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第4話 涙探しの迷い魔女−1

「悪かったっ! 俺たちが悪かった! 許してくれぇぇっ!」

大量の蔵書棚を月明かりと僅かばかりの灯籠の光が照らす。

その中で、大理石の床を血で汚しながら這いずり回る四人の男女。

各人統一性のない鎧やローブ、武器や杖を身にまとっているあたり流れの魔法使いだろうか。

四人とも体中は切り傷まみれの打撲まみれ。

そんなボロボロの四人の大人をゆっくりと追跡するのは影のように黒い四つ目の大型犬の様な生き物の背中に腰掛けた一人の少女。

「どうして……やめてって言ったのにやめてくれなかったの?」

彼女はゴシックな衣装をひらめかせながらその銀色の長髪を掻き上げる。

髪の向こうから現れたその赤い瞳に一切の感情は感じられない。

「……ひっ……ヒイィィィッ!」

「叫んでないで、返事して? どうしてやめてくれなかったの? 」

「ちっ……くしょおおぉおおっ!」

「イヤぁぁぁぁっ! 来ないでええぇっ!」

恐怖で発狂した四人は武器や杖をその少女に向け魔法を放つ。

爆裂音に包まれる少女。

一瞬の静寂。

「こ、今度こそ当たったか?」

晴れていく砂煙。

そこには空中に張り付く様に浮く、巨大で不気味な白い仮面が二枚。

少しばかりの煤がついている。

彼等の魔法は全てそれに遮られたようだ。

「クソおぉおおっ」

再度逃げようとした振り返る四人。

「ヒイッッ」

四人の内の女性が声にならない悲鳴を上げる。

「お話……出来ないの? ならもうおしまいにするね?」

既に少女は彼等の進行方向に周り込んでいた。

腰掛けている生き物の素早さが伺える。

条件反射で反対方向に逃げる四人、しかしその巨大な二枚の仮面に妨げられ、仮面と少女に挟み撃ちされた形で動きを封じられる。

「悪かったっ! もうしないっ! もうしないからっ!」

何度も聞いたその言葉、もはや価値なしと断じた少女は魔法の詠唱を開始する。

その詠唱と同時に仮面が四人を包むような形で円形に高速回転し始め、逃走を阻止する障壁と化す。

「ああっ……ヤバいっ」

「助けてっ……誰かあぁああっ!」

【夢中説夢の蒼き薔薇、外道が語りて日が昇る、

心底奥底煮凝る慟哭、明けても暮れても心の臓から引き摺り潰す、もう希望は要らぬ、大義等知らぬ、

辛く愛しき鬱屈よ、不条理とともに愉しく踊り、あの憎き、不平不服を磨り潰せ】

仮面に囲まれ動けない四人の頭上に深く暗く輝く紫色のエネルギー球が形成される。

「イヤぁぁぁっやめてぇええぇっ」

絶叫する四人の懇願に1ミリも耳を貸す様子も無く、

少女はエネルギー球を指さし、詠唱の締めの一句を唱える。

【動悸を鎮める鎮魂歌、血涙微笑傀儡ノ仮初けつるいほほえみくぐつのかりそめ

エネルギー球が落下し猛烈な紫色の光が炸裂する。

だがその迫力とは裏腹に揺れも、破壊も何一つ起こっていない。

あとに残るはただの静寂のみ。

「……」

無言で少女はその犬のような生き物の背中を降り、踵を返してその場を去りながら口を開く。

「ブラド、それ、お外に出しておいてくれる? なんか食べ物持ってたら食べてもいいよ」

「ウォウッ!」

生き物は元気な返事を一つ返すと、涙を流し痙攣しながら気絶している四人の体を一人づつ運び始める。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

