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第4話 涙探しの迷い魔女−2

「おおっー、結構おっきな街だね!」

雲一つない青空の下、大馬車から飛び降りたネモは叫びながら伸びをする。


「ビッグピース。大昔は港から聖都へ物資を運ぶ中継地点だった。だが聖都の南――ラックフィールドに新しい港が出来て役目を終えた。それでも今は地方都市として栄えている」


続いて大馬車からのそりとジェラルドが降りて、ネモの横に並ぶ。

「さて、ギルド酒場でも探して、まずは飯にでもしようか」

「さんせーいっ♪」


ネモとジェラルドは、地図で調べたギルド酒場へ続く街道を歩き出す。


「……ねえジェラルド」

「なんだ」

ネモが若干気まずそうに、ジェラルドへ小さな声で語りかける。

「…………なんか昼からエッチな格好の人が多くないですかね……」


ジェラルドが笑いながら返す。

「ここはな、宿場と一緒にそういう商売も育った街だ。中継地点としての役目が薄れて衰退しかけた後、そっちで盛り返した。だから中心街は、その空気が色濃く残ってる」


「へ……へぇ……」

「どうした? その手の店に行きてえなら付き合うぞ?」

ジェラルドの軽口にネモは顔を真っ赤にして怒る。

「冗談っ! 僕は純愛派なんでっ!」

「ガハハッ、そうだったな。まあでも、成り上がった街なもんだから、逆にルールはきっちりしてる。中途半端な所より治安は良いんだよ、21歳以下の人間にそういう事させるとそりゃもう袋叩きにされたりするらしい」

