分からんな……」
ジェラルドの頭の中で、ここに来てからの情報が駆け巡る。
しばらく黙考した後、ふと目を細めた。
「む……」
「お、なんか思いついた?」
ジェラルドは、シオンと最初に接敵した時のことを思い出す。
彼女は本を読んでいた。しかも、あれは有名な悲劇小説だった。
本を読まない者でも題名くらいは知っている、演劇にまでなっている名作だ。
「…………なるほどな。全部つながったよ」
「?」
首をひねるネモに、ジェラルドは言う。
「彼女は涙を探していたんだ」
「ほえ?」
「彼女は泣きたかったんだよ。あの環境で生き残るために、自分をもっと追い詰めて、涙を絞り出そうとしてたんだ」
「……でもそれってさ」
「ああ。もう迎賓館から脱出出来てるのに、迎賓館で生き残るための手段を追い続けてる。手段と目的がひっくり返っちまってるんだ」
「もう、自分でも何が何だか分かんなくなっちゃってるんだろうね……」
「…………ネモ、俺に考えがある。少し頼まれてくれないか」
「おっ、さっそく何か思いついたの? 流石!」
「ああ……」
ジェラルドはそう言うと、氷が溶けてぬるくなった酒を煽り、ネモに自身の思い描いた作戦を語り始めた。