引き摺られながら彼らはうわ言のように謝罪を繰り返していた。


−−ドラゴン討伐から三日目−−

気持ちよく暑い晴天の元、ジェラルドとネモはマウントアンダーに足を運んでいた。

相変わらずの荒々しい喧騒の中、ジェラルドはいつもの様にグラスを磨くマスターに声をかける。

「マスター、ここに我々を探す政務官の方がいらっしゃいませんでしたか?」

「あぁ、あそこだ、速く行ってやんな」

マスターが指さした先に一人だけ場違いに上品にコーヒーを飲んでいる女性が一人。

メグミである。

「あ、ネモさん! ジェラルドさん!」

「おおーメグミさん、どうですか調子は」

「私は絶好調です! ラムとアガベはまだ怪我の療養中ですが、来週には復帰しますよ」

「よかったー、仕事はどう?」

「いやぁ、色々と大変ですよ、今回の事で報告する事も多くて……」

「でしょうなぁ……」

「ま、それはともかくっ! これが今回の報酬の小切手です、どうぞお受け取りくださいっ!」

メグミは札束一つとイベルダルク県政の判印の入った手形三枚をネモに手渡す。

「今回報酬系統の事情が複雑だったので事務処理に時間がかかってしまいまして、お待たせ致しました……」

「いえいえ、ありがとうございます、わざわざすいませんな、完全現金払いならばお手を煩わせることもなかったのですが」

「まあ旅を続けるのに札束や貨幣を何個も持っていくのも、確かに邪魔ですしね」

「ありがとー、助かるよメグミさん♪」

小切手を持ちながら上機嫌で浮つくネモ。

「何買おっかなー、なに食べようかなぁ♪」

「ふふっ」

無邪気に喜ぶネモにメグミはクスクスと笑う。

「どしたの?」

怪訝な顔をするネモ。

「いや、迫るドラゴンを目の前にして私の根性叩き直してくれた貴方と、いま目の前で呑気してる貴方のギャップが可笑しくて……」

「えぇ、そうかなぁ、そんなにギャップある?」

「ええ、あの時はとても頼もしくてカッコよかったですけど、今は子猫みたいで可愛いですよ」

メグミの一言にジェラルドが吹き出す。

「ブフッ! 確かに普段のコイツはアホな子猫みたいですな」

「あ、ひどいっ! メグミさんアホとは言ってなかったじゃんっ!」

暫しのくだらぬ喧嘩の後、ネモとジェラルドもコーヒーとサンドイッチを注文して席に腰をかける。

「所でメグミさん……」

「はい、討伐の別れ際に頼まれた調べ物もやっておきましたよ」

「へ、なになに?」

メグミは懐から簡易な作りの冊子を取り出しジェラルドに渡す。

「その小冊子の2週間前の部分、お気に召すのではと思いましたが……」

「ねーなんだよーそれ」

「メグミさんにな、他の街でのギルドのクエストで何か興味深い物が無いか探してもらっていたんだ」 

メグミがメガネをクイッとあげて話をつなげる。

「別れ際に、今回のドラゴンの件の様な奇妙な事件があれば教えて欲しいと言われましてね、政務官であれば他の市のクエストまで共有されていますし、別に秘匿情報でもないのでこうして一覧をお渡しした次第です」

「ほんと抜け目ないな……」

感心するネモを尻目にジェラルドはメグミに尋ねる。

「この、ビッグピースシティのセイリオス蔵書会館占領事件……の事で宜しいですかな?」

「ええ、まあ題目通り、ある魔法使いにイベルダルク県政管理の蔵書会館を占領されたという事件です」

「かなり大事ではありそうですが、何か気になる所が?」

「ええ、なんと言うか、それ、おっしゃる通り大事じゃあないですか」

「はい」

「なのに、何故か解決にギルドしか通してないんですよね、要は流れの魔法使いしか募集していないんです、扱いとしては牧場で暴れる魔物を駆除してくれとかそう言うのと同じレベル感です、なんなら私もジェラルドさんに頼まれて細かく調べなかったら知ることはなかったと思います」

「ほう……」

「それこそ占領した相手が相手であれば最高神官や、最悪の場合は天支神官が粛清の為に出張ってきてもおかしくは無い、なのにそこの政務官はあまり大っぴらにせずに野良の魔法使いをしつこく雇って差し向けているだけ、それに」

「まだ、何かあるんですか?」

「その占領の前日にそこの近所にある県政直下の迎賓館の人間が全員、病院に担ぎ込まれるという事件も起きています」

「何が何やら……」

流石のジェラルドも困惑する。

「そしてそれらが、他には最低限しか共有されていない、これは何かあるのではと思いまして、如何でしたか? これがお望みのような情報であれば良かったのですが」

ジェラルドは顎髭を弄りながら言葉を返す。

「いや、最高です、こういうのを探してたんですよ、流石です」

「それはよかった」

「重ね重ね感謝いたします、所でこの事は……」

「わかっています、他言するような事は致しませんよ」

「申し訳ない」

「ま、どんな事情があるか気にならないわけではないですがね、でも、ここのコーヒー代を払ってくれるのであれば追求致しませんよ?」

ネモとジェラルドに悪そうな笑顔をするメグミ。

「はははっ、かないませんな」

「ははっ、メグミさん悪い大人ー」

「ふふっ、では、私昼休みが終わってしまいますのでお先に失礼しますね」

「ええ、今回はありがとうございました」

「とんでもないです、また何かあれば言ってください、貴方たちには返しきれない恩がありますから……」

颯爽と立ち去るメグミ、その立居振る舞いから初めて会った時の様な力みはなく、軽やかで力強いものだった。

「これからこの街の政治は変わるだろうな」

「今のメグミさんだったらなんでもズバズバ解決しちゃいそうだねぇー」

「次にこの街に来るのも楽しみだな……さ、食い終わったらこのビッグピースシティまで行こう、急ぎでいけば三日くらいか」

「おうっ!」

前途の目処も付き今後の計画を立てながら食事をとる二人。

だがこれから二人を待ち受ける者は百戦錬磨の猛者ですらも手を焼く厄介極まる強敵であることをネモとジェラルドはまだ知る由もない。


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