「まあ確かに、皆楽しげではあるねぇ……」


そうこうする内に酒場へ到着した二人は、早々に注文したパンと焼き魚を平らげ、ギルドのクエスト依頼の掲示板に目を通す。


「……あれ? ないなあ、蔵書会館の依頼」

「うーむ、メグミさんに調べてもらった後に、誰かが片付けたか?」

「うへぇ無駄足かなぁ」

「いや、問題が片付いたからといって、棺が消えるわけじゃない。それならそれで独自に調べるまでだ」

「あ、それもそうか」


――その日の夕方――

「うーむ……奇妙だな」

「そうだね……」


ジェラルドとネモは、ギルドや関係各所で集めた話を擦り合わせる。


「依頼は立ってるはずなのに、掲示板に出た形跡がない。どういうことだ?」

「わからん。公式の資料では“手続きが進んだ”ことになってるのに、現場は平常運転だ」

「占拠されたはずの蔵書会館が、普通に営業してるんだもんね……」


ネモは頭をひねる。

「訳わかんないね……」


「奇妙なのは四階だけ封鎖されている点だ。名目は修繕工事。県政公認で、表向きは穴がない」

「じゃあ穴は“表じゃない”ってことか……面倒だね」

「今日はもう切り上げよう。県政の施設は十七時で閉まる。飯にして、一杯やって寝て、明日また動くぞ」

「賛成。移動してすぐ聞き込み続きで、さすがに疲れた~」


その時――


「あいつらか……」

「ええ、例の蔵書会館の件を調べ回ってます」


宿を探し始めるネモとジェラルド。その背を、影から二人の政務官が静かに追っていた……。


――翌日の朝――

「お前はもう少し聞き込みを続けてみてくれ。俺は蔵書会館を改めて調べてくる」

「オッケー。お昼ゴハンは一緒に食おうね」

「ああ、十二時に宿の前で再集合だ」


曇り空の下、宿屋を出て動き出そうとした二人に、男が声を掛けた。

「少し宜しいですかな」


昨日、影から様子を伺っていた政務官だ。

ジェラルドは足を止め、薄く目を細める。

「はい、なんでしょうか」


「突然失礼致します。私、ビッグピース県政の政務官、クリスト・ミリガンと申します」

「……その政務官殿が、流れの我々に何か御用で?」

「ははっ、そう警戒なさらないで下さい。昨日から貴方達が蔵書会館の件を調べていると耳にしましてね。少し、お話を伺いたく」


ジェラルドとネモは目配せし、黙って頷いた。

怪しい。だが、聞かぬ理由もない。


街道から少し外れた喫茶店。中心街よりワンランク上の店で、三人は向かい合った。

クリストは先に注文を済ませ、カップを静かに置く。


ジェラルドが口を開いた。

「して、我々に何を伺いたいのですかな?」

あえて声を硬くする。


「……まず、なぜ公になっていない蔵書会館の件をご存じなのかが気になりまして。町の人間や県政の人間ならともかく、流れの旅人である貴方達が、なぜ……」

「隠蔽した占領事件を、どうして知っているのか——それを聞きたい、と」

「……はい。仰る通りで」


ジェラルドは肩をすくめる。

「我々は修行中の魔術師でしてね。師匠が『修行には魔法絡みの厄介事に首を突っ込むのが一番だ』というスパルタでして。噂を嗅ぎ回っているのですよ」

流れるように嘘をつくジェラルド。

「……はあ。もし差し支えなければ、その噂はどこから?」

「それは言えませんな」


ピシャリ、と遮る。

クリストは一瞬口を開きかけ、すぐ閉じた。


「……承知しました。そこは置きましょう」

クリストは姿勢を正し、声色を変える。

「お二人は、蔵書会館の占領に関するクエストを受けるために、ここへ来られた——その認識で宜しいでしょうか?」

「そうですね」


「では……私がそのクエストに、お二人を任命する権限を持つ、と言えば?」

「…………」


ジェラルドは沈黙した。

きな臭い。首を突っ込むべきか、距離を取るべきか。だが距離を取れるのか——。


ネモは紅茶に砂糖を溶かし、ぼんやり混ぜ続けている。

わざと視線を合わせない。

判断は任せる、という顔だ。


「……ことの成り行きを、正直に説明して頂けるなら。一考の余地はありますな」

クリストは小さく息を吐き、視線を落とした。


「…………承知しました。なぜ、こんな不自然な形でクエストを回しているのか——お話いたしましょう」


クリストは静かに語り始めた。

「内容はシンプルです。二週間前、蔵書会館が一人の魔術師に占領された。ただ、それだけで済まなかった。要は……面目の問題です」

「まあ、考えやすいところでしょうな」


「現地の護衛魔術師が一瞬で叩き伏せられました。騒ぎを聞きつけた武闘派の政務官六人――この街では精鋭扱いの者達も、軽くあしらわれた」

「……成る程」


「本来なら即座にギルドへ正式要請です。ですが手続きが進む前に、その六人が人質に取られ、蔵書会館の四階に立て籠もられてしまった」

「それで、上が“公にするな”と?」

「……はい。県政自慢の政務官が野良の魔術師に助けられれば面目丸つぶれ。権威に傷が付く——そういう判断です」

「厄介ですな」


「反対はしました。ですが圧が強い。せめてと、腕に覚えがありそうな流れの魔術師にだけ事情を話し、内々で解決を図っております」

クリストは一度言葉を切り、喉を鳴らした。


「しかし既に四組が返り討ちです。全員、心神喪失に近い状態で館外へ叩き出された。……頭には、人質の分も含めた食料の要求書を貼られて」

「供与を続けている、と」

「ええ。打つ手がなくなったところで、貴方達が事件を嗅ぎ回っていると聞きまして。……それで声をおかけしました」


「ふーむ、成る程……そのお話、まあわからんでもないですが——一つだけ、おかしなところがありますなぁ……」

「は……はぁ……ど、何処でしょうか……」

「ギルドを頼りたくないならば、イベルダルクの武闘派の神官達、聖都、近隣県政に応援要請すればいい。

外に出したくないのは分かる。だが“身内”すら呼べない理由がある——そう聞こえる」


「それは……言えませんね」

ピシャリと言葉を叩きつけるクリスト。

「ここから先は私の権限ではありません。記録に残る形でも話せない」

「……」

「もしここまでの情報でお受け出来ないのであれば、お願いはここまでになってしまいます」

顎髭を弄りながら考え込むジェラルド。

依頼は受けたい。ここを掘り下げた所で、今は面倒なだけ——そう結論づける。

「……承知致しました。では、その依頼……お受けしましょう。

ただし、こちらが動ける“任命の証”と、現場への出入りの口添えを頂きたい」

「……ありがとうございます。用意しましょう」



速めの昼食を食べる為の店探しをしながら、ネモはジェラルドに語りかける。

「めっちゃ怪しいねぇ……」

「全体的に不自然極まる。だが依頼を受けぬことには、これ以上の詮索も難しい」

「そうだねぇ」

「取り敢えずだ。もう少し情報を拾ったら現場に行こう」

「うん」

ネモは地図を開き、蔵書会館までの道程を確認した。

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